第7章 天使だけど、なにか?

第21話 天使

 天使。


 生まれながらにしてレベル100の最強種族。


 レベルに付随してパラメータも高く、彼らの一挙手一投足が世界の存続に関わるとされています。普段は「条約」により天界という別空間にいるはずですが……


「何をしに来た、ミカエル?」神さまは険しい表情を浮かべました。


 摩天楼の間を浮遊していたミカエルはビルのガラスを何の所作も詠唱もせずにすり抜けます。そして神さまの前まで来ると、




   片膝をつき、深く頭を垂れました。




「よくぞ、よくぞ戻ってきてくださいました」


 彼の発した第一声は震えているようでした。


「貴方さまがいなくなってから、拙は心が張り裂けそうな日々を送っておりました。貴方さまが帰ってきたとなれば、飛んでこないことなどありますでしょうか」


 ミカエルの頬に一筋の涙が流れていきました。


「そうか。殊勝であったな、ミカエル」


 神さまは表情一つ変えずに言うと、周囲を見回しました。


「して、これは貴様の仕業か」

「はい。拙のコアスキル『星夢操セレスティアル・マリオネット』により、を昏睡状態にさせました。ですが、ご安心ください。車を運転していた者など、眠りが命の危機に瀕する者は、安全な場所に移動させております」


「なぜ、このようなことをする」


 ミカエルはガバッと顔を上げました。彼の頬は濡れていましたが、目は、口は、眉は、笑みを浮かべていました。


「貴方さまをお迎えするためです! 天界には貴方さまをもてなす施設を準備しております。雲の上を走るジェットコースター、30メートルの波が起きるプール、疲れたら拙オリジナルのメロンソーダを飲みながら火山の噴火を特等席で眺めましょう」


 単語ごとに表情を変えるミカエルに、神さまは相変わらず無愛想な表情を向けていました。


「貴様の枉駕来臨おうがらいりんには感謝する。だがミカエルよ、

 吾は貴様のところに行く気などない。今は人間界を見て回りたい気分なのだ」


 予想外の言葉にミカエルは雷に打たれたように固まり、膝を落としました。


「そこまで……、そこまで人間界のことが気がかりですか」

「日々楽しいことが起きるからな、すまんが————」


「でしたら、拙と勝負しましょう」


 ミカエルは勢いよく立ち上がりました。彼は成人男性と同じくらいの身長がありますから、神さまを見下ろす格好になります。


「拙と、貴方さまが選んだ人間で勝負を行い、拙が負ければ貴方さまの意思を尊重いたしましょう」


 神さまは眉を顰め、しばし考えると了承しました。


「しかし、何で勝負する? 力勝負では、貴様と対等に戦える者などいないだろう」

「ええ、だから拙は考えました。近頃の人間は人気が高い者ほど強い力を持つと聞きます。ですので、『どちらが人気者であるか』で対決するのです」


 ミカエルが言い終わったと同時に、




   数十体の天使がオフィスビルの周りに現れました。




 先ほどまで気配はありませんでした。人間では選ばれし者しかできない瞬間移動でやってきたのでしょう。


 あたりを囲む天使たちは、どれもレベル100の猛者たちです。彼らならシン・トウキョウを10秒もあれば焦土に変えることができるでしょう。


 数十体のレベル100。彼らが与えるプレッシャーは神さまでさえ


「ほぅ」と片眉を上げるほどでした。


「彼らに公平に判断してもらいます。拙らは嘘をつくことができませんから、忖度なしにどちらの人気が高いか決めてもらいましょう。さあ、神さま。貴方さまは誰をお選びになるのですか?」




   ***




 目を開ける前からわかった。


 上下左右、東西南北、360度。


 まるで象の群れに押しつぶされているかのようなプレッシャーの塊は、常人であれば目を開ける前に卒倒してしまうだろう。耐えることができているのは、彼のコアスキルのおかげか、それとも……


 叶うなら、目を開けたくなかった。


 瞼を上げれば、全てが始まってしまうとわかっていたから。


 でも、覚醒してから目を開けるまでコンマ数秒。


 脳が状況を理解する間もなく瞳は眼前の光景を映し出して————




   ***




「落ち着け、ロナータ。吾がいる。大丈夫だ」


 部屋の隅で毛布をかぶっているロナータの肩に神さまは手を置きました。ロナータの肩は、誰が見ても震えているのがわかりました。


「大丈夫だって???」


 ロナータは歯をガチガチと鳴らしながら言いました。


「神さまは何とも思わないんだろうけど、彼らは天使なんだ。御伽話でしか聞かない存在なんだ。みんなレベルマックスなんだ。いくらボクのコアスキルがあったって勝てるわけないよ」


「力勝負するわけではない。いいか、よく聞くんだ」


 神さまはゆっくりと、けれども端的に事情をロナータに説明しました。この勝負に負ければ自分は天界に行ってしまうこと、勝負は力ではなく面白さを競うこと、審査員はミカエルを除く天使たちであること。


「……ボクに、天使たちの、心を掴めっていうのかい?」

「そうだ。吾は貴様がそれをできると信じている」


 ロナータは首を大きく横に振りました。


「む、むむ、無理だよ。僕は君が来るまでフォロワー七人の弱小配信者だったんだ。ザンテツとかジャスミンとか、もっと他に適任がいるよ」


 それでもスパルタ神さまは一歩も引きません。


「神である吾が貴様を人類代表に任命したのだ。自信を持て。

 ——それに、この戦いにはがある」


「必勝法?」


 目に涙を浮かべるロナータに向かって、神さまは力強く頷きました。

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