間話 ダーク・デーモン=サタンだけど、なにか?

第35話 ダンジョンの主が寝泊まりする空間

 シン・トウキョウのシナガワにあるケイキュウ・スーパー。無農薬野菜など健康指向の食材を扱う町のスーパーで一人の中年男性が買い物をしていました。


 くたびれたスーツとネクタイ。頭頂部は禿げており、あと数年でリタイア定年しそうな風貌です。


 彼は手元のメモを見ながら商品をカゴに詰めていきます。カゴに入ってるのは豚ロース、ニンニク、オリーブオイル、レタス、そして……


「これを買って行ったら喜ぶかもしれませんね」


 男性は程よく熟れたマンゴーを手に取りました。その頬骨は緩んでいます。


 会計は合わせて5500円。商品をエコバックに入れ、毛髪の薄い中年男性は帰路に付きました。


 向かう先は————




   シナガワ・ダンジョン。




「おーい、帰りましたよー」


 男性が声をかけると、奥で巨大な影が蠢きました。

 10メートルほどの巨体、長く伸びた尻尾、身の丈よりも大きい翼。吐く息からは炎が吹き出し、動く体には雷が迸ります。


 デーモン・ドラゴン=マダム(第二話参照)です。


 マダムはしばらく鋭い眼差しを中年男性に送っていましたが、

「あら、お帰りなさい」と優しい声を発しました。


 彼女は体を小さくしながらドラゴンから人間の姿になりました。尻尾はなくなり、翼は腕を伸ばしたくらいの大きさに。赤いキリッとした瞳と金色の長髪、そして鱗模様のエプロンを身につけていました。


「ただいま帰りました」


 中年男性はそう言うと、自分の体を大きくしていきました。全身から紫色の鱗が生え、巨大な角と鋭い爪。五メートルはある姿は第一話に出てきたダーク・デーモン=サタンです。


「食材、買ってきてくれた?」

「もちろんですとも」


 サタンは買い物袋をマダムに渡しました。


「ついでに美味しそうなマンゴーもあったので、買ってきました」


 エコバックからオレンジ色のマンゴーを取り出したマダムはぱあと笑みを浮かべました。


「まあ、素晴らしいマンゴー。……でも、高かったんじゃない?」


 サタンは片眉を上げました。


「いいじゃないですか、今日くらい。来てるんでしょう?」


 サタンはダンジョンの奥を指差しました。


「ええ。と待ってて。すぐできるから」


 マダムはエプロンの紐を結び直すと、キッチンに向かっていきました。ここはダンジョンの主が寝泊まりする空間で、寝床はもちろんキッチンやトイレも完備されています。


 空間の奥へ向かうと、二体の悪魔と一人の人間がいました。彼らは最近、悪魔たちの間で流行っているという「配信者討伐双六」なるものをやっていました。


「あっ! お父ちゃんだ!」


 悪魔の一体、弱小悪魔のズッコがサタンに駆け寄ります。ズッコの声に合わせて他の二体も立ち上がりました。一体はダンジョンを操ることができるアカツキと、もう一体(一人?)は元バスジャック犯のバズ=ジャックです。


「おかえり、親父殿」アカツキが言います。

「ズッコにアカツキ、元気にしてましたか」


「ねえ、父ちゃんも『配信者討伐双六』やろうよ! 楽しいよ!」

「えぇ、夕食の後にでもやりましょう」


 そう言うと、サタンはバズ=ジャックのことを見ました。


「ご無沙汰してます、サタンおじさん」

『おい、ジャック。モノホンの悪魔だぞ!』


 ジャックは丁寧にお辞儀する一方、バズは興奮を隠せていませんでした。ジャックはサタンにとって甥っ子、アカツキやズッコにとって従兄弟に当たる悪魔なのです。


「ジャックくん、うまく取り憑くことができたみたいだね」

「ええ、でも持ち主のせいで結構大変で……」


 ジャックは苦笑いを浮かべました。


「うまくやれてないのか?」

「体の意思決定権の半分を彼が持ってるので、たまに面倒くさいことに付き合わされてしまって」


「あぁ、あのバスジャックの話か」

『見てたのか、あれ!』


 バズが声を張り上げます。


「もちろん。敵情視察は基本中の基本だよ。君がバズ君だね。どうだい、甥っ子は」


 バズはフンと鼻から息を吐きました。


『まあな。最初は喧嘩することも多かったが、今ではすっかり仲良しだぜ!』

「そうですね。飲食のアルバイトも始めて、休日は散歩しに行ったり、カフェ巡りしたり、映画を見たり……」

『最近なんかは無差別に人を襲ったり、強盗に入ったり、拉致監禁したり……』

(二人ともずいぶん違うことを言ってるようだが、大丈夫なのだろうか?)


