第4話 幼馴染のヒロインだけど、なにか?

 この世で最も美味な食事とはなんでしょう。三つ星レストランのフレンチコース? お母さんの手料理?数多くの意見があると思いますが、神さまにとって最高の食事とは————




「た〜す〜け〜て〜、か〜み〜さ〜ま〜!」




 芳醇な香りから意識を外すと、目の前を第一召使が血相を変えて走っていました。彼の後ろには凶悪な低級悪魔が口から涎を滴らせて追いかけてきています。


 ここはアサクサ・ダンジョン第一層。四隅に火が灯った広間を第一召使、ロナータは低級悪魔から逃げ回っていました。


 神さまは幼い額の眉を顰め、低級悪魔に向かってデコピンをしました。




 低級悪魔の肉体が有無も言わさず弾け飛びます。




「うわああぁぁ」


 ロナータは弾けた衝撃でつまづき、地面に転がりました。


「飯の邪魔をするでない、ロナータよ」


 足元に転がってきたロナータを神さまは蔑んだ瞳で一瞥しました。金髪碧眼の五頭身からは想像もできないほど険しい表情です。


 しかし、その表情もすぐに柔らかくなります。なぜなら、神さまの手にはロナータが作ってくれたメロンパンがあるからです。


 一口かじりつくと溢れ出す小麦の奥深い香り、とろけるようなクッキー生地。しかも、クッキー生地には大粒のザラメが乗っかっていて、口の中でコロコロと小気味よく転がります。


「フフン☆」


 さっきまでの軽蔑の眼差しはどこへやら。ほっぺは膨れ上がり、目はトロンとし、口は一心不乱に動き続けます。


(ここだけ見ると、タダの子供なんだよなぁ)ロナータは思いました。


 やがてメロンパン最高の食事を食べ終わった神さまは手についた粉を払うと、「それにしても」とロナータを見ました。


「想像以上に弱いな、貴様」

「ぐうの音も出ない……」


 先ほど神さまが瞬殺した低級悪魔のレベルは20。成人男性であれば、苦戦こそすれど倒せなくはない相手です。言うなれば、野生のキツネくらい(これくらいだったらいけそうでしょう、成人男性諸君)。しかし、ロナータのレベルは15。中学生以下のパラメータで対峙すれば待っているのは一方的になぶられるだけ。


「貴様は吾の第一召使だ。もっと力をつけてもらわないと神の沽券に関わる」

「そんなこと言われても〜」


 そのとき、カツカツと誰かが歩いてくる音が聞こえました。




「あら、誰かと思えばロナータじゃない」




 現れたのは一人の女性でした。流れるような金髪、肩を露わにした水色のミニスカワンピースに身を包み、首には碧く輝く宝石のネックレスを下げています。


 ダンジョン配信者のジャスミンです。


 彼女は言わずと知れた有名配信者で、「ジャスミンのゆるふわダンジョン紀行」は登録者15万人を超えています。


「ジャスミン……」ロナータは口を真一文字にしました。

「あなたもアサクサ・ダンジョンを攻略しに?」

「う、うん」


「そっか〜、よかった知ってる人がいて。初めてのダンジョンだから心細かったんだ」

「そう、なんだ」


「ね、もしよかったら一緒に最下層まで行かない? ついでにラスボス討伐のところでコラボ配信しましょ!」

「コ、コラボ……!?」


 ロナータはドギマギしながら、視線をあちらこちらへと彷徨わせました。


「いい、のかなぁ、ボクみたいな弱小配信者と……」

「わたしは構わないわ。それにほら、この前のお礼もしたいし」


 彼女は先日のダーク・デーモン討伐に参加していました。神さまの助けこそあったものの、彼女にとってロナータは命の恩人なのです。


 それでもロナータは、「えぇ、でもなぁ」と体をクネクネさせます。

 見かねた神さまはついに「良いではないか」と言いました。


 ロナータとジャスミンの視線が金髪碧眼の子供に向かいます。


「人気者とコラボすることは登録者を増やす一番の近道だ。遠慮せず喜んで受けるがいい」

「ロナータ、この子は……」


 困惑を滲ませるジャスミンに神さまは言い放ちました。


「吾は神だ」


 ロナータは慌てふためきました。


「あ、えっと、ジャスミン、この子は……」


 弁解しようとしましたが、

「へえ、神さまなんだ」

 ジャスミンは神さまの元へ行き、目線を合わせるためにしゃがみ込みました。


「信じるの?」

「信じるも何も、パラメータが変でしょ(神さまのレベルは「⬜︎⬜︎⬜︎⬜︎」だぞ!)。だったら、神さまっていうのも納得かなって」


 そう言いながら彼女は神さまの金髪を撫でました。

 一方の神さまはじっとジャスミンの顔を覗き込んでいます。


「貴様、名前をなんと言う?」

「わたし? わたしは、ジャスミンよ」


「そうか。ならジャスミンよ、


 貴様を第二召使に任命しよう」


 ロナータはさらに慌てふためきました。

 他方、ジャスミンはクスッと笑みを浮かべました。


「あら、それは光栄なことだこと」


 そして、神さまの頭から手を離すと、

「謹んでお受けします」と頭を下げました。




   ***




 一行はダンジョン最下層に向けて移動を始めました。道中には低級悪魔が次々と襲いかかってきます。しかし、


水陣結界アクア・シールド!」


 ジャスミンが唱えると、宙空に現れた水の塊が低級悪魔を包みこみます。身動きが取れなくなった低級悪魔は空気を探してもがくも、あっという間に意識を失ってしまいました。


 そんな彼女の後ろをロナータと神さまはついていきます。


「なあ、神さま、なに考えてるんだよ」


 ロナータは隣を歩く神さまに尋ねました。


「なんのことだ?」

「ジャスミンだよ。どうして彼女に神だと打ち上げた挙句、召使にするんだ?」


「吾の勝手だろう。神の決定に理由などない。貴様こそ……




 なぜ、あの女に告白しない?」

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