第11話 薬師、変質者の兄ちゃんになる
「メディスン様、そろそろ外に出てみたらどうですか? ステラ様が遊びにきましたよ」
「おにいしゃま?」
あれからライフポーションを作るのを建前に、鏡と睨めっこしていた。
笑顔の練習をする日々だが、中々うまくはいかない。
良い感じには笑えるようになったと思うが、目の奥の死んだような瞳はどうしようもない。
「ぐへへへへ」
「ヒィ!?」
お兄様と呼ばれると自然と笑みが溢れてしまう。
だが、タイミングが悪かった。
振り返った瞬間に笑ったから、ステラは再び扉に隠れてしまった。
すぐに椅子から立ち上がりステラの方へ向かう。
「いや!」
近寄ったタイミングでステラは再び顔を出すが、またしてもタイミングを間違えたようだ。
近寄るのを拒否されてしまった。
ここは何もしない方が良いのだろう。
そう思い再び鏡の前に戻ろうとしたら、ステラに引き止められた。
「どとど……どうしたんだ?」
まさかの行動についついどもってしまう。
「おにいしゃまのこときらいじゃないよ? ちんだしゃかなににているの……」
うん……。
ステラも目の奥が死んでいると感じているようだ。
まさか死んだ魚に例えられるとは思いもしなかった。
これは早急にライフポーションを作れるようにならないといけないな。
俺の心のHPが0になってしまう。
「メディスン様、今日は町に行かなくてもいいんですか?」
「あー、あっちにも色々あるからな……」
薬はエルサを通して配ってもらえた。
ある程度まで行き渡れば俺の出番は特にない。
それに絶賛変態扱いをされているため、時間を空けた方が良い気がする。
「もう自室にこもられてから、3日は経ちましたよ」
言われてみたら最近部屋の外には出ていない。
もうあれから3日も経過していたようだ。
元々の田舎暮らしにメディスンの引きこもりが重なって、部屋の中にいるのもそこまで苦ではない。
それに部屋自体もかなり広めだからな。
なるべくラナは俺を外に出したいのだろう。
「おにいしゃま、すてらはまちにいきたいな……」
ステラはチラチラとおねだりするように俺を見てくる。
そんな姿を見せられたら、家にこもる必要がない。
「よし、行こう!」
すぐにコートを羽織り、町に向かって歩き出した。
可愛い妹に言われたら町に行かない理由がない。
それに辺境伯家ではいない存在となっている俺に会いにきてくれている。
幼い妹から距離を詰められているなんてみっともない。
「ステラ様、うまくいきましたね!」
「うん!」
二人はコソコソと何かを話していたが、浮かれた俺の耳には入ってこなかった。
町に向かうと声が響くほど活気が戻っている。
雪の病魔による流行は収まったのだろう。
「おっ、変質者の兄ちゃん! 元気にしていたか?」
「またエルサちゃんを驚かしたらダメよ」
急に町の人に声をかけられてビクッとしてしまった。
俺のことではないかと思ったが、明らかに視線が俺の方に向いている。
それに変質者の兄ちゃんという呼び名が定着しているようだ。
確かにお兄ちゃんと呼ばれるのに憧れていた。
だが、変質者までがセットになるとは誰も思わないだろう。
「俺……ですよね?」
「兄ちゃん以外にいないだろ」
「薬を作ったのも兄ちゃんだって聞いたわよ」
「この通り元気になったぞ!」
どうやらエルサが色んな人に薬を渡したのだろう。
領主の狂った息子だと知っていたら、飲まなかったはずだ。
ここはエルサに感謝だな。
「へんしちゅしゃってなに?」
「ステラ様は純情に育ってくださいね」
ステラの耳をラナが塞いで町の中を歩いていく。
せっかく兄がチヤホヤされている姿も、耳を押さえられていたら台無しだ。
俺は別に悪いことをしていたわけでないからな。
薬を配っていただけなのに、なぜラナから睨まれないといけないのだろうか。
