第11話 可哀想なやつだな

「バスジャック犯を止める様子を配信するのだ。そうすれば、貴様は間違いなく人気者になれるぞ」


 神さまの言葉にロナータはブンブンと首を振りました。


「無理だよ。相手は拳銃を持ってるんだよ」

「だが、銃を使うのは初めてみたいだ。なぁに、いざとなったら吾が助けてやる」


 ロナータは苦悶した表情を浮かべていましたが、やがて唇を引き締めると配信の準備を始めました。危険を顧みず一歩前に踏み出すことができるのは、彼のコアスキル「小さな勇気の、大きな一歩ペティ・クラージュ、グラン・パ」のおかげでしょう。


「待て!」


 配信はロナータが叫ぶところから始まりました。神さまがカメラマンとなり、ロナータの背中と、その奥にいるジャックを映します。




 >オツ

 >ちょっと早い?

 >乙です




 コメントもパラパラと届き始めます。


「その銃を下ろすんだ!」


 ロナータの視線の先にはことを済ませたジャックがいました。ツーブロックでカッコつけた兄ちゃんがビニール袋から顔を出す様子は「幻滅」という言葉を体現しているようです。




 >なになに迷惑客?

 >迷惑客を成敗してみたワロス

 >えっ、そっち系?




「え、え〜と」

『うるせえ、お前は黙ってろって言え!』

「う、うるさい、え〜と、お前は……黙っとけ!」


 声を張り上げた際に体が力んだのか、ジャックは引き金を引いてしまいます。


 パァンと乾いた発砲音の直後、ロナータの後ろで後部座席の窓ガラスが割れました。ロナータは頬の付近を何かが高速で通過する風圧を感じました。


 額から冷や汗が吹き出ます。




 >嘘でしょ?

 >マジなバスジャックじゃん!

 >誰か警察に通報した?




 コメント欄も大騒ぎです。


『よし、黙らせたな。さっさと運転手に銃を突きつけろ。そして言うんだ。このバスが止まる時はお前の息の根も止まる時だってな』

「こ、このバスが止まる時はお前の息の根も止まる時だ」


「やめろ!」


 ロナータは再び大声を出しました。

 声が震えているのがわかります。足もガクガクです。少しでも気を緩めたら倒れてしまいそうでした。それでも、コアスキルのおかげで頭は思ったよりも冷静でした。


「どうして、どうしてこんなことをするんだ」

「どうしてって……」


 ロナータの言葉にジャックは顔を歪めました。黒髪ツーブロックの顔がクシャリとなったかと思うと、ブワッと涙が溢れ出ました。




「だって、バズが、がやれって言うんだも〜ん!」




「えっ?」ロナータの冷静な頭は真っ白になりました。




 >???

 >?????

 >どういうこと?




 視聴者も困惑を隠せません。




 バズ=ジャック

  ●レベル:23

  ●体力:30

  ●魔力:15

  ●筋力:25

  ●防御力:20

  ●多才力:10

  ●速力:23

  ●魅力:10

  ●コアスキル:百発百中




「自分、アルカナ・デーモン=ジャックって言って、元は悪魔なんです。自分のコアスキル『幽影』は一回だけ人間に乗り移ることができるっていう特殊なコアスキルで、それを使って美人なお姉さんに乗り移ろうとしたら……」


 彼のコアスキル、幽影は乗り移りたい相手に魔力の弾を当てることで乗り移ることができます。


 アルカナ・デーモン=ジャックは邪な気持ちを胸に、美人のお姉さんに向かって幽影を放ちました。ところが、美人のお姉さんは家を飛び出してきたロボット掃除機にぶつかって転び、幽影は外れてしまいます。


 それどころか、お姉さんの先にいたこの体の持ち主、バズに当たってしまいました。彼は一度しか使えないコアスキルを、全く興味のないに使ってしまったのです。


「そしたら、バズが責任を取れって。バスジャックをやれって言ってきて……。自分、頼まれたら断れない性格で。学生時代はよくパシリやってましたし、同期から仕事を押し付けられたこともあって、そんな生活に嫌気がさしてコアスキルを使ったら……」


 ジャックは大きなため息をつきました。


((可哀想なやつだな))


 そう思ったのはロナータと神さまだけではなかったはずです。

 ジャックの突然の告白に体の主・バズは声を荒げます。


『なに勝手に喋ってんだよ、早く目的地を運転手に伝えろ』

「もしかして、今喋ってるのがバズっていう人?」


 ロナータの一言にバズは固まりました。ジャックに体を乗っ取られて三日。それまで誰とも会話してこなかった二人は、まさかバズの声が外に漏れているなんて気づきもしなかったのです。


『もしかして、聞こえるのか?』


 みんなが頷きました。運転手もハンドルを握りながら深く頷いています。


『はぁ〜、俺の人生いっつもこうだ』


 堰を切ったかのようにバズは愚痴り始めました。


『テロを起こそうって一緒に考えてた仲間はサウナにハマって来なくなるし、彼女にはコンビニ弁当くさいって言われてフラれるし。なんだよコンビニ弁当くさいって。そんでしまいには悪魔に取り憑かれるしよ。取り憑いた悪魔はめっちゃ不器用だし。試しにバスジャックやらせればこんな有様だし』


 バズも大きなため息をつきました。


((可哀想なやつだな))


 そう思ったのはロナータと神さまだけではなかったはずです。




 >なんか可哀想になってきた

 >強く生きて、バスジャックさん!

 >こういうのストックホルム症候群っていうんだっけ?




 コメントにも同情の声が流れ始めました。

 一方で、ロナータはこの流れはチャンスだと考えたのでしょう。


「事情はわかった。とりあえず、ボク以外の乗客を降ろしてくれないか?」とジャックに頼みました。

『もう好きにしろ』


 バズは鼻を折られて消沈しています。そんな彼を心配するようにジャックはバスの停車ボタンを押しました。




 ピンポーン。次、止まります。




 車内にアナウンスが流れました。一瞬の沈黙がバスの中を通り過ぎて行きました。


『なに真面目にボタン押してるんだよ! 運転手に命令すれば済むだろう』

「あぁ、そうか。すみません、バスを止めてください」


 ジャックの指示に従ってバスが止まると、ジャックは運転手に向かって




 パァンと発砲しました。




 あまりに突然の出来事にロナータも乗客も、バズも驚きを隠せません。


『お、お前、なにやって……』

「だって、バズがこのバスが止まる時はお前の息の根も止まる時だって……」

『今は関係ないだろう!』


 二人(?)がワーギャー言い争っていると、




「ッたく、当てんならしっかり当てろよ」




 運転席からどぎつい声が聞こえました。ジャックの弾は運転手には当たらず、すぐ横のドアを貫通していました。


「余計なことを……」神さまがジャックを指差しながらぼやきます。

 一方、運転手の顔を見たバズが思わず口を開きました。


『まさか、親父……?』

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