第8話 薬師、勘違いされる
「領主様の息子に似ていないか?」
「動物を虐殺しているって噂のやつだろ?」
「俺は人体実験しているって聞いたぞ?」
小さな声で俺の噂を話しているのが聞こえてくる。
どれもがあまり良い噂ではないし、はっきりと認識はされていないようだ。
ただ、わかることは領地に住む平民からの評価が著しく低い。
これなら弟のノクスの方が次期領主に向いているのは誰でもわかる。
「どっかいけ! 気持ち悪い!」
少女は俺に向かって強く蹴る。
部屋にこもって運動もしていなかった俺に体力があるわけない。
勢いを止めることができず、その場で地面に座り込んでしまった。
お尻から伝わる雪の冷たさに、俺の心も冷えてくる。
「さすが貴族がこんなところに来ないだろ」
「こんな時期に外に出ているやつなんて、雪の病魔にならないバカくらいだ」
「もしくは冬の病魔に頭がやられたか」
どうやら変質者ではなく、ただのバカという認識になったようだ。
変質者と思われなかっただけマシだろうか。
それはそれでまた何かを失ったような気がする。
ズボンについた雪を払い、俺は屋敷の方へ歩いていく。
気づいた時には少女に逃げられてしまい、散々な目に遭っただけだ。
だが、歩いている最中にあることを思い出した。
「コートが盗まれた!?」
少女にかけたコートはそのまま少女に持っていかれてしまった。
クローゼットを開けた時に唯一あった冬服があのコートだ。
外に出ない俺にコートを準備するのがもったいないと思ったのだろう。
ポーションの値段が高くなり、食料もあるかどうかわからないぐらいだからな。
俺は少女が逃げたと思う方に向きを変えていく。
あまりこの場に長いこといるのも気まずいからな。
「この辺はあまり設備が整っていないようだな」
少女が向かったのは、さっきまでいた商店街のような場所とは異なり、どことなく暗い雰囲気のある住宅街のようだ。
さすがに寒いから浮浪者はいないものの、街灯もないため暗い。
「あっ……」
ちょうど奥の方で少女が家に入ったのが見えた。
きっとあの家に住んでいるのだろう。
今度こそ変質者に間違われないように、姿勢を正して笑う練習をする。
実験ばかりして、人に会っていなかった影響か表情筋も硬い。
全くうまく笑えないからな。
――トントン!
「ポーションを――」
俺は少し意地悪するように声をかけた。
普通に声をかけたら怪しいやつだと思われるからな。
「おじさん! やっぱりポーションを……」
扉を開けた瞬間にゆっくりと視線が合う。
明らかにしまったと思ったのか、視線が泳ぎ、口が半開きになっていた。
「ぐへへへ、コートを返してもらおうか」
ちゃんと笑顔で要件を伝える。
ついでに扉を閉められないように、すぐに足を挟み入れる。
ただ、少女も負けじと扉を閉めようとする。
終いには俺の足を何度も強く蹴る。
「変態! 早く家から出ていけ!」
コートを返してもらうために家に訪れたがこの始末。
本当に俺って領主の子どもなんだろうか。
「エルサ、お客様に失礼よ……」
「だって変態が!」
奥から少女の母親がふらふらとしながらやってきた。
手にはコートを持ってきている。
ただ、その間も少女は俺の足を踏むのを止めない。
「きっと寒いからコートを貸してあげたのよね」
どこか母親からも睨まれているような気もするが仕方ない。
今は変質者扱いになっているからな。
「話を聞こうとしたら逃げられてしまって……」
「そうなんですね。見ての通り雪の病魔になってしまったので、すぐに帰った方が良いと思います」
「そうだ! 帰れ帰れ!」
部屋の中には少女のエルサと母親しかいないようだ。
パチパチと暖炉の音だけが響き、部屋の中はモワッとした暖かい空気が広がっている。
「部屋の換気をしないと雪の病魔は広がるので気をつけてくださいね」
インフルエンザは空気中から感染するため、この寒い時季に換気をしないと感染が広まってしまう。
部屋の中は乾燥して空気中にあるインフルエンザウイルスは長く留まりやすくなるからだ。
適度な湿度を保つことでウイルスの活動は抑えられる。
だが、二人とも首を傾げていた。
「何言ってるの? 雪の病魔は外から入ってくるよ?」
窓を開けると雪の病魔が入ってきて、さらに悪化すると思っているのだろう。
常識が違えば治療方法も変わってくる。
「部屋の中には目で見えない雪の病魔の元がいるからな。定期的に窓を開けないと――」
すぐにエルサは走って窓を開ける。
ちょうど扉も開いているため、涼しい風が抜けていく。
それとともに二人とも少しずつ冷静になったようだ。
今なら俺の言葉に耳を傾けてくれるかもしれない。
「ポーションではないですが、よかったら薬があるので飲んでください」
コートを近くにあったテーブルに置いて、鞄から小分けに包んだアセトアミノフェンを取り出す。
ただ、明らかに変なものを見るかのような目をしている。
「ああ、俺は薬師なので……。ポーションの代わりになる冬の病魔に効くように調合しました」
袋を開けて指先にアセトアミノフェンをぺろっと舐める。
やはり薬特有の苦味はあるが、これで安心はする……はずだよね?
二人ともすごくジーッと俺の顔を見ている。
「ぐへへへ」
とりあえず安心するように笑っておいた。
頬が引き攣った感じになるが仕方ない。
もう少し笑う練習をしておこう。
「親指と人差し指で一つまみ、朝昼晩に水と一緒に飲んでください。時間はしっかり開けてください」
それだけ伝えて家から出ることにした。
これが危ないものか判断するのはエルサの母親だからな。
ポーションがない状況だと、頼れるものに頼るしかないだろう。
「あっ……コート忘れた……」
帰り道で俺はコートを手に持っていないことに気づいた。
ただ、あれだけ怪しまれていたのに、また戻るのも俺の心のHPが足りない。
次に何を言われるかわからないからな。
また明日様子を見るとともに、コートを取りに行くことにした。
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【あとがき】
一番の被害者は主人公のメディスンだったというお話でした。
きっと私はこういうお話が好きなんでしょうね……?
「ねね、らなしゃん! おにいしゃまってなんでへんなわらいかたするの?」
「えっ……あー、メディスン様は少しおかしいのです」
「おくしゅりのんでもかわりゃない?」
「うっ……」
「らなしゃん……?」
妹のステラは今にも泣きそうな顔でメイドのラナの顔を見上げていた。
「皆様、ステラ様を元気にするために★★★とレビューをよろしくお願いします!」
「ねー、らなしゃん……」
次の更新予定
悪役薬師に転生した俺のスキルが明らかに善人なんだが〜現代薬学の知識で処刑ルートを回避する〜 k-ing@二作品書籍化 @k-ing
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