第23話 これで勝ったと思うなよ

「人間、あの二人に何を言ったんだ?」

「あの二人は寡黙な方なんだ」

「その二人を笑わせられるなんて、何を言ったんだ」


 天使たちは次々と疑問をぶつけていきますが、ロナータはたった一言しか口にしませんでした。






   「布団が、吹っ飛んだ」






 一瞬、静かになったかと思うと……


「ギャハハハハハハ」

「クックックックッ」

「布団が……ウフフフフ」

「ガハハハハハ、吹っ飛ん……ダハハハハハハ」


 一斉に大笑いを始めました。


 天使。全員が生まれながらにしてレベル100の最強種族。彼らの気まぐれ一つで世界が滅ぶとも言われる。そんなら彼らですが、弱点が一つだけあります。


 それが、親父ギャグ。


 彼らは同音異義の言葉のつながりが、何故かとてもおかしく感じてしまい、笑いが止まらなくなってしまうのです。


 それはミカエルでさえも——。


「フン、人間風情が、……クク、親父ギャグ、如きで、……フッ、調子に、乗るなよ!」


 必死に口を押さえながら再び上空に上がります。


「聞け、天使たちよ。拙は再び、ここに奇跡を見せてやろうぞ」


 そう言って彼は(シン・トウキョウの人口よりも多い)数億人分の魔力を天に向かって放ちました。


 無数の魔力が向かう先は————




   月。




 総重量約7.34×10^22kg。巨大という言葉では収まりきらない重さの物体をミカエルの魔力は鷲掴みにし、進行方向と反対に引っ張っていきます。


 月が本来とは違う方向に動いたことによって潮の満ち引き、自転速度など、あらゆる面に影響が表れます。


 大地鳴動。


 ミカエルの魔法の対象にならなかった生物たちがどよめく。この星にはこれだけの生命体が潜んでいたのかと、息を呑むくらいの騒めきが、空が暗転していくとともに大きくなっていく。


 反対側に動いた月は、やがて空を照らす太陽を呑み込んだ。


 周囲は暗くなり、月の外縁から漏れ出てくる光だけが、宙に浮かぶ大天使を照らし出しました。




   皆既日食Eclipse




「どうだ、ロナータ! これが、先の大戦で数万の軍勢をたった一人で蹂躙した大天使、ミカエルの……」


 彼が言い終わらないうちに下で笑いが起こります。

 見ると、天使全員の注目は一人の人間ロナータに集まっていました。




「だからボクは店長に言ってやったんだよ。『このぞ』ってね」




「ギャハハハ」

「イヒヒヒ」

「カレーが…………ブフッ」

「ヒーッ、ヒーッ、もう、これ以上笑わせないでくれ〜」


 相手がレベル100の人外であろうと笑いは彼に勇気を与えてくれました。ロナータは当初の良さを取り戻し、饒舌に親父ギャグを並べていきます。


「電車で居眠りして起きたらお金を盗られてたんだ。おっかねお金ー、ってなったよ。だからバスを使ってるんだけど、あるときバスガイドさんが言ったんだ。

バスが移動バスガイドうしますよ』って。だから僕はそのバスガイドに言ってやったんだ。『いまダジャレを言ったのは?』って」


 笑いは止まるところを知らず、渦のようにシン・トウキョウを包み込みました。

 ミカエルの心は焦燥に包まれました。


 このままでは——


「クソッ」


 ミカエルは背中の羽を大きく羽ばたかせて、ロナータの元へ向かいました。負けそうなら直接手をくだせばいい。


(奴のパラメータは低い。一瞬のうちに————)


「あれ、そんなに震えてトレイにでも行きたいの? いいよ、行っトイレ」

「ブフーッ」


 ミカエルは吹き出しました。体勢を保つことができなくなり、地面に転がり落ちます。


「こんなところで、こんなところで……」


 顔を真っ赤にして這いつくばる彼の前に神さまが現れました。


「どうやら、貴様の負けのようだな」

「〜〜っ、〜〜〜〜」


 ミカエルは顔を真っ赤にしたまま立ち上がると、じっと神さまのことを見つめます。


 ややあって彼は首を落としました。


「わかりました。今回は引くことにしましょう」


 大天使は翼を広げ、空高く舞い上がります。


「ロナータよ、これで勝ったと思うなよ。拙は再び、我が神を迎えに参るからな!」


 日食明けの青空に声を響かせてミカエルは去って行きます。それに連なって他の天使たちも天界へ帰って行きました。


「勝った、の……?」


 静まり返ったシン・トウキョウの一角でロナータは呟きます。神さまが白の装束をはためかせて降りてきました。


「あぁ。貴様の勝ちだ」

「そう、か……。よか……っ、た…………」


 ロナータは立ったまま目を閉じると、そのまま地面に倒れ込みました。彼の頭が地面にぶつかる前に神さまがそっと支えます。


「よく頑張ったな、吾が自慢の第一召使よ」


 神さまが柔らかな笑みを浮かべたとき、




 後ろで衝撃波が起こりました。




 土煙から現れたのは一人の老人。髪の毛は真っ白で、立派な口髭と目尻の皺、手には電球のモニュメントがあしらわれた杖が握られていました。


 彼の姿を見た瞬間、神さまの目は大きく見開かれました。


 老人も神さまに気づいたのでしょう。立ち止まり、敬意を示すかのように背筋を伸ばします。


「貴様、サトルか……?」

「ご無沙汰しております、神さま」


 いつぶりに見る知己の姿に神さまは唾を飲みました。


「ずいぶん、老けたな」

「人間ですから、歳を取れば老けもします。それに比べて貴方さまは全く変わらない」

「あぁ……、神だからな」


 二人はかつて同じ時を過ごし、同じ敵を相手に壮絶な戦いを繰り広げました。


 しかし、それはまた別のお話し。




 ロナータの登録者数:10721→10765




——————

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引き続き、拙作をよろしくお願いいたします。

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