第22話 大天使、ミカエル

 しばらくして神さまは天使・ミカエルが待つシン・トウキョウの上空にやってきました。


 ミカエルは神さまが来るなりため息をつきました。


「サトルのような強者を選ぶのかと思っていましたが、まさかあんな人間とは……本当に勝つ気があるのですか?」


 神さまは金色の髪の毛を靡かせながら(←ここ、ミカエルの推しポイント)言いました。


「まあ見ていろ。奴は吾が選んだ人間だぞ」


 ミカエルはムスッとすると、「では、拙から参りましょう」と空高く舞い上がりました。


「聞け、天使ども!」


 皆が寝静まった街、シン・トウキョウの上空を浮遊している数十体の天使たちは顔を上げる。


「拙は大天使、ミカエル。今からお前たちをあっと言わせる曲芸を披露しよう。刮目せよ! これが大天使の魔法だ!」


 ミカエルは手のひらから一般人の何万人分に及ぶ魔力をシン・トウキョウの外れにある連峰に向けて放ちました。


 魔力には氷属性が付与されており、山に生えた木々をたちまち凍らせます。


 それだけでは足りず、魔力は空気までも冷やし、




 一瞬で山頂を覆い尽くすほどの西洋風氷城が建設されました。




「まだまだ!」


 ミカエルが氷城に向かって指を鳴らすと、氷の内部から赤いものが湧き上がってきました。それが炎だとわかる頃には、莫大な火力で氷の城を包み込み、数秒もせずに消失させます。そして、蒸発した氷は水滴となってシン・トウキョウの街に降り注ぎました。


 雲ひとつない雨。

 その上に君臨する天使。


 幻想的、という言葉がぴったりの光景でした。


「さあ、次は君だ」


 大天使・ミカエルは、雑居ビルの屋上に立つロナータをギロリと睨みつけました。睨まれたロナータは後退りします。レベル100に睨まれたのです。一般人であれば泡吹いて気絶しているでしょう。彼が立つことができているのは、彼のコアスキルのおかげか、それとも……


 ロナータは怯える目で神さまを見ました。神さまは少し離れたところを浮遊しながらゆっくり頷きます。


 神さまは必勝法を授けました。あとは、彼が実行できるかだけです。




   ***




「おい、あの人間、まだ始めないな」


 一体の天使が痺れを切らして口を開きました。


「そんなに待ち遠しいなら近くまで言って応援してきたらどうだ?」隣にいた別の天使が可笑しそうに言います。


「それはいい。ちょっと行ってくるわ」


 上半身裸の筋骨隆々とした天使は一直線にロナータの方へ向かって行きました。


「おい、人間。芸はまだ始めないのか?」


 人外から声をかけれてロナータはビクッとなりました。冷や汗が容赦無く吹き出てきます。


「あ、あの、えっと……」


 口がうまく回りません。それもそのはず。彼がこれからやろうとしていることは、職員室の片隅で一発芸を披露するようなものなのです。しかも、職員室にいるのは眉間にシワを寄せた生活指導の先生ばかり。保護者が見たら体罰認定、教育委員会が動くほどの事態です。


 間違いなく、未来はロナータの手にかかっていました。彼の一挙一動が彼の命を、ひいては神さまの、そして人類の命運を決めるのです。


 足が震える。手が震える。唇も震え、思うように息を吸うことさえできない。


 血中酸素濃度が低下する。心拍はもはや計測不能。


 天上の陽射しに加え、周囲の天使が放つ光に視界が眩む、歪む。何もできない、バッドエンドまっしぐら————


 それでも、

  彼はコアスキル「小さな勇気の、大きな一歩ペティ・クラージュ、グラン・パ」を使って一言だけ発しました。


 果たして————




「アッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッ、ヒーハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッ」




 天使が大笑いし出しました。


「どうした。何がそんなにおかしい?」


 先ほどその天使を送り出した天使が様子を見にやってきました。


「おい聞いてみろよ。こいつ、何いうかと思えば、ぶっ飛んでやがる……アッハッハッハ」

「彼に何を言ったんだ?」


 天使は険しい表情でロナータに迫りました。


 しかし、ロナータの一言を聞いて

「ゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラ」


 大笑いし出します。


 何事だ、何事だ。他の天使たちも続々と集まってきました。

 あっという間にロナータの周囲にはミカエルを除く天使全員が集まっていました。


「人間、あの二人に何を言ったんだ?」

「あの二人は寡黙な方なんだ」

「その二人を笑わせられるなんて、何を言ったんだ」


 天使たちは次々と疑問をぶつけていきますが、ロナータはたった一言しか口にしませんでした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る