第12章 天使と甘いもの対決だけど、なにか?

第32話 迫り来る影

 霞が立ち込める早朝、ロナータと神さまは同じベッドで寝息を立てていました。普段は神さまがベッド、ロナータが下に布団を敷いて寝ているのですが、昨夜は飲み会で酔ったロナータが神さまにだる絡みし、そのまま一緒のベッドで寝ることになったのです。


 そこに一つの影が近づきます。影は二人が仲良く寝ている姿を認めると、わなわなと拳を握りしめました。


 ですが、それも一瞬のこと。すぐに落ち着きを取り戻すと、懐から一枚の紙を取り出して読み始めました。




「やあ〜やあ〜、ロナ〜〜タ〜〜〜〜」




 歌舞伎の口上の如く、腹から響かせた声は空間を震わせ、一人の人間と神さまを覚醒へと導きました。


 影はここぞとばかりに声を張り上げます。


「この前は、よ〜くも拙を……って、ちょっと!」


 ロナータと神さまは昨晩、MUUUの創立記念パーティに参加しており、夜遅く——何だったらつい二時間前まで騒いでいました。そのため、二人は超絶眠かったので影の大声など聞き入る間もなく睡魔に襲われ、再び寝入ってしまったのです。


 ————えっ、なんですか? 神さまは条例的にまずい? 寝ぼけたこと言わないでください。神さまですよ。子供ではありません。


「寝てしまわれた……」


 影は大きく肩を落としました。すると、


「ここは、もう少し声を大きくしないといけないのでは?」と別の影が耳打ちします。

「そうか……? なら————」


 影は眉を顰めると、息を大きく吸いました。


 息を吐き出すと、




 部屋が木っ端微塵になりました。




 影が放出する大音量に建物は耐えることができず、窓ガラスは割れ、天井は崩落し、壁は粉々に砕けました。


 これにはロナータも飛び起きました。

 ガバッと上体を起こした彼の眠気は一瞬で覚めます。

 それどころか冷や汗が次々と溢れ出てきました。


 理由は明々白々。




 彼の目の前にいるのは、神さまと知己の間柄にあった大天使

 ミカエルだったからです。




「やあ〜やあ〜、ロナ〜タ〜〜」


 ミカエルは家を破壊したにも関わらず、手元の紙に書かれた口上を読み上げました。さすがは大天使。一挙手一投足が世界の命運を揺るがす彼らにとって、部屋一つが半壊したことなど気にも留めません。


「この前は、よ〜くも拙に屈辱を味わわせたな。拙は、あれ以来、天界でなんと言われていると思う。

『スズムシ以下』だ!」


 読み上げている間、ロナータは急いで神さまを叩き起こしました。なんと家が半壊しても神さまは寝息をかいていたのです。さすがは神さま。


 ロナータもロナータです。普通の人であれば、ミカエルの放つオーラに失神してしまうところ、彼のコアスキル「小さな勇気の、大きな一歩ペティ・クラージュ、グラン・パ」のおかげで動くことができました。


 ミカエルは口上を続けます。


「ハッ、ハッ、ハッ、ハッ、ハ〜〜〜〜ッ

 拙を、憐れむか、スズムシよ〜。

 拙に、同情するか、スズムシよ〜。

 しかし! それも、ここまで、だぁ。

 今日で、拙は、この汚名を、返上、する!」


 ようやく起きた神さまは目の前で紙に書かれた文字を一生懸命追うミカエルに眉を顰めました。


「心して、かかれぇ〜。わかっ————」

「ビンゴに出」神さまの一言。

「ブッ!!」


 神さまの親父ギャグにミカエルは笑い出してしまいました。


 そうです。天使は親父ギャグに弱いのです。一緒に来ていた付き人ならぬ付き天使のラファエルも腹を抱えて爆笑し出しました。


「……なにを、なさるのですか」


 ようやく笑いが収まったミカエルは涙目になりながら言いました。「寝癖可愛いですね」と付け加えて。


「それは吾のセリフだ。ミカエルよ、何しにきた」


 ミカエルはスッと真顔になりました。


「もちろん、貴方さまをお迎えに参りました」

「それは以前決着がついただろう。ロナータが勝った」


 ロナータは激しく首を縦に振りました。

 しかし、ミカエルは引き下がりません。


「えぇ。ですからリベンジに来たのです」


 ミカエルはビシッとロナータを指差しました。


「ロナータ、神さまを賭けて再び勝負だ!」


 指をさされたロナータの表情は暗くなります。


「でも、何で勝負するの? 知っての通り、力勝負ならお断りするけど……」

「フッ、そんな卑怯な方法で拙が勝負すると思ったか。対決方法は、ズバリ!




   23区、甘いもの早食い競争だ!」

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