第42話 やっぱ、すごいなアワハラさんは

「ねえ、あまりにも遅すぎない?」


 痺れを切らしたロナータは口を開きました。先ほどから彼は店に客が入ってくるたびに入り口の方を見ていました。


「そうだな……。おっ、アワハラさんからメールが来ていた」


 スマホを確認したザンテツは、メールを一読すると眉を上げました。


「カフェに行く時間がないからオフィスまで来てほしいそうだ。オフィスの住所をもらったが……マジか」


 他の三人はザンテツのスマホを覗き込みます。


「オフィスはロッポンギヒルズ……」

「すごいじゃない。一等地よ。テンション上がってきちゃった」




   ***




 ロッポンギヒルズはシン・トウキョウで一番大きいオフィスビルで、最上階には展望台もある観光地です。


 オフィスのエントランスについた四人は場違いな光景にあたりをキョロキョロと見回しました。ガラス張りの天井、ガラス製のローテーブル、ふかふかのソファ。家具ひとつだけでもロナハウスの家賃を超えそうです(ミカエルとの対決の後、大家さんに謝って自腹で修理しました)。


「やっぱ、すごいなアワハラさんは」ザンテツが感嘆を漏らします。

「ワンフロア丸々自分のオフィスにしてるんですって。しかも66階ってかなり上の方じゃない」


 その66階からエレベータが今まさにエントランスに向かって降りてきました。中にいる人物は一人しか考えられません。


 ロナータが唾をゴクリと飲んだその時、彼のスマホが鳴ります。

 発信元はサトルからでした。


「ごめん、すぐに戻るからアワハラさんが来たら止めておいて」


 ロナータはそう言うと、エントランスを出ます。神さまもロナータのことが気になり後を追います。


「もしもし、ロナータですが」

「あぁ、ごめんな急に電話して。あの……ほら、あれだ。あれはどうなった?」


 サトルの言葉にロナータは眉を顰めます。


「あれって何ですか?」

「ほらあれだよあれ。例の件のやつ」


(ウオォ、このボケ老人、早く用件を伝えろ)と心の中では思いつつ


「すみません、全然わからないのですが」と丁寧に応対します。

「だからあれだよあれ。うーん、と、なんて言ったかな〜」


 痺れを切らしたロナータは口を開きました。


「社長、申し訳ないのですがこれから人に会う約束がありますので失礼します」


 社会人100点満点のお断りの文言を述べたロナータはサトルの返事など聞かずに電話を切ると、急いでエントランスに戻りました。


 しかし、戻ってみるとザンテツとジャスミンしかいません。奥にあるエレベータの扉は閉まりかけており、スーツ姿の男の背中が一瞬見えました。


「アワハラさんは?」


 息を弾ませながら言うと、ザンテツが残念そうな顔をします。


「俺たちと少し話した後、急いでいるからってちょうど今上がってったぞ」

「えぇっ!?」


 ロナータの驚嘆はエントランスに響きました。


「仕方ないじゃない、お忙しい方なんだから」

「そんな〜」


 ロナータが膝から崩れ落ちたその時、


「それでいいのか、ロナータ」


 神さまが鼓舞するように言いました。


「今からエレベータに乗れば間に合うかもしれん」

「でも、エレベータにはセキュリティが……」

「それくらい吾が何とでもしてやろう。吾は貴様がアワハラとやらに会えるのか、その結末を見届けたくなったぞ」


 ロナータと神さまはエレベータに乗り込むと、オフィスがある66階に向けて上昇しました。ところが、エレベータは途中で何度も停止します。別段、乗ってくる人がいるわけでもないのに、止まるのです。


「神を舐めるなよ」


 その度に神さまはエレベータの操作盤に手を当てて、動かし続けました。

 ついに、二人は66階に辿り着きました。


 66階のオフィスはディスプレイだけが置いてあるデスクとチェアが一組、来客用のソファが一つだけ。カーペットもカーテンもなく、ガラス張りの窓から陽光が絶え間なく差し込んでいました。


