第33話 薬師、副作用に悩む

「おにいしゃま、いくよ!」


 俺は今日もステラに引っ張られて、騎士達の訓練場に向かう。

 あれから日課として訓練所での運動が追加された。

 体力がない俺を心配して、ステラが外に連れ出すことが増えたからだ。


「きょうはおくしゅりだめだよ?」

「えー、あれがないと走れないぞ」

「ダメッ!」

「うっ……」


 ライフタブレットを片手にずっと走っていたが、今日は禁止された。

 あれを食べながら走ると疲れを感じにくいし、俺にはないといけない栄養補給剤なのにな……。


 ただ、ステラに食べるなと言われた意味に少し気づいた気がする。


「息切れしていない……?」

「まえからだよ?」


 前は少し走っただけで息切れをしていた。

 ライフタブレットを服用することで、息切れが減ったと思っていたが、どうやら元の体力が上がってきたらしい。

 ゲームでいうとHPの最大値が増えたってことだな。

 ステラはそれを俺に気づかせたかったのだろう。


「ぐへへへへ、ステラはいい子だなー」


――パチン!


 頭を撫でようかと思ったら、手を振り払われてしまった。


「きもちわりゅい」


 どうやら俺の笑い方に対する反応は変わらないようだ。

 そんなステラすら可愛い妹に見えるのは、ライフタブレットを服用して心が強くなったのだろうか。


「二人ともそんなところで何をしているんだ?」


 この声はノクスか?

 いつも同じ時間に訓練場に行っていたから、外で待っていたのだろう。

 中々素直になれない弟も俺からしたら可愛い。


「あー、ノクスー!」


 俺が振り返ると、ノクスはビクッとして一歩後ろに下がった。


「気持ち悪っ!?」


 笑ってもいないのに、なぜここまで警戒されているのだろうか。

 なぜか今日は一段と距離を置こうとしている。


「ノクスは俺のことが嫌いなのか――」

「そんなわけ……嫌いだ!」


 やっぱりノクスは俺のことが嫌いらしい。

 ステラとはすぐに仲直りしたのに、俺とはまだ大きな溝があるようだ。


「兄さんが食べてる薬のせいでみんなおかしくなったぞ!」

「薬? これのことか?」


 俺はライフタブレットとマナタブレットをスキルで合成する。

 魔力の器が大きくなったことで、いくつも合成できるようになり、ステラやノクスだけではなく、若手騎士達にもポーションの代わりに提供することになった。

 定期的に服用することで、体も魔力の器も鍛えられるから、特に問題ないと思っていた。

 だが、ノクスの話だと合成結果の時に書かれていない副作用があったのだろうか。


「おかしくなったってどういうことだ?」

「すぐに来たらわかるよ」


 そう言ってノクスは俺の手を握って、訓練場の中に引っ張っていく。

 ノクスは口では嫌いって言ってるのに、さらっとこういうことをするんだよな。

 将来は魔性な男性になって、女性達を惑わさないか心配になる。

 すでに俺も惑わされて、顔がニヤニヤとしちゃいそうだ。


 訓練場の中に入ると、普段より血気迫る大きな声が響く。

 ここ最近、剣の素振りの声や走っている時のかけ声が大きくなっているのを感じている。

 それ以外は特にかわりはないはずだぞ。


「メディスン様だ!」

「うおおおおあ、メディスン様!」


 俺のことを持ち上げるのも特に変わらないしな。


「はぁ……はぁ……メディスン様」


 ほら、クレイジー野郎は今日もたくさん息を吐いて、俺に熱を帯びた視線を送って………!?


 いや、この視線はクレイディーだけではない。

 今までこんなに絡みつくようにじっと見つめて、目が合えば逸らされることはなかった。

 それにどこか瞳が潤んでおり、まるで何かを求めるような色を帯びている。


「お前達大丈夫か?」

「メディスン様……」

「俺達、メディスン様になら何をされても構いません」

「この熱を解放したいんです」


 息が荒いと思っていたが、熱でもあるのだろうか。

 少しずつ暖かくなったのに、雪の病魔が再流行したのか?


 俺は近くにいた若手騎士の額に手を当てると、ピクリとしていた。


 あれ?

 俺そんなに嫌われたことをした記憶はないぞ?


「熱はないけどな……」

「お前らああああ! メディスン様にまた何をやってるんだああああああ!」


 やはりこういう時に駆けつけてくれるのは騎士団長だ。

 いつもこの人はどこから見ているのだろうか。

 名残惜しそうに若手騎士達は、俺から離れて訓練に戻っていく。


「メディスン様、申し訳ありません」

「いや、俺は大丈夫だけど騎士団長は問題ないんですか?」

「私ですか?」


 しばらく騎士団長は考え事をしていた。

 ライフタブレットやマナタブレットを渡す際に、騎士団長も試してみると言っていた。

 だから、副作用が出ているなら同じような症状が出ているはずだ。


「あー、夜の方が活発になりました。妻が毎日動けなくなる――」

「うわあああああ! 俺の可愛い弟と妹に何てことを聞かすんだ!」


 俺は急いでノクスとステラを抱きかかえ、耳を塞ぐ。

 片方の耳は体に押し当てているが、聞こえていないといいが……。


 二人は俺の顔を見るとニコニコしていた。


「「ぐへへへへ」」


 最近俺と笑い方が似ているような気がする。


「騎士団長は毎日元気だよ」

「げんきがいちびゃん!」


 どうやら言葉の意味を理解していないのだろう。

 それはそれでよかった。

 まだ小学生にもなっていない年齢の子どもに、夜の話をされたら堪ったもんじゃないからな。


「騎士団長と話してくるから、少し向こうに行っててもらってもいいか?」

「「はーい!」」

 

 二人は騎士達と一緒に楽しそうに訓練に参加している。

 再び若手騎士達の熱い視線が突き刺さる。

 なぜかノクスとステラには興味がないようだ。

 あいつらそのうち好きなタイプは肉を提供してくれる人って言いそうだな……。


「それで話は戻るけど、夜が元気になったってどういうことだ?」

「ああ、前も1日3回はできたんだ。だが、今はこうずっとムンムンするというのか、朝までやらないと発散できないというのか――」

「ああ、もういいわかった!」

「ははは、騎士は体力が有り余ってるからな」


 俺は体力がある騎士達にライフタブレットを提供した。

 その結果、さらに体力をつけてしまったということだ。


 えーっと……。


「夜の体力も増えてしまったってことか」


 元々体力がなかった俺がライフタブレットを食べても問題はなかった。

 子どもであるノクスやステラも同様。

 少しずつ元気になってきたなーと思う程度だ。


 だが、元々体力が余るほど、若々しく元気な若手騎士が服用したらどうなるか……。

 考えなくても男の俺ならわかってしまう。


「あいつらには妻もいなければ、この町には娼館もない。発散する場所がないから、憧れの存在をそういう風に見てしまうんだ」

「だから前より熱い視線を送ってくるんですね……。いや、そもそも俺にそんな視線を送る方が間違いじゃないか!」

「ははは、メディスン様は若手騎士達にとって、会いに行ける神様みたいなものだからな」


 なぜかアイドルみたいな扱いをされているようだ。

 発散できない情熱を訓練で発散させるしかないのだろう。

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