第32話 薬師、神様になる

「部下達がご迷惑をおかけして申し訳ありません」

「こちらこそ訓練の邪魔をするようなことをしてすみません」


 俺は騎士団長と二人でお互いにペコペコと頭を下げていた。

 領主の息子としての対応ではないが、一般人の俺としては謝られると、つい条件反射的に謝ってしまう。

 今回の処罰として騎士団長は若手騎士達に、訓練場の外周を命じた。

 それも100周という果てしない数字だ。

 広さでいったら体育館ぐらいの大きさで、俺が命令されたら絶望を感じるだろう。


「これでまた飯がうまくなるな」

「これもメディスン様のおかげだ」

「メディスン様ー!」


 ただ、若手騎士達は楽しそうに走っていた。

 これが罰なのかと言われたら、そうは見えないだろう。


「メディスン様ー! 私はここにいますよー!」


 ほら、クレイジー野郎なんて俺に手を振りながら走っている。


「クレイディー! お前は50周追加だ!」

「えー!」

「メディスン様からの命令だ!」

「メディスン様からですか!? ありがたくお受けします!」


 おいおい、騎士団長よ。

 なに勝手なことをしているんだ。

 また、キラキラした視線をクレイジー野郎が飛ばしてくる。


「本当に部下達がすまない。まだまだ教育が行き届いてなくて……」


 申し訳なさそうな顔をする騎士団長が可哀想に見えてくる。

 勝手なことばかりする部下を手懐けるのは大変だからな。

 ただ、お前も勝手なことをしているからな?


「それでメディスン様は訓練場にどのようなご用件で……」

「ああ、ノクスに会いに――」


 近くにいるノクスをチラッと見るが、まだそっぽを向いていた。

 さすがに弟から無視されると、兄の心は傷ついてしまう。


「いや、少し運動をしようと思ってね」


 だからあえて理由を言い換えた。

 これならノクスも嫌な気持ちにならないだろう。


「へー、そうなんだー」


 ボソッと呟いたノクスの声は聞こえなかったが、再び剣の稽古に戻って行った。

 残念そうな後ろ姿に胸が締め付けられる。

 何か間違ったことをしたのだろうか。

 弟との関係性作りは難しいようだ。


「ならメディスン様も一緒に走ってみるのはどうですか? 一汗流すと心地良いですよ」

「あっ……いや……」

「走ったら世界が変わります!」


 きっと走ったら半周ぐらいで生き絶えるだろう。

 騎士団長もどこかクレイジーなのか、俺を走らせようとしてくる。

 若手騎士達が走らされているのも、単に騎士団長の趣味かもしれない。

 まるで部活にいた無駄にキラキラした熱血な先輩を思い出す。



 どうやって帰ろうか迷っていると、ステラは俺の手を引っ張って走り出す。

 飽きたから帰るのかと思ったが、その足先は若手騎士達の方に向いていた。


「おにいしゃま、はしりゅよ!」


 ひょっとしたらステラも走るのが好きなのか?

 町から帰ってくる時も急に鬼ごっこをしていたからな。

 俺はライフタブレットを片手に走り出す。

 ノクスに会いにきただけなのに、本当に走ることになるとは思いもしなかった。



「はぁ……はぁ……」


 ステラが満足するまで一緒に走り続けたが、普段よりも息切れは減っている。

 少しずつ耐久力がついて、体力が上がっているのを感じる。


「走るのはやはり気持ち良いですね!」


 そんな俺の横には汗一つかいていない騎士団長がいた。

 彼にとって走るのは息をするみたいに、当たり前のことなんだろう。

 ライフタブレットを今もボリボリと食べてやっと落ち着いてきた俺とは違う。


「そういえば、なぜ俺は若手騎士にチヤホヤされているんだ?」


 正直そんなに讃えられるようなことをした記憶がない。

 そもそも騎士に会ったことすらないからな。


「もうそろそろになったらわかると思いますよ」


――ゴーン! ゴーン!


 町から鐘の音が鳴り響く。

 この町ではおよそ六時間毎に時間を知らせる鐘の音が鳴る。

 1回目は朝を知らせる鐘、2回目は昼食を知らせる鐘、3回目は夕食を知らせる鐘、4回目就寝を知らせる鐘。

 全てに意味があり、基本的には鐘の音に合わせて生活している


「ひゃはぁー! 飯の時間だー!」

「おい、俺が先だぞ!」

「早い者勝ちだああああ!」


 若手騎士達は途中で行き先を変えてどこかへ走っていく。

 目的地は屋敷の中でも使用人達が生活している区域だ。

 そんなに食事が楽しみなんだろうか。


「そんなに腹減ってるのか?」

「メディスン様は知らないと思いますが、若手騎士達のほとんどが孤児や生活に困窮している若者がほとんどです」

「すべての人がこの領地の財産ですからね。誰も見捨てずにみんながちゃんとした生活が送れているならよかったです」

「さすがメディスン様です。こちらへどうぞ」


 魔物が襲ってくることが多いこの領地では、戦うスキルがある人は全てが戦力になる。

 それ以外でも各々能力にあった仕事をしているが、それと俺が讃えられることと関係があるのだろうか。

 若手騎士達に付いていくと、すでにテーブルに山のように積まれた肉に手を合わせていた。


「メディスン様に感謝です!」

「神様! 女神様! メディスン様!」


 明らかに異様な空気感が漂っている。

 ただ、俺が讃えられている理由が山のように積まれている肉のような気がした。


「メディスン様の民を思う優しい心が若手騎士の心を掴んだんですよ」

「いや、俺は肉を提供したぐらいだけど……」


 食料不足をどうにかするために、魔物の肉から成分を抽出して、普通の肉と同様にしている。

 それが若手騎士達にとって大きいのだろうか。


「この領地では、寒くなると食べられるものが減ってきます。彼らは今まで生きていた中で、一度は空腹で死に直面した経験があるでしょう」 

「俺も最近まではスープばかり食べていたからな」

「メディスン様が!?」


 食材のほとんどはノクスやステラが食べるように用意されていた。

 俺はラナが本館で分けてもらった野菜スープを飲むことが多かった。

 だから気持ちがわからないわけではない。

 

「領主様や子ども達には優先的に食料が割り振られます。その後に騎士や使用人、最後に孤児出身の若手騎士となります」

「食料が増えたことで、あいつらの食べられるものが増えたのか」

「そういうことです。メディスン様が大量に肉を用意していただけたことで、あいつらはどうにか今日も生き延びているんです」


 ただ、肉が食べられたら良いと思っていたが、こんなにも他の人に影響しているとは思わなかった。

 俺よりもよく動き、体が大きい彼らには簡単な食事では足りなかったのだろう。

 屋敷の現状が見えただけでも、ノクスに会いにきてよかった気がする。


「あっ、メディスン様!」

「一緒にご飯食べて行きますかー?」

「おいおい、メディスン様が来るわけないだろ?」


 再び若手騎士達からキラキラした視線が送られる。

 本当にこのムズムズとする感覚はなんだろう。

 明らかに俺が領主に向いていないことがわかる。

 ノクスが次期領主になってくれてよかった。


「ノクスとステラはどうする?」

「兄さんがいいなら?」

「おにいしゃまといっしょなら」


 どうやら可愛い弟と妹は、俺と・・一緒にご飯を食べたいようだ。

 椅子に座ると山積みに肉が置かれていく。

 普段あまり食べていないのに、こんなに置かれて大丈夫なんだろうか。


「兄さん食べないと体力つかないですよ?」

「げんきになってね?」


 食べられなかったら残そうと思ったがそうもいかないようだ。

 それに足が遅くて体力がないのを、弟妹達は病気だと認識している気がする。

 俺はその後も吐きそうになりながら、必死に肉を平らげることになった。


---------------------


【あとがき】


 本日から私のデビュー作?がコミカライズ配信されます。

 無料で読めますので、ぜひ読んでみてください!


♢タイトル

畑で迷子の幼女を保護したらドリアードだった。〜野菜づくりと動画配信でスローライフを目指します〜

https://kakuyomu.jp/works/16817330658498223090


『コロナEx』で検索をお願いいたします・:*+.\(( °ω° ))/.:+

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る