第9章 またズッコだけど、なにか?
第26話 リベンジだ!
「リベンジだ!」
朝っぱらからロナハウスに甲高い声が響き渡ります。
玄関には赤いワンピースに白い髪、大きな瞳。そう、ダンジョンの主を目指す悪魔、ズッコです。
「どうしたんだ、急に」
起きたばかりのロナータは目をしばたせながら尋ねました。
「今日のお昼にスガモ・ダンジョンにやって来て! ズッコが迎え撃ってあげるから」
「えっ、でも今日は……」
「じゃあ、言ったからね! 絶対来てよ!」
ロナータは何か言おうとしましたが、ズッコは早々に話を切り上げるとスタタとロナハウスを後にしました。
「行くのか?」後ろからことの一部始終を見ていた神さまが尋ねます。
「う〜ん、でもなぁ」
ロナータは白い頭を掻きました。
今日はお昼からファンとの交流配信を告知していました。その交流というのも、最近話題のアプリ「Xコール」を用いてロナータとランダムに選ばれたファンが直接話せるというもの。この日のために予定を空けてくれているファンもいるので、ドタキャンするわけにはいきません。
しばらく考えてロナータは言いました。
「まあ、お昼と言ってたし、配信が終わってからでも間に合うでしょ」
***
ロナータはお昼から配信を始め、ズッコはスガモ・ダンジョンで待機を始めました。
ロナータの配信は思った以上に盛り上がり、同時視聴者数は500人を超えました。
一方、ズッコのもとに集まったのは数体の低級悪魔たち。彼らは何かするわけでもなく彼女のことをじっと見ていました。
「ザンテツさんの癇癪のモノマネをしてください」
というファンからのリクエストに、ロナータの下手くそなモノマネはコメント欄に草を生えさせます。
しかし、ズッコのいるスガモ・ダンジョンに草は生えず、ズッコは足元に落ちていた石ころを一つ蹴りました。
***
ロナータと神さまがスガモ・ダンジョンに向かったのは、昼というより夕方に近い時刻でした。西陽が強くなり、ダンジョンに向かって歩く二人の影も長くなります。
「大丈夫かな」ロナータは心配そうに呟きました。
案の定、スガモ・ダンジョンの入り口には人間態のズッコが目を真っ赤にさせて立っていました。
「遅い!」
「ごめん。でも、こっちの予定を聞かずに行っちゃったから」
「もう来ないかと思った……」
彼女は大きな瞳から大粒の涙をこぼすと、大声で泣き始めました。
「ごめん、悪かったって」
ロナータの謝罪にズッコは鼻水を啜ると、腕でゴシゴシと涙を拭い、
「こっち来て!」とダンジョンの奥へと消えていきました。
相変わらず話を聞かずに行動してしまう子です。ロナータと神さまは顔を見合わせました。そして無言で肩をすくめると、スガモ・ダンジョンに入りました。
***
彼女を追って第三層まで来たロナータは、目の前の景色に息を呑みました。
断崖絶壁の壁、細長い足場、レールに乗せられた岩、回転する円形の構造物と棒状の構造物、底なしの谷に張られたロープ、ローラが敷き詰められた地面……。
開いた口が塞がらないほどのアスレチックの数々が二人の前に広がっていたのです。
「おーい、ここだよ〜!」
どうやって行ったのでしょう。ズッコはアスレチック群を抜けた先で手を振っていました。すでに悪魔態になっており、頭から出た角と、背中に申し訳程度に生えた翼が特徴的です。
「これをクリアしたら戦ってあげるよ」
そう言って彼女はえっへんと胸を張りました。
「どうだ、行けそうか?」神さまはロナータに尋ねました。
「う〜ん、まあ、死なない程度であれば行けるかな……」
ロナータが苦笑いを浮かべていると、ズッコが
「待て! ズッコはお前にクリアして欲しいんじゃない!」と言い放ちました。
「クリアしてほしいのは神さまだ!」
「ほぅ、吾か」
ズッコは自信満々の笑みを浮かべました。
「そうだ。アスレチックに挑戦してもらって、疲れたところを襲撃……あれ?」
先ほどまで自信に満ち溢れていたズッコの顔はポカンとしてしまいました。
「ほれ、来てやったぞ」
