第34話 昼食スイッチ
ホットケーキ風味ミルクセーキという空腹でも十分胃もたれする飲み物を彼は一瞬で飲み干したのです! その
「おそらく『昼食スイッチ』だろう」
激闘の横で神さまは解説を始めました。
「『昼食スイッチ』ですか?」解説を聞くのはラファエルです。
「そうだ。ヤツは昼食どきになると、どれだけお腹がいっぱいでも一定量の食事を胃袋に詰め込むことができるのだ」
「そんな能力を隠し持っていたのですか」
「嘘だ」
「へっ?」
ラファエルは思わず神さまのことを見ました。
「吾もたまには嘘をつきたくなるのだ」
その口角が上がっているのをラファエルは見逃しませんでした。
イタバシ対決を勝利したロナータは、その後チヨダ区(クリームあんみつ)、チュウオウ区(シュークリーム)、セタガヤ区(赤ワインパフェ)と4連勝します。
2人の点数は280.5vs179.1。ロナータが100点近くリードして折り返しを迎えます。
ところが、ついにロナータの人間としての限界が来ました。どれだけ大食いが得意な人間であろうと天井はあります。次のメグロ区対決でバター砂糖クレープを前にしたロナータはお腹を壊し、トイレに退避することとなりました。
ここを勝って勢いをつけたミカエルは続くミナト(チョコムース)、コウトウ(濃厚カラメルプリン)、アラカワ(佃煮詰め合わせ——「なぜ佃煮?」はロナータ談)対決も勝利し4連勝。280.5対280.2とロナータの真後ろにつけました。
***
しかし迎えたスミダ対決で二人の差は広がります。
対決種目は「桜餅」。塩漬けされた桜の葉が特徴的な一品です。
ここでロナータは初戦の「モノホンの大福」よろしく、桜の葉を剥がして裸になった餅を丸呑みします。まるで蛇が卵を呑むが如く、喉仏を大きく動かして胃のなかにねじ込みました。
ラファエルはロナータが初戦と同じ作戦で来るだろうと読んではいたのですが、餅の丸呑みなんて一朝一夕でできるものではありません(良い子のみんなは絶対に真似しないでね!)。またしても、敗北を喫します。
これで296.8対280.2。その差は16.6ポイントと以前僅差ではありますが、ロナータが一歩リードです。
彼は次のシナガワ(フォンダショコラ)対決も制し、スコアは323.8対280.2。いよいよ王手となりました。
というのも、次の戦いの舞台はエドガワ区。ここの面積、59.2平方キロメートルをロナータが獲得すると、382.9ポイント。シン・トウキョウ全体の面積、733.3平方キロメートルの過半数を上回り、勝利が確定してしまうのです。
ミカエルはこのエドガワ区を絶対に落とせません。
対決種目はモンブランパイ。サクサクのパイ生地の上にまろやかな栗のペーストが螺旋状に描かれている。どこにでもある、と言ったらお店に失礼かもしれませんが、どこのケーキ屋でも見るモンブランです。
いざ、尋常に!
