第15話 みんなが楽しめる配信

「では実際に手本を見せてやればどうだ?」


 神さまが言いました。


「貴様の雑談配信でも見れば何かわかるだろう」


「そうかな?」

「もちろん、吾が保証しよう」


 神さまの言葉にロナータは渋々立ち上がると、配信の準備を始めました。


「そういえば……」


 神さまをじっと見つめていたザンテツが口を開きます。


「君がジャスミンの言ってた『神さま』か?」


 神さまは片眉を上げました。


「ほう、吾のことが広まっているのか?」

「まあな。ジャスミンが事務所で言いふらしてるよ。可愛い『神さま』がいるって」


「そうか。吾の知名度も上がってきているのだな」


 神さまは満足げな笑みを浮かべると大きな瞳を閉じてアイスティーを飲みました。

 ちょうどそのタイミングで、ロナータも配信の準備を終えます。


「じゃあ、始めようか」




   ***




 配信をつけるとポツポツと視聴者が集まってきます。




 >こんにちは〜

 >ゲリラ配信だ〜

 >配信乙で〜す




「こんにちは〜」


 ロナータはカメラに向かって手を振りながら、画面に映ったコメントに目を走らせます。




 >ロナちゃん、こんばんは🖐️😅

 >どしたん、急に?




「うん、ちょっと話したくなってね」




 >ザンテツのこと?

 >例のあの人?




「例のあの人って、ボルデモートじゃないんだから。うん、でも心配だよね」




 >事務所から何か言われてるんですか?

 >ロナちゃんもお仕事大変だね〜😱 おじさんも今日は仕事でクタクタだよ〜(^◇^;)

 >口止めされてる?




「マジな話、事務所から何も言われてないんだよね。口止めされてるって、それで『されてます』って言ったら漏洩してることになるよね」




 >確かにww

 >情弱乙

 >あいつ、あんま好きじゃないんだよな〜

 >髪切りました?




「あっ、気づいた? そう、髪切ったんだ。前髪を三センチくらい切ってもらったよ」


 ロナータは白い前髪(気づかなかったかもしれないが、彼の髪は美しい白だ!)をカメラに近づけて言いました。




 >接写、ありがたい……

 >ロナちゃんの、お目々、キラキラ🤩してルネ🩷こんなに可愛かったら😘おじさん、困っちゃうよ〜( ̄◇ ̄;)

 >最近、行って美味しかったお店とかある?




「美味しかったお店か〜」


 言いながらロナータはスマホをいじります。


「あっ、あそことか良かったよ。シンジュクの洋食屋さんでコバヤシさんっていうんだけど、王道って感じでめっちゃ良かった!」




 >そこ私も行ったことある

 >シンジュクか〜、遠いなぁ〜

 >ロナちゃんとご飯🍛だなんて、想像しただけで🤩おじさん興奮しちゃうよ‼️終わったら夜景🌃が綺麗なホテル🏩に行こうよ😘ナンチャッテ〜σ(^_^;)

 >値段ってどれくらいするんだろう?




「値段か〜、結構安かった気がするけど」


 相槌を打ちながらロナータは配信画面を操作しました。後ろからこっそり眺めていたザンテツは彼がやっていることに目を見開きます。


 なんと、ロナータは先ほどから絵文字を多用するアカウントをブロックしたのです。


 配信者は名前こそ違えどアイドルのようなものです。アイドルは誰に対しても平等に笑顔を見せなければいけない。たとえ肥満体質で吐く息が臭い手汗まみれのニキビ顔で別にファンじゃないという人にも笑顔で握手をし、ハグをし、チェキを撮らないといけません。


 けれど、彼はそれを拒否した。しかも何か宣言するとかでもなく黙ってブロックしたのです。




   ***




「どういうことなんだ、あれは?」


 配信が終わった後、ザンテツはロナータに尋ねました。


「前々から気になってはいたんだけどね、流石にホテルの話はアウトかなって」

「ファンを自ら減らすんだぞ。それで余計ファンが減ったら……」


 ロナータは少し困った笑みを浮かべました。


「ファンが減るよりも、ボクはボクも含めてみんなが楽しめる配信ができれば、それで良いと思うんだ。それはボクが配信を始めた時から大切にしてることなんだよ」




 みんなが楽しめる配信。




 それはザンテツにとって考えたこともなかった概念でした。


 昔からステータスが高くて、力試しでダンジョン攻略を始めました。配信をつければ自然と人が集まって稼げるようになり、一躍有名配信者の仲間入り。


 もっとフォロワーが欲しい。もっと稼ぎたい。そんな思いはいつしか本来の自分を殺し、ファンのご機嫌と数字だけを追い求める亡者に成り果ててしまったのです。


(俺が楽しめる配信、か……)




   ***




 配信をつける。事前告知していなかったにも関わらず次々と人が集まってきて、あっという間に1万を超えました。




 >オツで〜す

 >謝罪会見?

 >謝罪会見みにきました〜

 >録画オンにしてありま〜す

 >アーカイブ消しても無駄だからw




 コメントには心無い言葉が飛び交います。彼らは一体、どんな思いでこの言葉を書いているのでしょう。


(きっと、何も考えてないんだろうな)


 ザンテツは薄く笑みを浮かべると、カメラをまっすぐ見つめました。


「どうも、みなさん。こんばんは。ダンジョン・マスターのザンテツです。この度は、一連の騒動について現在の状況を説明するために配信を行なっています。配信はアーカイブとしてしっかり残すつもりですので、ご安心ください」




 >被害女性に謝罪はしたんですか?

 >4ね

 >警察から何か連絡は来ましたか?

 >お前みたいな女性を蔑ろにする人間に生きる資格なんかない




 心拍数が高鳴る。けど、まだ落ち着いて話せる。


「まず、初めにはっきり言っておきたいことは、自分は当該女性に猥褻な行為をしたという認識はありません。ダンジョン配信中に彼女が低級悪魔に襲われそうになったところを助けるためにやむを得ず体を触ってしまったことは認めます。しかし触った箇所は彼女の腰であり、決して猥褻目的で触ったわけではない、ということをはっきりと申し上げさせていただきます」


 淡々とこちらの主張を述べる。けれども…………




 >嘘つき

 >4ね4ね

 >悪魔から助けるためだったら異性の体を触ってもいいんですか?

 >有名人だったら何しても許されると思ってんだろうな




 容赦ないコメントが目に映る。


「だから……」


 言葉に詰まった。

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