第28話 彼の作るパンは芸術だ
ロナータが作ったメロンパンのうまさはファンの間で徐々に広がり、やがては1人の有名なパン職人、ジャスティス・ビーバーの目に止まりました。
『彼の作るパンは芸術だ。私はこのパンに会うために今日まで生きてきたのかもしれない』
この投稿が瞬く間に広まり、界隈以外にもロナータは注目されるようになりました。
お店も閉店時間を迎える前に全品完売となることが多くなり、ロナータは配信そっちのけでメロンパン作りに力を入れていきました。
そして怒涛の一週間が経ちました。
「一週間、ご苦労であった」
まだ昼の陽光が差し込むスタッフルームで神さまはロナータにスポーツドリンクを渡しました。
「フォロワーも二倍以上になった。これで配信活動にも精が出るだろう」
「そうだね。でもさ……」
ロナータはそこで言い淀むと、ややあって口を開きました。
「もう少し続けてもいいかな」
ロナータの思わぬ提案に神さまは目を丸くしました。
「……構わぬが、いつまでやるつもりだ」
「う〜ん、まだ決めてないけど、ひとまずはあと1週間かな」
「そうか……」
渋々許可したものの、神さまは困惑が隠せませんでした。
***
それから1週間、ロナータの知名度はみるみる上がりました。全国からパン好きが集まり、ロナータのフォロワーは3万人、そして5万人を超えました。
いよいよ10万の大台が見えてきた中、懸念事項もありました、ロナータがダンジョン配信をしなくなったのです。雑談配信もしなくなり、MUUUにも顔を出さなくなってしまいました。
そんなある日、ジャスミンと神さまはMUUUにやってきました。神さまはここ最近、ジャスミンのダンジョン配信に同行していました。今はダンジョン配信の帰りです。
ちょうど二人が来たタイミングでロナータが社長室(サトルの部屋)から複数の見知らぬ人を連れて出てきました。一人はビデオカメラを持っています。
「やあ、二人とも。ストリームの帰りかい?」
「そうだけど、どうしたの? 社長と話なんて。しかも……」
ジャスミンは怪訝な表情で入り口前の集団に目を向けました。ロナータと一緒に社長室から出てきたグループです。
「あぁ、彼らはHNKのクルーだよ。数日前に『エキスパート』のスタッフからインタビューのリクエストがあって、そのパーミッションをプレジデントからオブテインするためにビジットしたんだ」
HNKは数多くの名番組を放送するテレビ局です。「エキスパート」も一つで、その道の達人を特集します。それに選ばれたことは素晴らしいことなのですが、なんというのでしょう……。
(むかつく喋り方だな)
神さまはジト目をロナータに向けました。一方のロナータは神さまの視線に気づくことなく、二人を談話スペースのソファに座らせると神妙な面持ちで語り始めました。
「少し前からコンシダーしていたんだ。ボクはそろそろオーナーとしてターニングポイントなのかな、って。『オーナーはターニングポイントをロストした者からドロップアウトする』って有名な経済学者・トーラッカーは言ってた」
二人の沈黙は困惑を示していました。しかしロナータは気づくことなく、指を組み、澄んだ眼差しを二人に向けました。
「今の店を畳んでタピオカ屋を出店しようと思うんだ」
((!?))
神さまとジャスミンは目を見開きました。
「今はタピオカが流行しているだろう。オーナーはウェイブを冷静にジャッジして、新しいビジネスをクリエイトする。僕もトーラッカーの言葉に倣おうと思うんだ」
「……待って、ロナータ」
ジャスミンがうつむきながら呟きます。けれどもロナータは聞く耳を持ちません。
「大丈夫。入念にリサーチしたから。タピオカはメディアでも一年前からフォーカスされている。まさにナウがシーズンのジャンルなんだ。HNKのスタッフもアグリーしてくれたよ。大丈夫。絶対、サクセスしてみせるから」
「……聞いて、ロナータ」
「さあ、そろそろ行かなくっちゃ。一つ上のステージへステップアップするためにね」
ジャスミンの言葉を無視して立ち上がったロナータは、そのままHNKのスタッフのもとへ向かって行きました。
遠くなる彼の背中にジャスミンが溢します。
「タピオカは……、もう時代遅れなのよ……」
***
彼女の忠告も虚しく、ロナータは一週間後にメロンパン店を畳んでタピオカ専門店「ロナタピ」をオープンしました。
しかし、タピオカのブームはすでに終わっており、訪れる人はほとんどいません。自分の力だけで臨みたいというよく分からないこだわりで、広告を一切打たずに開店したこともあり、初日の売り上げはまさかの四人(内訳は神さま、ジャスミン、デネキス、一般視聴者)。
なんとか売り上げを挽回しようと、彼はタピオカの良さを伝える配信を決行しました。
「米やパンや麺なんか炭水化物の塊だ! みんな、タピオカを食べよう!」
この発言が全国の米好き、パン好き、そして麺好きを敵に回しプチ炎上。ロナータは大量の在庫を抱え、さらには「炎上案件は扱えない」ということでHNKから取材の中止を言い渡されてしまいました。
一週間ほどで「ロナタピ」は閉店。
肩を落とすロナータを見て、ジャスミンは
「一度、痛い目を見ればいいのよ」と痛烈に言い放ちました。
「おかしい、こんなはずでは……」
地面に手を突き
「さあ、再びダンジョン配信を始めるぞ!」
ロナータは配信者として活動を再開することになりました。
ロナータの登録者数:11640→52460→34109
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