対決が始まって10秒。ここまで3.5kg近いスイーツを食べてきたロナータが表情を歪めます。怒涛の快進撃を続けてきた彼ですが、大食いタレントではない、ただのダンジョン配信者です。やはり、ここが限界か。
「勝機!」
ミカエルはフォークを置いてモンブランパイに直接噛み付きました。あっという間に上のクリームを口の中に入れます。
ところが、
口の中でとろけたクリームの甘味にミカエルの胃袋が反応しました。大天使であれ、彼も普段の倍以上のスイーツを食べてきたのです。
胃袋は決壊しようとしていました。
これ以上の甘味を拒むように、
脳幹は胃袋に電気信号を送り、
胃袋は強く収縮し、
内容物を食道に押し上げます。
気づいた時には、
……引っ込める余力など、
…………彼には、ありませんでした。
<<< ミセラレナイヨ♡ >>>
色んなことがあり、
本当に色んなことがあり。
エドガワ対決はロナータの勝利に終わりました。
ポイントは382.9対280.2。
シン・トウキョウの面積の過半数を獲得したロナータの勝利です。
「どうする?」
ロナータはミカエルに尋ねました。モンブラン店の前で天使としての尊厳を失ったミカエルは虚な瞳で何もない地面を見つめていました。
「まだ、続ける?」
その言葉に、顔を上げます。視線の先には今も慕い続ける神さまの姿が。
ミカエルは歯を強く食いしばり、首を横に振りました。
「いいや。————いいや! ここで終われば、大天使ミカエル一生の恥。最後まで付き合ってもらうぞ!」
燃え盛る視線に、ロナータは笑みを浮かべました。
「うん、望むところだとも!」
***
こうして、残りのブンキョウ(フルーツタルト)、トシマ(ショートケーキ)、そしてカツシカ(草団子)の試合が行われました。
どちらもミカエルが勝利し、最終的なスコアは382.9対350.4となりました。どこか一つでもミカエルが取っていたら逆転していたかもしれないという大接戦で甘いもの対決は幕を下ろしました。
「あっぱれであったぞ、ミカエル」
負けが決まった後も大健闘したミカエルに神さまは拍手を送りました。それにミカエルは目に涙を浮かべ、
「もったいなきお言葉。このミカエル、一生忘れません」と頭を地に擦り付けました。
試合に負けたミカエルは天界に帰らねばなりません。朝早くに始まった決戦は、すでに夜遅くになっていました。
「最後に、一つ聞いてもいいか」
去り際、ミカエルにはどうしても納得できないことがありました。誤審があったとか、そういうわけではありません。正々堂々と戦って負けたことは間違い無いのですが、それでも彼の心にはモヤモヤがありました。
「どうして、あそこまで食べることができたんだ?」
今日一日で4kgのスイーツを食べました。
ロナータはダンジョン配信者であり、大食いがメインというわけではありません。普通の人間であればとうの昔に限界を迎えているはずです。しかし、23区全てのスイーツを制覇した今でも、ロナータは普通に動くことができていました。
問われたロナータは「配信には出さないようにしてるんだけど」と恥ずかしそうに俯きました。
「ボクの体には『呪い』がかかっているんだ」
「呪い?」
「うん。ボクも詳しくは覚えてないんだけど、ある出来事がきっかけでボクのパラメータは低いままになってしまって、代わりに人の数倍代謝が良くなったんだ。だから、普通の人よりも多く食べないといけないんだよ」
彼は顔を上げると、「フェアじゃなかったかな?」と尋ねます。
ミカエルは笑顔で首を横に振りました。
「フェアでないものか。誇れ。お前は自分の持てる力を使って大天使に勝ったのだ、ロナータよ」
そして斜め下を見てから上目遣いで
「拙の方こそ、またお主に挑んでもいいか?」
ロナータは満面の笑みを浮かべました。
「もちろん!」
***
二体の天使は天界に向かって羽ばたいていきました。
等身大の翼をはためかせながら、付き天使のラファエルはミカエルの顔を見てあることに気づきます。
「守護の天使」と呼ばれる天使は、ポツリと呟きました。
「ミカエル様。貴方さまほど、神さまを愛しておられる者はおりませんよ」
***
「ねえ、神さま」
去り行く天使たちを眺めながらロナータは呟きます。
「たまには天界に行ってあげてもいいんじゃないかな? ミカエル、あそこまで神さまのことが好きなんだよ」
神さまはロナータの緑色の瞳をマジマジと見つめました。
そして再び夜空に目を向けます。夜空には瞬く星々を縫うように、小さなな雫が舞っていました。
「そうだな。たまには行ってみようか」
その顔には柔らかい笑みが浮かんでいました。
ロナータの登録者数:34765→34820
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