第10話 薬師、兄は笑えない
翌日も町に向かうと少女は昨日と同じ場所に立っていた。
「変態!」
「おい、もう少し呼び方を考えろ! もっと……お兄ちゃんとかあるだろ」
「おっ……お兄ちゃん!? それは……ないない!」
相変わらず俺に対しての態度がゴミを見るような目をしているような気がする。
頑なにお兄ちゃんとは呼びたくはないようだ。
名前を教えようにも、俺が領主の息子だとバレたら薬を渡しにくくなるからな。
「薬を飲んでみんなどうだ?」
「少しずつ元気になってるよ!」
「お母さんは?」
「熱もないのかお家で家事をしている」
態度は悪くても、町の人の状態を俺に教えてくれる。
今のところ薬を飲んで体調を崩したものはおらず、アレルギーが出た人もいないようだ。
チラホラとお店を出している人達にも活気が出てきているからな。
熱が下がって働きやすくなったのだろう。
しばらくは休んだ方が良い気もするが、そうも言ってられないのだろう。
生活するためにはお店が必要だからな。
「熱がないならもう飲まないように伝えろよ」
「なんで!?」
「薬は毒にもなるって言っただろ……」
「変態! 毒を飲ませるなんて!」
エルサの声が町の中に響く。
「毒って言ったか?」
「毒がどうしたんだ?」
気づいた時にはエルサの周囲には人だかりができていた。
町の中で〝毒〟って言葉を大声で言ったら、視線は自然と集まってくる。
ちゃんと伝えることは伝えたから問題はないだろう。
「コートは返してもらうぞ」
俺はコートを手に取ると、またしても強く引っ張られる。
エルサの力が強いのか、それとも俺の力が弱いのか。
きっと両方だろう。
「また来るよね?」
「ぬぁ? ああ、そのうちな!」
「ほんと? 嘘はダメだからね!」
俺のことを変態と呼ぶのに、どこか懐かれているような気がするのは気のせいだろうか。
コートを受け取ると袖に腕を通す。
「ぐへへへ、お兄ちゃんと呼んだらきてやる」
頑張って練習した笑顔でアピールだ。
何度も呼び方に拘るのは、単純に俺が呼ばれてみたいからだ。
両親が幼い頃に亡くなり、祖父母に育てられた俺には兄弟姉妹がいない。
祖父母も高校生の時に亡くなったから、しばらく家族がいないのは慣れている。
それでも家族という存在に憧れていないと言ったら嘘になる。
それにステラやノクスが俺のことをお兄ちゃんって呼ぶことはないだろうしな。
「変態!」
「せめて呼び方はどうにかしろよ!」
エルサは頑なに俺をお兄ちゃんと呼びたくないようだ。
まぁ、無理に呼ばせるものでもないからな。
せめて変態からは脱却したい。
俺は問題になる前に、その場から立ち去ることにした。
離れの屋敷に帰ると、珍しく話し声が聞こえてきた。
「らなしゃん、おにいしゃまはどこにいるの?」
「きっと今は町の方に出かけていると思いますよ」
チラッと覗くと本館でもないのに、ステラがラナと手を繋ぎながら歩いていた。
今までステラが離れの屋敷に来ることはなかったが、何かあったのだろうか。
「ステラがどうしてここにいるんだ?」
部屋の前に着いて立ち話をしている二人に声をかけた。
「おにいしゃま!?」
突然声をかけられたからびっくりしたのだろう。
ステラはすぐにラナの後ろに隠れていた。
「ステラ様がメディスン様にお礼を伝え――」
「らなしゃん! わたしがいうの!」
勢いよく出てきたステラを見て、ラナは優しく微笑む。
俺の側付きメイドのはずだが、そんな表情を一度も向けられたことがない。
スキルの実験ばかりで、周りを全く見てなかったのはメディスンの過ちでもある。
ステラが話しやすいようにしゃがみ込むと、なぜか二人してビクッとしていた。
子どもと話す時ぐらいは視線を合わせろって病院実習の時に言われたからな。
「おにいしゃま、おくしゅりありがとう。またゼリーをちゅくってね!」
舌足らずで聞こえにくかったが、俺のことをお兄様と呼んでくれた気がする。
「ぐへへへへ」
ついつい俺の頬も緩んでしまう。
だが、笑った瞬間ステラの表情は氷のように冷たく固まってしまった。
「はぁー、やはりメディスン様は笑わない方がいいですよ」
「なんでだ? 俺だって笑う練習ぐらいしているぞ」
「自身のお顔を鏡で見たことはありますか?」
そういえば窓ガラスに映る姿を見たことがあっても、ちゃんと鏡では見たことはなかったな。
ラナに手鏡を受け取ると、俺はメディスンの顔をまじまじと見つめる。
「普通にしてたらイケメンだな……」
深緑の髪色に紫色の瞳がどこかミステリアスな雰囲気を醸し出している。
ゲームの中のメディスンって、処刑シーンぐらいしか目立つ場所がないため一瞬しか映らない。
だから、そこまで見た目を気にしたことはなかったし、話題にもならなかった。
「笑ってみてください」
ラナに言われたように、俺は笑みを浮かべて笑ってみた。
「ぐへへへへ……」
笑った瞬間、鏡に映っていたミステリアスな男が急に狂気に満ちた笑みをしていた。
どこかサイコパスな雰囲気が強くなり、瞳の奥が完全に死んでいた。
目元は笑っているはずなのに、瞳の中の感情は抜け落ち、空虚さを感じさせられる。
それに乾いた唇が右口角だけがクイっと上がり、人形じみている。
エルサは変態と言っていたが、かなりオブラートに包んでくれたような気がした。
「おにいしゃま、きもちわるいでしゅ」
どうやら小さい子には気持ち悪いように見えるようだ。
それに今は視線を合わせてしゃがんでいるから尚更だろう。
これからは人前で笑わないようにしないといけないな。
自分の顔がこんなにも怖いとは思わなかった。
「ちくしょー、ライフポーション作ってやる!」
俺はしばらく自分の部屋に篭ることを決意した。
久々に会った妹に気持ち悪いと言われて、思ったよりも心が傷ついたようだ。
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【あとがき】
「ねね、らなしゃん! おにいしゃまってなんでへんなわらいかたするの?」
「えっ……あー、メディスン様は少しおかしいのです」
「おくしゅりのんでもかわりゃない?」
「うっ……」
「らなしゃん……?」
妹のステラは今にも泣きそうな顔でメイドのラナの顔を見上げていた。
「皆様、ステラ様を元気にするために★★★とレビューをよろしくお願いします!」
「ねー、らなしゃん……」
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