第3話 神さまが現れたけど、なにか? その3

 薄暗い空間に鳴り響く叫声、「何か」が潰れる音。


 ロナータは目をつぶり、岩場の影にしゃがみ、体を震わせながら息を殺していました。


「助けないのか?」


 神さまの声にロナータは首を横に振りました。


「できるわけないだろ。レベル69なんて10人以上のパーティで挑む相手だ。ボクなんて一瞬でチリにされてしまう」

「なら逃げるのか。仲間を見捨てて」


「仕方ないだろう。名誉ある死より明日の命だ。ボクはこのまま逃げて——」




 右頬に痛みが走る。




 ビンタされたのだと遅れて理解しました。

 目を開ける。正面には五頭身の神さまが目を細めて立っていました。


「貴様は何のためにここにいる。なんのためにダンジョン配信者になったのだ」


 ロナータの頭に長らく忘れていた思い出が蘇りました。

 それは幼い頃。彼は魔物に襲われていたところをダンジョン配信者に助けられたことがあったのです。


 自分もあの人みたいにかっこいい大人になりたい。


「でも、今のボクじゃ……」


 唇を噛み締め、俯く。

 自分のパラメータが視界に表示される。


「果たしてそうだろうか」


 俯く視界に神さまの小さい指が映ります。指はロナータの胸を差していました。


「貴様にはそれがあるだろう」




   ***




 地獄絵図と化した配信画面。

 地面にはいくつもの体が打ち付けられていた。


 ピクピクと動いていることから、まだ息があることだけは分かる。けれども生きていることがわかるだけだ。画面外の人々は彼らを助けることはできない。


 画面にはダーク・デーモンが女性配信者を高らかと持ち上げる姿が映っていた。女性配信者は「うっ」とうめくものの、意識を取り戻す気配はない。


 邪悪な笑みを浮かべたデーモンが口を大きく開けた

 そのとき、




「待て!」




 空間に声が響く。




 >誰だ?

 >まだ誰かいた?

 >マネージャーさん?




 葬式ムードだったコメント欄が再び動き出す。配信画面の端には、

 ロナータの姿がかろうじて映し出されていた。


 ダーク・デーモンは女性配信者を地面に置くと、ロナータの方を向く。

 ロナータは持っていた剣を握り直した。


 全ての生命体にはパラメータが設定されている。

 レベル、体力、魔力、筋力、防御力、多彩力、速力、魅力、そして——




 ——コアスキル。




 ●コアスキル:「小さな勇気の、大きな一歩ペティ・クラージュ、グラン・パ




 どんな強大な敵であろうと一歩踏み出す勇気を与える。たとえ自分よりパラメータが上であろうと、誰もが逃げ出してしまう凶悪な存在であろうと、一歩踏み出し、世界を変える、そして守る————

 ロナータだけが持つ唯一無二のコアスキル!


 なのだが、




   ダーク・デーモンの咆哮




 五メートルの体躯から繰り出される号哭は大地を揺らし、配信者の頬を叩いた。


 コアスキルはあくまでコアスキルであり、パラメータを上げてくれるものではない。


 すなわち、コアスキルがいくら素晴らしいからと言ってロナータとダーク・デーモンの力量の差が縮まることはないのです。


 ロナータの目から涙が溢れました。


(やっぱダメだ〜〜〜〜、殺される〜〜〜〜)


 ダーク・デーモンが襲いかかってきます。

 ロナータは「ひぃ」と剣を放り出し、逃げの体勢になりました。




「まったく、少しは辛抱というものを」




 岩場の陰から事の一部始終を見ていた神さまは、ため息をつくと、親指と人差し指を中空に掲げ、ノブを回すように動かしました。


 すると、ロナータのパラメータ「筋力」が変化します。先ほどまで10だった数値はみるみる上がり、20、40、70、90……




   ●筋力:100。



「うわああぁぁぁあ」


 パラメータの上限値、100は天変地異を起こす。

 彼が無意識に振り払った手は、周囲の空間を捻じ曲げ、




 巨大な衝撃波としてダーク・デーモンを襲いました。




 衝撃波は天井を破壊し、地上まで貫通します。

 その穴をダーク・デーモンは通過し、空の彼方まで飛ばされました。




 >マブッ

 >な、なにが起きたんだってばよ

 >画面めっちゃ明るい




 土煙が晴れ、地上から射す陽光に照らされたロナータが配信画面に映し出されました。




 >あいつがやったのか?

 >知らない人だ

 >こいつじゃね? ロナータ

 >まだ無名じゃん

 >すげえ! フォローしとこ




 コメント欄は突如現れたルーキーに活気づきます。

 一方のロナータはようやく自身のパラメータに気がつきました。


 筋力100。全身からピリピリとした熱を感じます。


「これが、ボクの……」


 余韻に浸っているのも束の間、パラメータはみるみる下がっていき、あっという間に10に戻りました。


(!?)


 ロナータは神さまの方を向きます。神さまは先ほどと逆向きの動作でロナータのパラメータを元に戻していたのです。


「どうして!」

「世界のバランスが崩れるからな、強化は一時的にしか使いたくないのだ」

「そんなぁ〜」


 こうべを垂れていると、スマホが鳴ります。バッドな気分でスマホを見たロナータは目を丸くしました。


 なんと、フォロワーが見たこともないスピードで増えていたのです!




 >さっきの配信見ました。すごい強いんですね

 >感動しました。これから応援します

 >頑張ってください!




 温かいコメントの数々。ですが、彼の内心は焦りでいっぱいでした。


(まずい。このままではせっかく増えたフォロワーさんが離れてしまう)


「か、神さま。何とかもう一度、上げてもらうことはできない?」

「無理だ」


「なら、せめてボクと一緒にダンジョンを攻略しようよ」

「それも叶わん」

「どうして?」


 神さまはロナータのことを見ました。


「吾は最強の軍隊を作るためにこの世界にやってきたのだ。貴様に構っている暇などない。ではな」


 そう言って神さまは歩き出してしまいました。

 どうしたものか、と頭を抱えそうになったロナータですが、すぐに妙案を思いつきます。


「メロンパン、毎日作ってあげるよ」


 神さまの足が止まります。


「それは本当か?」ロナータに背を向けたまま尋ねる。

「ああ、ホントだとも。毎日お腹いっぱい食わせてあげる」


「……、……」


 ややあって、神さまは踵を返すとロナータの元へ戻ってきました。

 陽光に照らされた表情はぶっきらぼうですが、目だけは輝いています。


「そのセリフ、二言はないな」


 大きなほっぺたを赤く染めて神さまは言いました。


「もちろん」


 ロナータは笑みを浮かべて応えました。


 こうして、底辺配信者と神さまの奇妙な関係が始まったのです。




 ロナータの登録者数:7→89


——————

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2024年11月30日 07:15
2024年12月1日 07:15
2024年12月2日 07:15

神さまだけど、なにか?〜最弱配信者はなぜか知らないけど神さまに気に入られたので、No1ダンジョン配信者を目指すことにしました〜 名無之権兵衛 @nanashino0313

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