間話 平穏な一日だけど、なにか?
第20話 MUUUにでも行くか
ロナータと神さまが住む雑居ビル四階の一室、通称ロナハウスは大きく二つの空間に分かれています。
一つは玄関入ってすぐにあるリビング兼事務所。雑談配信はもちろん、キッチンも備え付けられているので、食事もここで済ませています。
もう一つは玄関から見て右手にある扉の先。そこには二人の寝室があります。とは言っても元はロナータが住んでいた部屋なのでベッドは一つしかなく、ロナータと神さまは少ないスペースを巡って毎晩壮絶な争いを繰り広げていました。
そんな寝室に昼の陽光が差し込みます。陽光に照らされて、神さまがベッドに寝ているロナータの体を揺すっていました。
「起きろ、ロナータ」
しかし神さまがロナータの体を少しでも触ると、
「アイタタタタタ」ロナータの阿鼻叫喚が部屋に響き渡ります。
彼は昨日、スガモ・ダンジョンを攻略する際に神さまの力を使ったため、全身筋肉痛になっていたのです。おかげで彼は初めて引越しバイトをした翌日のように、触れられただけで叫び声を上げてしまう装置と化してしまいました。
ですが、そっとしておくほど神さまは甘くありません。
「腹が減ったぞ、ロナータ。飯を作れ」
言いながら彼の体を押します。その度にロナータは
「アイタタタタタ」悲鳴を上げることになったのです。
「動けないって言ってるだろう。勘弁してよ〜」
「案ずるな。貴様はやればできる奴だ」
「アイタタタ、いくら、イタタ、神さまの、イイイイ、言葉だからって、タタタタタ」
ロナータは浜辺に打ち上げられた魚のようにピクッピクッと体を痙攣させました。
「……遊んでるでしょ」
ロナータはうつ伏せになっているので、声はくぐもって聞こえます。
「否定はせん」
神さまは腕を組んで胸を張りました。
第一召使は「コイツ……」とため息まじりに呟くと、
「ごめんだけど、今日はぜんぜん動けないんだ。お金は出すからどこか好きなところで食べてきて」
腕をプルプルとさせながら財布から千円札を一枚取り出すと、神さまに渡しました。
「もっと上の札はないのか」
「金欠なんだよ……」
神さまはフンと鼻から息を吐きました。
「仕方ない、MUUUにでも行くか」
***
MUUUとはロナータが所属する芸能事務所です。
主にダンジョン配信者のプロモーションを行なっており、業界では屈指の人気を誇る有名事務所です。場所はロナータの家から歩いて30分ほど。アカサカにあるオフィスビルの28階にありました。
「あら、神さまじゃない」
事務所に入ると談話スペースにいたジャスミンが近づいてきます。ザンテツも一緒です。
「ロナータは一緒じゃないのか?」ザンテツが首をキョロキョロとさせます。
「あやつなら家で伸びておるぞ。それより、何か飯はないか? 吾は腹が減っているのだ」
神さまが千円札渡すと、ジャスミンはお中元としてもらった魚肉ソーセージを渡しました。「違う、そうじゃない」と思いつつも、神さまはジト目で魚肉ソーセージを食べ始めました。
「それよりも困ったわ」
魚肉ソーセージを食べる神さまの頭を撫でながらジャスミンが言いました。
「今日、企画会議があってロナータも呼んでたのよね」
「そうなのか」
神さまは魚肉ソーセージの包みをノールックでゴミ箱に投げ入れると(もちろん命中)、「ム?」と一人の女性を凝視しました。その女性はジャスミンたちと同じ談話スペースにおり、黒のミディアムヘアに黒のマスクをつけていて、大きな瞳と全身を包み込む黒のタイツが印象的でした。第一話でチラッと出てきたカゲマルという配信者です。
「貴様、見たことないな。名を何という?」
カゲマル
●レベル:42
●体力:65
●魔力:45
●筋力:35
●防御力:50
●多才力:60
●速力:70
●魅力:30
●コアスキル:
カゲマルは両手をバタバタさせて慌てた様子を示しますが、何もしゃべりません。口元も黒いマスクで覆われているため、何か言おうとしているのかすらわかりません。
「わたしたちと同じ配信者のカゲマルよ。昔、声が出なくなる『呪い』をかけられたらしいの」
「ほう」
神さまは興味を示しました。
「喋れないのに配信をしているのか。一体どうやっているのだ?」
カゲマルは自身のスマホで配信のアーカイブを見せてくれました。
「なるほど、一切喋らずに黙々とダンジョンを攻略しているだけだな」
「意外と需要があるんだよ。作業用BGMとして聴いてる視聴者が多いらしいぜ」ザンテツが補足します。
声を出せないカゲマルですが、視聴者からのコメントには返信しています。
