第18話 薬師、変態の兄ちゃん舞い戻る

「あー、あいつはどこにあるんだ」


 俺はマナタブレットを噛み砕きながら抽出されたものを一つずつ分解していく。

 マナタブレットを作れるようになって気づいたことがある。


 それは永遠・・にスキルを使えるってことだ。


 魔力が減ってきたら、マナタブレットを食べて魔力を回復させる。

 そしてまた魔力がなくなるまでスキルを使う。

 もちろんマナタブレットを製成するのも、スキルでできるから問題ない。

 これに気づいてからは、魔力を気にせず抽出した成分を分解する作業をしていた。


 まるで社畜のように働いていた俺と変わらない。

 ただ、探そうとしているものが一向にみつからない。


「なんだこれ……」


 次第に遊園地にあるコーヒーカップのようなものに乗って、揺られているような感覚に襲われる。

 これがマナタブレットの副作用なんだろうか。

 製成結果には書いていないのは、異世界の薬特有なのかもしれない。

 ポーションを何度も摂取する人は普段はいないからな。

 薬も飲み続けたら体には毒になる。

 それを体で実感することができた。


「おにいしゃま、すてらもすこしちょうだい?」

「あまり食べすぎるなよ」

「うん!」


 隣で勉強していたステラも新しくできたマナタブレットが気になるようだ。

 子どもでもポーションは服用できるため、数粒ステラに渡した。

 この後に魔法の授業があるため、ステラにとっても良いものになるだろう。

 魔力の器を広げることができるし、魔法をたくさん使う練習になる。

 嬉しそうにマナタブレットを握って、ステラは本館の屋敷に戻っていく。


「本当に慌ただしい妹だな」

「それだけメディスン様のことが好きなんですよ」


 朝の出来事で嫌われてなかったのだとホッとする。

 嫌われるより好かれている方が嬉しいし、俺の唯一の妹だからな。

 いつかノクスとも会ってはみたいが、向こうがどう思っているのか俺にはわからない。

 本来なら長男である俺が、次期領主だったのもあり尚更会いづらい。


「とりあえずビタミンE剤は作れたから、他の素材を手に入れに行こうか」


 結局、できたのはビタミンE剤だけで保湿剤も羊脂からグリセリンしか抽出できなかった。

 ただ、グリセリンだと保湿はできるものの水分を集めてしまい、凍結するとさらに皮膚の血流が悪くなる。

 欲しいのはペトロラタムと呼ばれるワセリンだ。


 少しふらふらとする体に鞭を打ちながら町に向かう。

 ラナが心配そうに見守ってくれているが、領主の息子として早めに領民の困りごとを解決したいからな。


「魔物の素材って冒険者ギルドで買えるか?」

「たしかに買取は行ってますが、本当に冒険者ギルドに行かれるんですか?」

「商業ギルドよりは安いからな……」


 俺が目をつけたのは魔物の素材だ。

 以前、スライムゼリーからゼラチンを抽出したように、何かペトロラタムとなる成分を探すことにした。

 ただ、それには大量の資金が必要になってしまう。


 そもそも冒険者ギルドで買い取った魔物の素材は商業ギルドに卸されて、生産者の手に渡っていく。

 一般の人が買う場合、商業ギルドで売り物になった形にする必要があるが、少しだけ素材が必要な俺にしたら、商業ギルドで高いお金を払う必要もない。


「ここが冒険者ギルドかー」

 

 本当に冒険者ギルドがあったのかと嬉しくなってくる。

 冒険者ってゲームだと助っ人として銭湯を手伝ってくれた。

 ただ、小説だと荒くれ者が多いから、絡まれたりしたら、ウニョウニョ動く毒を投げつける覚悟だ。

 俺は冒険者ギルドの扉をゆっくりと開けた。


「なんだこれ……」


 しかし、俺の覚悟も無駄になってしまった。


「冒険者ギルドってこんなに人がいないのか?」

「時期的な問題だと思います」


 冒険者ギルドの中に入ると、人はあまりおらず閑散としている。


「おー、薬師の兄ちゃん!」


 突然、誰かに背中を叩かれると、俺はその場でよろめいて倒れてしまう。


「ににに、兄ちゃん!?」


 振り返ると大柄なクマみたいな男が立っていた。

 一瞬、毒を投げつけようかと思ったが、軽く叩いた男の方が驚きあたふたとしていたから、わざとではないことはわかる。

 それに俺がマナタブレットを食べすぎて、ふらふらしていたからな。


「少し体調が悪くて――」

「痩せすぎなのが原因だな! 今すぐに肉を用意しよう。魔物の肉だけどいいな? おい、薬師の兄ちゃんを元気にさせるために肉を集めろ! この人が雪の病魔の時に薬を分けてくれた恩人……人がいねーじゃねーか!」


「くくく」


 図体とは異なり、素早く動きよく話す男に思わず笑ってしまう。

 本当にドタバタとしている人だな。

 ステラがこんな大人にはならないようにと切に願うばかりだ。


「兄ちゃん大丈夫だったか?」

 

 俺は男の手を取り立ち上がる。

 立ち上がるというよりは投げられる感覚に近い。


「やっぱり肉を食え! 肉を!」

「いえ、肉はいらないので魔物の素材をください」


 肉を食べれば元気になるという発想が、どことなく脳筋のようだ。

 今欲しいのは肉よりも魔物の素材だ。


「えっ……さすがに魔物の素材は食えないぞ?」


 なにか変な誤解を招いている気がする。

 ここはちゃんと伝えた方が良さそうだ。


「やっぱり変態の兄ちゃんだああああ!」


 ああ、やっぱり誤解を招いていた。

 薬師から変質者になるのかと思ったら、変態に戻ってしまった。

 俺は変態の星に生まれた男だったのか。


「変態……」

「魔物の素材だな! いくらでも食べさせてやるぞ!」


 変態なら魔物の素材を食べても良いのだろうか。

 奥から次々と部位毎に分けられた魔物の素材を運んでくる。


「ヒイイィィィ!?」


 血がついたままの魔物の頭部から、目玉が飛び出している。

 しかも、それだけではなく、何かの耳や爪、グロテスクな素材がいくつもある。

 あまり見たことない光景に血の気が引いてしまう。

 体はメディスンでも、俺が実験に慣れているわけではないからな。


「ああ、気持ち悪い」


 まさかいつも言われている俺が言うとは思いもしなかった。

 マナタブレットを食べてもいないのに、視界がぼやけて回っている。


「変態の兄ちゃん!?」


 だから俺は変態の兄ちゃんじゃないぞ……。

 ふわりと宙に浮く感覚とともに、俺はその場で倒れた。


「メディスン様!?」

「メディ……メディスン様!?」

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