第30話 薬師、現代科学で引かれる ※一部ノクス視点

「みんなしてそんなに離れなくてもいいからな」


 俺が泣いたことでみんなは一時的に離れていってしまった。

 

「兄さんってかなり可哀想な人?」

「一人の時間が長かったですからね」

「どうしゅる?」


 今も調理場の縁でコソコソと話して、俺だけ仲間外れにされている。

 ただ、気持ち悪いと言われないだけよかった。

 結局、飴を固める作業は一人でやるしかない。


「はぁー、このあと苦めなカラメルも――」

「兄さん、続きをやるよ!」


 気づいた時にはノクスが俺の隣にいた。

 再び兄さんと呼ばれて嬉しくなるが、眉間にシワを寄せて泣かないように堪える。


「兄さんって残念な人だね」


 どうやらノクスから残念な人という認識をされてしまったようだ。

 それでも距離感が近づいただけでもよかった。

 ただ、俺が少し近づくとその分離れて行ってしまう。

 物理的な距離感は中々難しいと今になって学ぶとはね……。


「それでカラメルってなに?」


 俺にクリティカルヒットを何度も与えても、ケロッとした顔ですぐに切り替えていた。

 ノクスって本当に将来は大物になりそうだ。


「砂糖水は温度によって色や味が変化するんだよ」


 さっきの作業では温度が上がりすぎないように注意していたが、少し強めの火加減で火にかける。


「透明だったのが琥珀色から茶色になっていくけど、焦げないように注意してね」

「なんで色が変わるんだ?」

「砂糖水は火にかけると水分が蒸発して、脱水反応が起きていく。ショ糖と呼ばれるスクロースは温度が高くなると、グルコースとフルクトースに加水分解していくんだ。さらに熱していくと、熱分解でできるのがカラメル化合物で……大丈夫?」


 俺が話し出すと三人とも時が止まったような表情をしている。

 やはり現代科学の話になるとわかりにくいのだろう。


「兄さんって勉強できるんだね……」

「いつも実験をしている子ども好きの変態だと思ってました」

「えっへん! おにいしゃまはすごいもん!」


 少しは俺が勉強できることを知ってもらえたようだ。

 ステラに関しては、自分が褒められたように胸を張っているからな。

 ただ、ラナにはお仕置きが必要のようだ。

 まるで俺がロリショタ好きみたいな言いぐさをしている。


「ラナには飴はやら――」

「申し訳ありません!」


 ラナはすぐに頭を下げて謝ってきた。

 きっとカラメルの香ばしい匂いに釣られたのだろう。


「ちなみに話してて忘れたけど、このまま放置していると飴はすぐに固まるからな」


 さっき作ったピンクの飴は一人で容器に流し入れたから問題はない。

 ただ、カラメル飴は10秒もしたら固まっていく。

 この地域は寒いから、尚更固まっていくのが早いから作業は素早くする必要がある。


「じゃあ、みんなでカラメル飴を作って今日の勉強は終わりだな」


 ノクスとステラを中心に俺とラナが補助しながら飴を作っていく。

 楽しそうな姿を見ていると、勉強と言いながらも交流する機会を作ってよかったと思った。


 ♢


「兄さんってやっぱりすごかったんだな」


 僕は兄さん達と作った飴を片手に自分の部屋に戻っていく。

 両親や屋敷で働く使用人から、兄さんの話を聞いていた。

 無能な兄、動物を甚振っている、気味の悪い笑い声。

 挙げればあげるほどたくさんある。


 しかし、実際に関わってみると、優しくて僕の知らない知識をたくさん持っているただの兄だった。


 ただ、笑った時の顔は聞いた通りだった。

 全身の震えが止まらなくなるほど、気持ち悪い顔をしていた。

 あれは見てはいけないものを見たような気分だ。

 それでも一緒に勉強するのは楽しかったな。


「僕は塩カラメル飴の方が好きだな。塩が入ってるだけで全く違……」

「ノクス、勉強もせずにどこに行ってたんだ?」


 部屋に入ると父様が待っていた。

 咄嗟に作ったばかりの飴を背中に隠す。

 いつも用があっても自分から部屋に来るはずがないのに、何か重要なことがあったのだろうか。


「少しステラと勉強をしていました」

「そうか。最近ステラが無能なあいつと遊んでいると聞いたが――」

「兄さんは無能じゃないです!」


 いつも怒られるのを恐れて、反抗することはしなかった。

 ただ、気づいた時には声に出ていた。


 一瞬父様は驚いていたが、僕も驚いてどうすれば良いのかわからなかった。

 このままだと怒られてしまう。


「そうか……。まぁ、あいつの話はいい。これはどこで手に入れたんだ」


 どうやら怒られなくて済むようだ。

 父様は青色の丸いものを手渡してきた。

 ステラと魔法の授業をした時に、喧嘩の種になったものだ。

 そういえば、兄さんも同じようなものを食べていた。


「ステラが持っていましたが、ひょっとしたら兄さんが作ったものかもしれ――」

「ははは!」


 父様は大きな声で笑うと、途端に険しい表情に変わった。

 その姿に背筋がゾクゾクとして、震えが止まらない。


 父様はこの国でも強い力を持っている。

 剣豪だった初代の技や力を受け継いでいるからこそ、この領地を任されているぐらいだ。


「お前まであいつに絆されたのか? あいつがこんなものを作れるはずがない」

「そんなにすごいものですか?」

「ああ、調べたらマナポーションと変わらない回復力があった」


 やはり兄さんが作ったもので合っているようだ。

 今日もライフタブレットというものをその場で作っていた。

 この間、先生が調べると言っていたが、すぐに父様に伝えたのだろう。


 本人は気づいていないが、ポーションはたくさん飲むことができない。

 お腹が膨れてしまうからな。

 もちろんかけることで回復することもできるが、一番は口から飲むことで回復効率を上げていく。

 それを気軽に持ち運べて、簡単に回復ができるとなれば画期的なものになる。


「今度またみつけたらすぐに俺に知らせろよ」

「わかりました」


 それだけ伝えると父様は部屋から出ていく。


「ふぅー」


 力んでいた体から力が抜けていく。

 せっかく作った飴も捨てられなくてよかった。


 やはり父様と兄さんは全然違う。

 父様は僕を褒めることもなく、興味があるのは僕ではない。

 次期領主としての僕のスキルと知識だけだ。

 でも、兄さんは僕と向き合おうとしていた。

 それが嬉しかった。


「ぐへへへ、なんか塩カラメルなのに甘く感じるね」


 今日兄さんを見て気づいたが、僕よりもよっぽど次期領主に向いているような気がした。


 ただ、笑った顔が気持ち悪いのは領主には向いていないような気がした。


---------------------


【あとがき】


「兄さん?」

「どうしたんだ?」

「僕って次期領主に向いている?」


 実験中の俺にノクスが突然相談をしてきた。

 何かに悩んでいるのだろう。

 これは兄として解決するべきのようだ。


「もちろんノクスの方が、俺よりも地面と山の差ぐらいはあるぞ?」

「まぁ、兄さんみたいに笑い方気持ち悪くないし、足も遅くないもんね」


 通常攻撃がクリティカルヒットで俺のHPは0になりそうだ。


「ぐへへへへ、相談してよかった」

 

 ただ、それよりもノクスの笑い方が気になってしまった。

 どこか俺の笑い方に似てないか?

 ひょっとして★とレビューが足りないのか?


「みんな★★★とレビューを頼む!」

「兄さんついに頭をおかしくなったのかな?」

「グサッ!?」


 俺はその場で崩れるように倒れた。


 ★★★とレビューでメディスンを元気づけよう。

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