「あっ、変質者!」
そんなタイミングでやはり現れるのはエルサだ。
彼女のせいで俺は誤解を招いているからな。
ただ、変態から変質者に変わっている。
「エルサ、恩人にその呼び方はダメでしょ!」
「この間変態じゃなければいいって言ったもん!」
確かに呼び方は考えろと言ったが、変質者になるとは思ってもいない。
町の人が変質者の兄ちゃんって広めたのは、明らかにエルサだ。
さっきまで感謝しないといけないと思っていたが、どこかへ飛んでいってしまった。
「命の恩人なのにご迷惑をおかけしてすみません」
エルサの隣には熱を出していた母親も一緒にいた。
必死に俺にペコペコと頭を下げて謝っている。
親になるって大変なことばかりだからな。
「また来るって言ってたのになんで来なかったのよ!」
正直に笑う練習をしていたと言ったら、完全に変質者扱いになるだろう。
「ぐへへへへ」
とりあえず練習成果である笑みを浮かべて誤魔化しておいた。
「やっぱり変質者だ!」
ただ、変質者という認識は変わらないようだ。
そんな中、前に出てくる人物がいた。
「おにいしゃまは……ステラのおにいしゃまなの!」
グッと腕を掴んでくるステラに胸が苦しくなる。
妹ってこんなに可愛いのだろうか。
一人っ子でそもそも家族という存在がしばらくいなかった俺に対して、ステラの言葉が身に染みる。
ついつい笑わないようにしようと思っていたが、顔がニヤけて笑みが溢れてしまう。
「メディスン様が自然に笑ってる……」
ラナの言葉にステラは俺の顔を見上げている。
「おにいしゃま……」
そんなことを言われたら少し恥ずかしくなる。
「ぐへへへへ」
すぐに作り笑いをすると、ステラの表情も一瞬にして変化する。
まるで酸っぱいレモンを口にした時のように、眉間がきゅっと寄った険しい顔つきだ。
「あなた達似た者同士ってことね!」
「妹はそんな気持ち悪い顔をしていないぞ」
すぐにステラのフォローをするが、自分自身で滅多刺しにしている気分だ。
「うちの娘がご迷惑をおかけしてすみません」
首が取れてしまいそうな勢いで、何度もエルサの母親は頭を下げていた。
さすがにそんな姿を何度も見せられたら可哀想に感じる。
「いえいえ、また何かあれば教えてくださいね」
エルサの遠慮のない言葉に危険を感じたのだろう。
母親はエルサを荷物のように抱えて連れて帰っていく。
やはり母親はどこの世界でも強いな。
「あの者達はメディスン様やステラ様のことを知っているんでしょうか?」
「いや、俺はただの薬師って言っているだけだ」
もし知っていたらあんな態度は取れないし、さらに母親が謝ってくるだろう。
あれ以上謝られたら、ヘッドバンギングを超えて、首が飛んでいってしまいそうだ。
改めて領地のことを知るには、身分を知られない方が良いとわかった。
「それにしてもステラはいつまで腕を握っているんだ?」
「あっ……おにいしゃまがにぎにぎしてたんでしゅ!」
ずっと腕を握られていたのが気になって声をかけたが、どうやら俺がステラを掴んでいたらしい。
全く握った感触がなかったが、ステラが言うならそういうことだろう。
「ぐへへへへ」
「おにいしゃま……きもちわりゅい」
それだけ言ってステラは屋敷の方へ走って行ってしまった。
体調が悪かったのかな?
吐き気止めも作った方が良いのだろうか。
「ステラ様!」
そんなステラをラナは追いかけていく。
町にポツンと一人だけ残されてしまったな。
「あー、また兄ちゃん変質者に磨きをかけたな」
「幼女好きだもんな……」
居た堪れない気持ちになり、俺も屋敷に帰ることにした。
しばらくは町の中で変質者の兄ちゃんと呼ばれる日が続きそうだ。
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