「誰も、いない……?」


 ロナータが漏らした時、


「見ろ、ロナータ」


 神さまが先ほどアワハラが乗ったと思われるエレベータを指差しました。


「屋上に向かってる。奴は屋上にいるに違いない」


 二人は再びエレベータに乗り込み、屋上を目指しました。

 そして、屋上に辿り着くと————




   耳をつんざくような回転音が

   吹き荒ぶ風と共に聞こえてきました。




 ロナータが顔を上げると、そこには最新鋭のヘリコプターがローターブレードを回転させながら今まさに飛び立とうとしていました。


 イーサン・ハントではありませんから、飛び立とうとするヘリを止める術などロナータにはありません。上昇し、頭上を通過するヘリコプターをただ眺めることしかできません。


 やがて、屋上には誰も残っていませんでした。おそらく、あのヘリにアワハラは乗っていたのでしょう。




 ロナータはついぞ、会うことができなかったのです。




「アワハラさんって一体誰なんだ……」


 そう呟いたロナータはある異変に気づきます。

 神さまがいません。


「あれ……神さま?」


 あたりを見回しますが、彼の姿はどこにもありませんでした。




   ***




「何とかまけましたか」


 遠ざかるロッポンギヒルズを見ながら男は吐息を漏らしました。これで————、


「やはり貴様だったか」


 向かいの席から子供の声がして男は目を見開きました。このヘリには自分と運転手以外乗っていないはず————


 前を向くと、そこには六歳くらいの男の子が腕組みをして座っていました。金髪碧眼。白い装束に身を包んだわらべ。男は少年の正体にすぐ気がつきました。


「貴方さまでしたか。——どうも、お久しぶりです」


 至極落ち着き払った声で男は言いました。


「久方ぶりだな。元気にしておったか、よ」


 かつての呼び名を言われ、男は苦笑いを浮かべます。




 アワハラ

  ●レベル:100

  ●体力:100

  ●魔力:100

  ●筋力:100

  ●防御力:100

  ●多才力:100

  ●速力:100

  ●魅力:100

  ●コアスキル:轟け、創造の鼓動テラ・ジェネシス・パルス




「やめてください。今はアワハラという名前でやってるんです」


 なんの前触れもなしに、男の頭から黒い角が、背中には黒い翼が現れました。翼はフワフワと男の周囲を旋回します。


「会ってやらんのか、あやつはの息子だぞ」

「だからこそですよ。あの子をみると、どうも彼を思い出してしまって……むず痒い」


 男は寂しそうな笑みを浮かべて俯きました。


「まあ良い。それよりも、ここいらのダンジョン、あれは貴様が作ったものだな」

「はい。一部を除いて」


 大魔王ことアワハラは笑みを浮かべて答えました。


何故なにゆえ、このようなことをする」

「悪魔たちのストレスを発散させるためですよ。彼らは放っておくと私の『縛り』を破ってまで人間界に侵攻しようとする。それを抑えるためにダンジョンを作り、ストレスの捌け口にしているのです」


 そう言ってアワハラは外を見ました。


「どれだけ争いがなくなろうと、彼らは暴力なしには生きていけない。悲しい生き物です」

「自分で生み出しておいて……」


 神さまは呟きました。


「けど、近いうちに私も引退しようと思うんです」

「ほう」


 思わぬ告白を受けるも、神さまは表情一つ変えません。


「歳ですよ」


 まるで「どうして」という問いに答えるかのようにアワハラは続けました。


「ここ最近、ガタが来ましてね。うまく魔法を操れなくなってきたんです」

「そのパラメータをしといてよく言う」


 神さまは目を細めました。


「後任もボチボチ。有力株が一体いますので、彼にしようかな、と。力さえ衰えなければ、こんな後ろ向きのことも考えなくて済むんですけどね。——まったく、歳はとりたくないものですよ」


 哀愁漂うアワハラの言葉に神さまも窓の外を見ました。


「同じことを、サトルも言っていたな」


 その言葉には一つの時代を見てきた大いなる存在の侘しさも垣間見えました。




 ロナータの登録者数:36724→36754

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