なんと、彼女の前には先ほどまで向こう岸にいた神さまが立っていたのです。神さまはズッコが意気揚々と語っている間にテレポートして来ていたのでした。これではズッコが一週間かけて考えた作戦が台無しです。
ズッコの目から涙が溢れ出します。
「うわああああああああん」
たちまち彼女は大声で泣き始めました。女の子が泣いてる姿を見過ごせるほどロナータは冷徹ではありません。
「流石にかわいそうじゃないか〜」
対岸にいる神さまに向かって呼びかけました。
「お兄ちゃんなんだから、ちゃんと進んであげないと!」
彼の言い方に神さまは眉を顰めました。
「此奴の兄になったつもりはないぞ」
「帰ったらメロンパン作ってあげるから〜」
これが決め手となりました。神さまはフンと鼻から息を吐き出すと、
「仕方ないな」とスタート地点に戻っていきました。
***
こうして神さまのアスレチック攻略が始まりました。
ズッコが用意したのは並大抵の人間では攻略困難なギミックの数々。しかし神さまは涼しい顔でクリアしていきます。
ローラーが敷き詰められた足場はもちろんのこと、綱渡りや細い足場は驚異的なバランス感覚を見せて進んでいきました。
「これはどうやればクリアできるのだ?」
神さまが立ち止まったのはレールの上に置かれた岩です。レールは上り坂で、最後の難関である断崖絶壁の手前まで敷かれています。
「その岩を押すんだよ! まぁ、押せればの話だけどね!」
ズッコは満面の笑みを浮かべました。
「笑止。これほどの岩を吾が運べないとでも?」
神さまは小さな手を岩につけ、グイと押しました。すると、岩はゆっくりレールに沿って動き始めます。その様子はさながら、AviciiのLevelsに出てくるRichie Greenfieldのようです(知らない人は「Avicii Levels」でYouTubeを検索してみよう!)。
「がんばれ〜、あと一つだぞ!」
ついに岩をレールの終点まで運び終えた神さまはロナータの声援を背に岩の上に飛び乗りました。岩は勾配しているレールの上に置かれているので、ゆっくりとスタート地点に向かって降下し始めます。最後の難関、反り立つ壁は、この岩が下りきる前に成功しないといけません。
壁の高さは10メートル。神さまの背丈の10倍近くあります。
まず、神さまはテテテと早足で駆けてから飛び跳ねます。しかし壁は高く、三分の一も届きません。
「ふむ」と神さまは重力場を操作して浮遊しようとしました。
しかし、後方から視線を感じます。振り返ってみると、ロナータが険しい顔で首を横に振っていました。
神さまは珍しく困った顔をしました。
「仕方ない」
岩は反り立つ壁から数メートル離れています。次失敗すれば、もう一度岩を運び直
さないといけません。
神さまは下に向かう岩の上から断崖絶壁を見上げました。頂上ではズッコの自信満々な顔が見えます。
神さまはフ〜ッと息を吐くと、
タッ タッ タンッ!
絶壁の手前で勢いよく飛び上がります。
重力場を操作することなく神さまの体はみるみる上昇していく。たとえ重力場が使えなくても「何でもできる」。それが、「神さま」です。
ついに、崖の頂上に足をつきました。
「ふっふっふっ、よくぞたどり着いたな、神さまよ」
着衣についた土を払う神さまにズッコは言いました。
「けど、その命運もここまでだ! 喰らえ火遁小火————」
技名を言い終わらないうちに神さまはズッコに近づくと、彼女のおでこにデコピンを喰らわせました。
神さまのデコピンです。ズッコはあっという間に吹っ飛ばされました。前回は壁に打ち付けられて終わりでしたが、今回は吹っ飛んだ場所が悪かったようです。
アスレチックの一つ、綱渡りの下には大きな谷間ができています。
「あぁぁあぁあぁぁぁぁ」
彼女はそこに向かって真っ逆様に落ちていきました。
がんばれ、ズッコ。
彼女の挑戦はこれからも続く。
神さま「続いてたまるか!」
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