「なるほど、喋れなくてもチャットは打てるのか」
カゲマルは親指を立てました。
「にしても貴様、ちとチャットしすぎではないか? ほとんどのコメントにリプライしてるではないか」
彼女は頬を赤らめると、頭を掻きました。
「神さま」ザンテツが口を開きます。
「家に帰ったらロナータにMUUUに来るよう言ってくれ」
「仕方ない」
神さまは口を窄めると、MUUUを後にしました。
***
ロナハウスとMUUUの間にはアオヤマ公園という大きな公園があります。青空の下、広がる芝生には家族連れや学生、カップルたちが思い思いに過ごしていました。
「あっ、神さまだ!」
公園の方から声がしたので振り向くと、最弱の悪魔・ズッコがいました。
『ヤッベ、あんときのガキじゃねえか』
ズッコの横にはバスジャックを企てたバズ=ジャックがいます。
「貴様らか。何をしておるのだ」
「特訓だよ!」
『遊んでるんだよ』
「ズッコが特訓したいと言うので、体を動かすついでに付き合っているんです」
「そうか」
神さまはバズ=ジャックのことをまじまじと見ました。
「お咎めはなかったのだな」
神さまの言葉にジャックは恥ずかしそうに俯きました。
「実際、危害は加えていませんでしたから、銃刀法違反で異界警察に引き継がれて経過観察処分になりました」
『へっ、処分が終わったらまたデッケェ花火を打ち上げてやるぜ』
「勘弁してよ〜」
困った笑みを浮かべるジャックをよそに、ズッコが駆け寄ってきます。
「ねえ神さま、ズッコ強くなって、また挑戦しに行くからね!」
彼女は胸の前でガッツポーズをしました。その姿に神さまは微笑みます。
「あぁ、楽しみにしているぞ」
***
ズッコたちと話し込んだせいでロナハウスに戻ったのは、MUUUを出発してから一時間ほど経った後でした。
「ロナータ、帰ったぞ」
寝室に入りますが、ロナータが起きる気配はありません。
「おい、ロナータ」
ゆすってみますが、それでも起きません。先ほどまで少し触れれば断末魔の叫びを上げていたのが嘘のようです。
(こうなれば抓ってやろうか)とも考えましたが思いとどまりました。
彼は自分の力を使い、その副作用で休んでいるのです。無理やり起こすのは、ちょっと憚られました。
「仕方ない。ザンテツたちに連絡するか」
キョロキョロと辺りを見回しますが、神さまは連絡手段を持っていません。自分のスマホがあるわけでもなし、ロナータのスマホのロックを解除することもできません。
やむを得ず、神さまは再びMUUUに向かって歩き出しました。
午後のシン・トウキョウはとても穏やかでした。日差しは強く照りつけ、走る車も、通りを歩く人もいない。アオヤマ公園では先ほどまでズッコとバズ=ジャックがいましたが、今は二人の姿はありません。特訓は終わったのでしょうか。
***
やがて神さまはMUUUの事務所にたどり着きました。
「おい、ロナータだが……」
そこまで言って彼は言葉を切ります。
————全員、寝ている。
ジャスミンもザンテツもカゲマルも、事務所にいるスタッフ全員が一人残らず糸が切れてしまったかのように寝ていたのです。ある者は机に突っ伏し、ある者は書類をばら撒きながら床の上で、ある者は窓に頬を貼り付けて。
ここで神さまは初めて違和感に気づきました。
外に出てあたりを確認します。
停められた車の中、道端のベンチ、カフェのテラス席。
——みんな、寝ている。
神さまは急いでMUUUに戻りました。
「おい、ジャスミン」
ジャスミンの体をゆすって声をかけたとき————
「起きませんよ、何をしても」
窓の外から声がしました。MUUUのオフィスは28階にあります。普通の人が窓の外にいるはずが…………
神さまは異変の正体に気づきました。
日差しが眩しいと思っていた。年中常夏のシン・トウキョウにしては日差しが強いと思っていた。
理由は明らかでした。
太陽に匹敵する強い光源があったのです。
その光源はいま、窓の外にいました。
「そうか」
神さまは呟きます。
「貴様か、ミカエル」
光源が弱まり、やがて一人の男が現れました。
黒い髪、白い肌、全てを包み込むような翠の瞳、
そして背中に生えた大きな翼。
●レベル:100
●体力:95
●魔力:100
●筋力:90
●防御力:99
●多才力:85
●速力:93
●魅力:80
●コアスキル:
男が口を開きます。
「お久しぶりです、神さま。
天使・ミカエル、ここに推参いたしました」
ロナータの登録者数:10721→???
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます