第26話 薬師、弟妹と仲良くなる?

「おにいしゃま!?」


 誰かが俺を呼んでいるようだ。

 目をゆっくり開けると、そこにはステラが心配そうな顔をして覗き込んでいた。

 そういえば、ステラを追いかけていたのに走りすぎて酸欠で倒れたような気がする。

 決して精神的なダメージで倒れたわけではないからな。


 ただ、人がたくさん集まっているところを見てると、倒れてそんなに時間は経っていない気がする。


「おにいしゃま、にやにやしてる」


 ああ、なんと言ってもステラの膝枕――。

 いや、ここは一度あることは二度や三度もあるからな。


「メディスン様、お久しぶりです」

「あなたは……庭師の」


 やはり俺を膝枕をしていたのは、ルクシード辺境伯家の庭師をしているおじいさんだった。

 実験で草木を分けてもらっていた記憶がある。


「記憶!?」

「んあっ……!」


 ああ、勢いよく向きを変えてしまったから、庭師の股間に会心の一撃を与えてしまったようだ。

 これからは起きる時は膝から落ちてから、体を上げるべきだろう。

 決してお腹側に寝返りをしたり、グリグリと頭を擦り付けるなんてことはしてはいけない。

 同じ男としてやってはいけないことだとわかっている。

 それでも優しそうに微笑む庭師は、本当に優しい人なんだろう。


「おにいしゃま、だいじょうぶ?」

「ああ、もう元気だからな」


 ステラには心配をかけたようだ。

 短い時間だけど気絶したことで、記憶も戻ってきたし元気になった。


「お前、そうやって人の気を引いて何がしたいんだ!」


 そんな俺に対してノクスは気に食わないのだろう。

 露骨に反発心を表してくる。

 ただ、それはそれで嬉しく感じる。


「おにいしゃまはひんじゃくなの!」


 貧弱なのは俺も知っている。

 ただ、ステラがカバーするたびに、俺の印象が悪くなっているのは気のせいだろうか。


 それに次々と人が集まり、注目の的になっていることの方が問題だ。

 終いには俺のことを変質者が侵入してきたと勘違いして、訓練中の騎士も集まってくる。

 本格的に城から追い出されそうな雰囲気にお手上げ状態だ。


 それでも俺は伝えないといけないことがあるからな。


「ノクス、元気になってよかった」


 ノクスはピクリと反応していた。

 俺に名前を呼ばれるとは思わなかったのだろう。


「お前に心配されなくても、俺は元気だ!」

「ははは、そうか。大事な弟だからな。無理はしていないか?」

「お前はなんだ! 僕を惑わせて何がしたいんだ!」


 ノクスの警戒心はドンドンと強くなる。

 今まで弟妹を気にかけることもなく、離れの屋敷にこもって、ずっと実験をしていたからな。

 実際はメディスンは良い兄でいようとしたが、努力の仕方を間違えただけだった。


 誰よりも家族や領民のために努力していた。

 それは俺自身が認めてあげないといけない。

 俺がこの世界に来て、メディスンの体に入ったのは原作を知っているからこそ、やるべきことがあったのだろう。


「俺が未熟なばかりに、二人に辛い思いをさせてすまない」


 俺はその場で頭を下げる。

 傍から見たら、大人が子どもに誤っていると違和感を覚えるだろう。

 それでも俺は二人に謝るべきだと思った。


「お前に謝られなくてもいい!」

「俺が謝りたいだけだ」

「僕はここの次期領主になるんだ!」

「ああ、次期領主はノクスだな」

「僕はお前よりも賢くて剣もできる!」

「ああ、きっと俺よりは才能に溢れているな」

「お前よりも使用人に好かれている!」

「ああ、俺なんてラナにも嫌われているかもしれない」


 次第にノクスの体は震えていた。

 メディスンが一度経験したからこそ、普通の5歳にかかるプレッシャーや期待ではないのはわかる。

 今まで溜めていたものが、少しずつ溢れているのだろう。

 

「だけど……」

「どうしたんだ?」

「ステラには好かれていない……」


 元々ノクスとステラは仲が良かったはず。

 俺よりもよっぽど兄らしいとラナからは聞いていた。

 笑ったら妹に逃げられる兄なんて、この世界を探しても俺ぐらいだからな。

 そんなノクスがポタポタと涙を流すほどだ。

 それだけステラに否定され、拒絶されたのが辛かったのだろう。


「ノクスはステラを守っていたんだろ?」

「まもりゅ?」


 ノクスは兄として守ろうと思っていたことが、空回りしていたのだろう。

 それに唯一の味方は妹のステラだけだと思っていたそうだ。


「ああ。きっと俺が危ないやつだと教えられていたんだろ?」

「おにいしゃまはいいひとだよ!」


 ステラの一言に俺の頬は緩んでいく。

 いかんいかん、ここで笑ってしまったら二人にまた引かれてしまう。

 無表情を貫き通さないとな。


「ここで働いている人達を見ればわかる」


 警戒を強める騎士達。

 何かあった時にいつでも守れるようにと、執事やメイドすら準備をしている。

 誰が見ても俺がこの屋敷の中で、どう思われていたのかわかる。


「のくしゅ……ごめんね」

「うん。でも授業はサボるなよ」

「ううん。じゅぎょーはいかない!」


 そこは授業に戻るところじゃないのか?

 なぜ、二人にして俺の方を見ているんだ。

 良い雰囲気だったのに、ノクスなんてまた睨んでいるぞ。


「のくしゅも、おにいしゃまのところにいこ!」


 ステラは嬉しそうにノクスの手を掴み、俺のところに駆け寄ってくる。

 だが、明らかに駆け寄るタイミングは今ではないだろう。


「あいつを今すぐに捕まえろ!」


 俺はノクスとステラを惑わした危険人物として、騎士達に捕まることになった。

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