第18話 ダンジョンの正体

 しばらく歩くと、一行は別の扉の前に辿り着きました。先ほどと同じように岩の看板が扉の隣に現れます。




『お客さまがた、ここで帽子とアウターと靴をお取りください。中は快適です』




 四人は再び顔を見合わせました。


「アウターって鎧も入るよな?」


 ザンテツは自身の上半身に装備した鎧を触りました。鎧は触るとガシャと音を立てます。


「中は快適だっていうけど、靴なしだと動きづらいわね」


 ジャスミンは自身の靴をみました。


「でもさっきと同じで、看板の指示に従わないと扉は開かないんだよね」ロナータが言います。


 やがてザンテツはため息をつきました。


「仕方ない。指示に従おう」


 四人は鎧と靴を脱ぎました。再びゴゴゴと扉が開き、彼らは先へと進みました。




   ***




 次に現れた岩扉にはこう書かれていました。




『お客さまがた、ここで武器を置いていっていください』




 ザンテツはチェンソー・ストライクの出力を最大にして扉に切り掛かりました。ですが案の定、扉には傷ひとつつきません。


「クソッ、足元みやがって」


 そう吐き捨てながらザンテツは何度も攻撃を繰り返します。しかし、キンキンと虚しい音だけが通路に響くだけでした。


「やっぱり従うしかないのかしら」


 険しそうな表情でジャスミンが言いました。


「ジャスミン、お前の魔法は杖なしだとどれくらいいける?」


 ザンテツは攻撃の手を止めると、彼女が持つ水のモニュメントが施された杖を見ました。


「そこまで大きい水は出せないわ。せいぜい一人守れるくらい」

「となると、あとは俺が直接攻撃するしかないか」


 渋々、ザンテツとジャスミンは武器を地面に置きました。

 ところが扉は開きません。


「ロナータ、お前なにか武器を持ってか?」


 言われたロナータは少し考えたあと、「あっ!」とベルトに巻きつけていた拳銃を取り出しました。よく見る自動拳銃オートマチックピストルです。


「これも武器に入るのか」


 銃を地面に置くとゴゴゴと扉が開きました。


「銃を持っていたのだな」


 歩きながら神さまがロナータに話しかけます。


「低級悪魔にすら全然効かないけどね。念の為だよ」

「こう見えてロナータ、銃の扱いは上手いのよ。射撃試験のときなんていつも満点だったんだから」


 並んで歩いていたジャスミンはふと、神さまの耳元で囁きました。


「ね、神さま。私たちがピンチになったら助けてね」


 神さまは腕を組むと「仕方ないな」と言いました。




   ***




『ツボの中のクリームを顔や手足に塗ってください』




 次に現れた看板の横には岩で作られたツボが置かれており、中にはクリームがたっぷりと入っていました。


「毒や痺れ薬ではなさそうだな」


 ザンテツはクリームをひとつまみ手に取って確認すると体に塗り始めました。神さまとジャスミンも同様に塗り始めます。


 もちろんロナータもクリームを塗るのですが、その表情は芳しくありません。


 次々と現れる看板、その指示に従わないと開かない扉。どこかロナータには既視感がありました。


 全員がクリームを塗り終わると、ゴゴゴと扉が開きます。


 一行が前に進もうとした時、ロナータは体に塗ったクリームからミルクと卵の香りがすることに気づきました。


 舐めてみると……甘い。


(もしかして……!)


 ロナータは閃きました。


「みんな、ちょっと待って!」


 彼の言葉に三人は立ち止まります。


「ボク、分かったかもしれないんだ。このダンジョンの正体が」

「やはりロナータも気づいたか」


 ザンテツの言葉にロナータは目を丸くします。


「もしかしてザンテツも?」

「いや、俺じゃなくてアワハラさんだ。ついさっきメールが届いたんだよ」


 ザンテツはスマホを掲げました。なぜダンジョンの中で電波が通じるのかよくわかりませんが、アワハラから届いたメールにはこう書かれていました。


『どうもアワハラです。ザンテツさんの報告ありがとうございます。このダンジョンは断片的な情報しかなく、内部の詳細が知れてとても興味深いです。


 そして、ここからは私の勝手な推測になるのですが、履き物や上着を脱ぐように指示したり、武器を捨てるよう求めたりすることから、相手は悪魔でありながらとても礼儀正しい人物であることが推測されます。すなわち……』


 文面を読みながら神さまを除く三人はゴクリと唾を飲みました。




『このダンジョンの主は、高貴な一族なのではないでしょうか』




 ロナータはひっくり返りました。


 確かに可能性としては考えられなくもないです。しかし、ロナータは知っていました。と。同じような予測をして痛い目をみる兵士の童話を彼は昔読んだことがあったのです。


 しかし、ザンテツやジャスミンはその童話を知らないのでしょうか、


「なるほど、上位の悪魔の可能性か」アワハラの言葉を真に受けて考察を深めます。


 アワハラからのメールには続きがありました。


『ただ、この推理には欠点があります。私もお昼のインドカレーを食べるまで、この推理には確固たる自信がありました。しかし、訪れたインドカレー店にナンがないと気づいた時、君からのメールが届いたのです。そこで私は


「インドカレーでナンがないナンてナンてことだナァンて」


 と思いながら自分の推理を再考することにしました』


 どうやら親父ギャグを思いつく余裕はあるみたいです。


『そうです。あのクリームです。なぜ、クリームを塗らなければいけなかったのか。その理由について考えてみると、ある一つの物語が浮かんできました』


「物語?」


 ザンテツは自分で読みながら首を傾げました。

 一方のロナータは一安心していました。


(やっぱアワハラさんも同じ答えに辿り着いていたんだ)




『そう、このダンジョンは力士と相撲をとるために作られたのではないか!』




 !?


 ロナータはまたしてもひっくり返りました。


(相撲? どうして?)


『あくまで私の推測ですが、このダンジョンの主は相撲好きなのでしょう。力士と相撲を取るためにそれ以外の者を寄せ付けないトラップを仕掛けたのです』


「そうか、だから武器を捨てさせたのか!」


 ザンテツは手を打ちました。


『そして、あのクリームは想像するにおそらく乾燥対策のクリームでしょう。長い時間、肌が外気と触れ合っていると乾燥します。そこを気遣い、万全の体制で力士と相撲を組めるようにしたのです』


「そういうことだったのね!」


 ザンテツに続いてジャスミンも大きく頷きました。


「待ってよ、みんな」


 ロナータだけが納得していませんでした。


「保湿クリームだって言うけど、これ舐めてみたらカスター……」


「だって裸一貫で土俵に上がる力士にとって乾燥は大敵よ。見たことある? 翔猿とびざるのお肌なんてツヤッツヤのモッチモチなのよ!」


「そ、そうなの……?」


 普段お淑やかなジャスミンが声を荒らげているのを見て、ロナータは何も言えなくなってしまいました。




   ***




 ここはスガモ・ダンジョン、最下層。ボスが鎮座する空間。




——————

 翔猿とびざる:東京都江戸川区出身で、追手風部屋所属の現役大相撲力士。血液型はA型。得意手は押し。最高位は西小結(2023年9月場所)。(Wikipediaより一部抜粋)


 知らなくてもいい余談:ロナータは普段、拳銃を持ち歩いていますが、ダンジョン内でしか使用が認められていません。バスジャックで拳銃を使わなかったのは、そういった理由があります。

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