第9話 薬師、薬を託す

「メディスン様、体の調子はいかがですか?」

「全然問題ないよ」


 今日はメイドのラナが、珍しく扉の外から顔を出している。

 あれから顔を合わせていないため、以前の俺に戻ったのかビクビクと確認しているようだ。


「ノクスとステラの調子はどうだ?」

「あっ……はい! 二人とも少しずつ回復しています!」


 すぐにラナは部屋の中に入ってきた。

 弟妹の心配を今までメディスンはしたことがなかったからな。

 これで前とは違うことに気づいたのだろう。


「ぐへへへ、ラナも大丈夫か?」

「やっぱりいつものメディスン様ですね」


 俺が笑うとさっきまで笑顔だったのに、スンっとした姿に戻って警戒心を強めていた。

 きっとこの笑い方に原因があるようだ。

 メディスンはいつからこんな笑い方をするようになったのだろうか。


「みんなも薬は飲んでいるのか?」

「ポーションに混ぜて飲ませています」


 この世界では風邪を引いたらポーションを飲むのが当たり前だ。

 ポーションには二種類ある。

 魔力を使って傷や治癒能力を高めるライフポーション、魔力を高めるマナポーションだ。


 そもそも聖職者でなければ治癒能力を高めることができない。

 それを補っているのがライフポーションという認識になる。


「そういえば、町に行ったらポーション一つ金貨一枚って言ってたな……」

「メディスン様、外出されたんですか!?」


 どうやらポーションが高いということよりも、俺が外出したことに驚いたようだ。

 俺でも町の人からあんな扱いされていたら、出たくはないからな。

 ただ、メディスンの記憶も曖昧だから、常識だけは知っておきたい。


「おかしいのか?」

「学園に通う前も、卒業されてからも外に出ていなかったじゃないですか!」

「あっ……そういうことか」


 メディスンの常識に関して記憶が曖昧なのもわかった気がする。

 この国では十歳頃から学園に通う。

 俺は見た目からして十代後半ってところだろう。

 学園に通う前から周囲との関わりを減らしていたら、約十年ぐらいで得られる知識はほぼないことになる。


 あるのはゲームの攻略に使った知識だけだ。

 地味に暗記するものが多かったのは覚えている。


「それでポーションはそんなに数が少ないのか?」

「この時季はどこも病魔による影響でポーションの消費率が高いです」


 どうやら病魔が流行っているのは、ここだけではないようだ。

 雪の病魔は寒いのが影響して、感染力が高まっているが、他にも病魔と呼ばれる感染症はある。

 その地域にもポーションが必要になる。

 こんな田舎の領地は後回しにされ、数の足りないポーションが高くなるのは仕方がない。


「今年はさらに支援が少ないので、ポーションが品薄になってますね」


 メディスンが処刑された時の言葉通りだな。

 尚更、ここを乗り越えるためにもアセトアミノフェンが気軽に手に入れることができる環境にしないといけない。


「しばらく出かけてくる」


 俺はそのまま屋敷を後にした。

 行動するなら早くの方が良いからな。



 町に着くと昨日よりも活気を感じた。

 少しだけ来る時間を早めたのが影響しているようだ。

 生活に必要なものは、無理してでも店を営業しないといけない。

 その結果、雪の病魔を広げている原因になっているのを、当の本人達は気づいていないだろう。


「あっ、変態!」


 どこかに変態でもいるのだろうか。

 周囲を見渡しても変態らしい見た目をした人はいない。

 むしろ俺に視線が集まっているような気がする。

 コートを着ずに薄着がいけなかったのだろうか。

 そもそもコートが一着しかないのが問題だ。


「そっちがその気なら、私も負けないわよ!」

「痛っ!?」


 突然足に衝撃が走ったと思ったら、昨日出会った少女のエルサが足を踏んでいた。

 どうやら変態って俺のことを言っていたらしい。


「ぐへへへへ……」

「気持ちわるっ!?」


 関係を怪しまれないように笑いかけるが、すぐに離れてしまった。

 さっきまで向こうから、俺にちょっかいをかけてきたのにこの有様だ。


「お母さんは元気になったのか?」

「そっ……そうよ! それに昨日コートを忘れて……バカじゃないの!」


 エルサの手にはコートが握られていた。

 頬や手が赤くなっていたところを見ると、コートを渡すために待っていたのだろう。

 俺は受け取ろうとするが、エルサは手を放そうとしない。


「俺のコートなんだけど……」

「返して欲しければ薬を渡しなさい!」

「なんでだ?」


 どうやら薬を追加で欲しいようだ。

 ただ、アセトアミノフェンは容量を守らないと肝臓への負担が強くなる。

 薬は希望ともなるが、使い方を誤れば毒となる。

 だから少しずつ小分けにして、必要な量だけしか渡していない。


「あれはタダで渡していい物でもない」

「あれがあれば、おばさんやおじさんも良くなるのよ……」


 どうやら他にも薬を必要とする人に渡したいらしい。

 無闇に渡さないためにも、医師が患者の健康状態を診断した上で適切な薬の量や種類を調整して処方箋を出す。

 肝機能や腎機能が悪い人には、特に注意が必要となる。

 それにアレルギー反応が出て、アナフィラキシーショックになったら最悪死んでしまう。


 屋敷はラナがみんなの様子を見ているが、町の人はそうはいかない。


「どうしたら薬がもらえるのよ……。このままじゃみんな死んじゃうよ」


 みんなを助けたいエルサの気持ちはわかる。

 それに俺も手を貸さないと、ゲーム通りの危機的な状況になってしまうのは変わらない。

 ただ、それには条件をつけないといけない。


「ならこれだけは守ってくれ。飲み方を間違えるな。それと定期的に問題ないか見て回るんだ。最悪死ぬかもしれないからな」

「見て回るぐらいで死なないならできるもん!」


 エルサはその場で胸を張って軽く叩いた。

 その言葉を信じて俺は鞄からアセトアミノフェンを取り出し、エルサに渡した。

 すぐに薬を持って走って行く。

 そんなに熱を出している人達が多いのだろうか。

 これからはしばらくの間、俺も町に通う日が続きそうだ。

 

「あっ……またコートを返してもらうのを忘れた……」


 どうやら俺はしばらくコートも着ずに、薄着で出歩く変質者のままだな。

 あー、色んな意味で心が寒い。

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