 サタンはそう思ったものの、口にはしませんでした。


「みんな〜、ご飯できたわよ〜」


 ちょうどその時、マダムの声が聞こえました。一同は、食卓を囲みます。今日の料理は白米と豚ロースのステーキ、ガーリックマッシュポテト、グリルアスパラ、レタスとトマトのサラダです。


 マダムの料理は悪魔界一。


「うま〜い!」


 ズッコはほっぺたを抑えました。


「噛むたびに肉汁が溢れてきて……」

『うっま!!』


 バズ=ジャックはポークステーキに舌鼓を打ちます。


「そういえば、ズッコも最近頑張ってるようじゃないか」

「うん。この前なんから神さまをあと少しで倒せそうだったんだから」


「あら、神さまがいらっしゃってるの?」ズッコの言葉に反応したのはマダムです。

「うん、いるよ。ロナータと一緒に住んでるの」


「それなら自分も見たことあります」

『もちろん、俺もな』


「ワイも見たことあるで」

「あらそう。全然気づかなかったわ。一度ご挨拶に行った方がいいかしら?」

「うん。そうですね、どこかのタイミングで……」


 そこまで言いかけて、サタンは黙り込んでしまいました。


「どうしたの? ご飯美味しくない?」


 サタンは首を横に振りました。


「いや。ここ最近、ダンジョンの品位が落ちてる気がしてな。この前、水風船を持った小学生がやって来たんだ。もちろん、丁重にお帰りいただいたが」


 丁重、と言うのはダーク・デーモンの咆哮のことでしょうか。子供たちは泣いて逃げていきましたが……。

 サタンの言葉にマダムも眉を顰めます。


「わたしのところにもカップルがデートでやってきたわ。わたしならともかく、知性のない低級悪魔が襲って来たらと思うと、本当に困っちゃう」

「どうにもダンジョン配信が人気になったことで、人々がダンジョンを危険な場所ではない、と認識してしまっているようだ。何かいい方法はないものか……」


 サタンが考え込んでいると、バズが言いました。


『ダンジョンの経営も大変なんだな』


 そして、ジャックに尋ねます。


『お前はやらないのかよ』


 ジャックは困った表情を浮かべました。


「いやぁ、自分はまだいいかなって……」


「そんなことないぞ」サタンが顔を上げて言いました。

「君も実力は十分あるんだから、魔王に申請すればなれるんじゃないのか?」


 ジャックはますます困った表情を浮かべました。


「いや、でも、自分はまだもうちょっと遊んでいた————ッ




    「『ブエッ!!』」




 一個の野球ボールがジャックの頭部に命中しました。ジャックと、彼と体を共有しているバズの二人は気を失い、倒れ込みます。


「何者だ!」


 サタンは立ち上がりました。マダムはズッコとアカツキの前に立ちます。


「まさか、一般の人がダンジョンの中で遊んでるの?」


 マダムの言葉にサタンは首を横に振ります。


「いや。それなら低級悪魔が気づいて襲っているはずだ。それに、どこで遊んでいようと、この部屋には結界が貼ってある。それを容易く突破する球を投げるなんて……」


 やがて、サタンは何者かの気配を感じとりました。まだ100メートル以上離れているはずなのに感じる、絶対王者のオーラ。


(低級たちが、怯えている……?)


 知性のない彼らが本能で怯えている。それほどに、まだ見ぬ相手は強大なのでしょう。


 ダーク・デーモン=サタンの脳裏にかつての記憶が蘇りました。それはまだ彼が一兵卒だった頃、部隊のほとんどを葬り去った一人の男。異形の軍勢の上で浮遊した彼の後ろから射す光ほど邪悪なものをサタンは知りませんでした。


 それくらいの相手が来る!


 かと思いきや————




「すみませーん、ボールが間違えてそっちに行っちゃって……」




 現れたのは一人の高校球児でした。黒の短髪にスッとした体型。左手にはグローブが嵌められています。一見すると、どこにでもいる高校球児です。


 ですが、驚くべきは彼のステータス。




  ●レベル:20

  ●体力:100

  ●魔力:0

  ●筋力:100

  ●防御力:80

  ●多才力:70

  ●速力:85

  ●魅力:50

  ……




 レベルに似合わないステータスに悪魔たちは唾を飲みました。


 何かが足に当たる感触をサタンは覚えました。見ると、先ほどバズ=ジャックをノックアウトした野球ボールです。彼はそれを拾い上げると、ふとまじまじとボールを見つめました。


(これだったら……)


 点と点が線で繋がった瞬間でした。




 ロナータの登録者数:34820→35049



——————

読んでいただき、ありがとうございます。

もし、よろしければ星やフォローをお願いします。

さらに、お褒めの言葉をいただけると泣いて喜びます。

引き続き、拙作をよろしくお願いいたします。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る