第31話 薬師、弟に会いに行く

「今日もノクスは来ないのか……」

「しゅてらだけだとやだ?」

「そんなことないぞ! 次は何をやるんだ?」


 今日もステラに勉強を教えているが、あれ以来ノクスが俺の前に来ることはなかった。

 俺も経験しているから、領主教育が大変なことは理解している。

 朝起きたら食事まで勉強して、食事を終えた後は、食後の運動のように剣の稽古がある。

 ほとんど食事と睡眠以外は頭と体力をフルに使い続ける。

 それだけ領主になるために必要な教育が想像以上に大変だ。

 ノクスの性格が多少無自覚で意地悪な子になるのは必然的なんだろう。

 

「気になるなら会いに行くのはどうですか?」

「別にそんなことはないぞ。そもそも会いに行くって……あっ、剣の稽古か!」

「ちょうど今頃新人や見習い騎士達と一緒に剣の稽古をされていると思います」


 ちょうど俺も実験ばかりで体力が落ちていた。

 体力をつける理由として、ちょうど良いだろう。


「しゅてらもいくー!」


 まるで俺の気持ちを見透かしているかのように、ステラは俺の手を掴んで引っ張っていく。

 こういう時に子どもの素直な部分は大事だよな。

 俺とステラはノクスがいる訓練場に向かうことにした。



「はぁ……はぁ……」

「まだくんれんちてないよ?」


 ステラに手を掴まれニヤニヤとしていたが、それは一瞬だけだった。

 なぜか急に走り出し、手を掴まれている俺も一緒に走ることになる。

 結果、ライフタブレットを大量服用することになった。


「すぐに息切れも落ち着くから便利だな」


 ライフタブレットを食べた瞬間、数秒で体が楽になってくる。

 ポーションより気軽に服用できるため、癖になりそうだ。


 訓練場では騎士に紛れて、ノクスは剣を振っていた。

 年齢は様々だが、その中でノクスは一番小さいからすぐにわかった。

 俺は剣の才能がないメディスンが、夜中にも素振りをしていたのを思い出す。


「ひょっとしてあれはメディスン様じゃないか?」

「俺達の神様か?」

「メディスン様だ!」


 次第に素振りを止めると俺の周りに人だかりができていた。

 明らかに異様な目の輝きに恐怖を覚える。


「はあはぁ、メディスン様が目の前にいる。私を痛めつけに来たに違いない。ふふふ、よだれが止まらないな」


 その中にはクレイディー……いや、クレイジー野郎も混ざっていた。


「兄さん、そんなところで何をしているんですか?」


 少し距離を開けたところで、ノクスは俺を見ていた。

 上瞼は半分閉じ、眉毛が下がり、明らかに表情から呆れているのが伝わってくる。


「いや、俺はノクスに会いに来たんだが……」


 すぐにノクスに助けを求めるが、なぜかそっぽ向かれてしまった。

 何がいけなかったのだろうか。

 やはり剣の稽古を邪魔されたくなかったのか?


「ノクスすまない。ただ、心配になっただけなんだ。俺がノクスに会いたくて……」

「もう、そこまでにしてください」


 騎士達にもみくちゃにされる中、隙間からノクスが引っ張ってくれた。


「ありがとう」


 ただ、ノクスはいまだにそっぽ向いている。

 チラッと見えたノクスの顔は真っ赤に染まり、恥ずかしそうにしていた。

 やはりノクスは良い子だな。


「ぐへへへへ」


 ただ、ついつい笑ってしまうと手を放されてしまった。

 弟の急な変わりように悲しくなってくる。

 上げてから落とされると、想像以上に心の傷になるからね。


「メディスン様が笑ったぞ」

「へへへ、そんなに俺達のことが気に入ったのか?」

「俺達の愛情が伝わったんだな」

「はぁはぁ、メディスン様から愛されているなんて……」


 一方、若手騎士達はノクスやステラとは反応が違った。

 むしろ笑うだけで喜ばれたことに、俺は引いてしまう。

 俺の笑った顔ってめちゃくちゃ気持ち悪いって知っているからな。

 それにクレイジー野郎の変な息づかいまで聞こえてくる。


「おい、何をするんだ!?」


 ふわっとした感覚がするとおもったら、気づいた時には俺は宙に浮いていた。


「わーい、メディスン様だー!」

「俺達のメディスン様だー!」


 なぜか讃えられて、胴上げまでされていた。

 クレイジー野郎だけがおかしいと思ったが、こいつら全員がクレイジーだ。


「お前ら、サボるとはなにごとだああああ!」


 遠くから怒鳴り声が聞こえてくる。

 声からしてこの間助けてくれた騎士団長のようだ。


 ただ、タイミングがいけなかったのだろう。


 若手騎士達が姿勢を正したことで、俺はそのまま地面に向かって落ちてく。

 すぐにライフタブレットを口に入れようと、準備をするが俺の身体機能では間に合わないようだ。


「うっ、助かっ――」


 目を閉じて痛みに堪えるように身構えるが、軽い衝撃で済んだ。


「メディスン様、どうか私に処罰をお願いします」


 俺はクレイジー野郎に抱えられていた。

 未だに吐息がかかるほど、俺に狂信的なのは何か理由があるのだろうか。

 これなら地面に叩きつけてもらった方がよかったな。

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