Voice of the maker

両目洞窟人間

Voice of the maker

 昔の話だ。

 俺は麻薬を作ってた。

 一人で作ってたわけじゃない。

 ドラマみたいにキャンプカーで作ってたわけでもない。

 麻薬を作る工場があったんだ。

 俺はそこの作業員の一人だった。

 俺はそこで朝から晩まで麻薬を作ってた。

 その麻薬は「紫水晶糖果」って呼ばれてた。

 文字通り、紫色の飴みたいな見た目をしていたからだ。

 工場じゃ朝から晩までそれを作っていた。


 俺は難しい作業をしていたわけじゃない。

 俺がしていた仕事は「紫色の花」をすりつぶすこと。

 科学者先生のために「具材」を揃えること。

 出来上がった紫水晶糖果を粉々にすること。

 粉々にしたものを測り、袋詰めにすること。

 切り抜いたスイカに詰め込み、出荷すること。

 これが俺の仕事だった。


 「花」は別に隠語じゃない。

 本当に「花」を俺たちはすりつぶしていたんだ。

 俺たちのボスは園芸家って呼ばれている。

 ボスが育てている花が麻薬の主原料だった。


 工場の科学者先生が言うにはこうだ。

 花とある薬を混ぜ合わせる。

 蒸留させる。

 そうして紫水晶糖果を作るらしい。

 蒸留や何やらする作業は知識や集中力がいる。


 科学者先生はよく俺に言ったものだ。

「麻薬を作るのは簡単だ。レシピさえわかっていればね。料理と同じだよ」

 俺からすれば難しそうなことに変わりはなかった。

 あんな風に器具や薬剤を使いこなすのは俺には無理だ。

 俺がやっていたのは簡単な仕事だった。


 結構な金にはなった。

 ボスみたいに大金持ちにはなれない。

 科学者先生ほど稼いでいたわけじゃない。

 それでも生活はできて、ちょっと贅沢ができるくらいの金は貰えた。

 定期的に中古車は買えるくらいの金だ。

 とはいえ中古車を買うわけじゃなかったから金は貯まっていた。


 俺の両親は馬鹿みてえに子供を作りまくってた。

 俺は馬鹿みてえにいる子供の一人だった。

 両親は俺に全く興味を持ってなかった。

 勉強も全然ついていけてなかった。

 どこにいっても無視されてるか馬鹿にされていた。

 それにスラム育ちだ。

 どこにもいけやしないと思いこんでた。

 16の時、俺はその工場に入った。

 ダチから「いい仕事がある」と紹介された。

 どこにもいけやしない。

 だからせめて仕事くらいはしようと思った。

 簡単な仕事をするだけで金が手に入った。

 ダチは「もっとでっかくやろうぜ。のし上がろうぜ」と言った。

 でも俺はこれで十分だと思った。

 初めて何かができたって気持ちになれた。

 その方が俺は嬉しかったんだ。

 ダチは組織の本体になんとか入った。

「こっちの方がもっと稼げる」そうダチは言ってた。

 ダチは敵対組織に撃たれて死んじまった。

 俺は食うに困らない金を稼げりゃそれでよかった。

 そうしているうちに10年が経っていた。

 ふいに「俺はいつまでこれをやってるんだ?」と思った。


 そんな時だった。カンフー野郎が現れたのは。

 突然、俺たちの工場に現れた。

 道着みたいなのを着た二十歳そこそこの若者だった。

 手には鉄パイプを持っていた。

 紫水晶糖果を砕いていた手を止めて俺は言った。

「ここは観光地じゃねえぞ」

 次の瞬間には俺の顔に鉄パイプがヒットした。

 きーんと耳鳴りが鳴って、真っ白な痛みが頭に広がった。

 気がつけば、俺は工場の床で寝ていた。

 


 俺は痛む頭を抑えながら目覚めた。

 頬を触ると、血がついた。

 鉄パイプが当たった時に裂けたようだった。

 ぼんやりした視界で周りを見た。

 痛みにもんどり打って寝ちまってる作業員だらけだ。

 科学者先生も寝ちまっていた。

 ポケットからタバコを取り出して一本吸った。

 妙に不味くて、吐き気がした。

 奥の扉から作業員の一人がふらふらとやってきた。

「ボスがやられた」

 くそったれ。


 ボスはカンフー野郎に殺されたみたいだった。

 ボスは自分が愛用していたナタで自分の首を切られちまった。

 まずいことになったと誰もが思った。

 「花」の育て方を知っているのはボスだけだったからだ。

 「花」くらい誰でも育てられると思うだろう?

 そりゃ一輪くらいは誰だって育てられる。

 でも大量の花を育て上げるとなりゃ話は別だ。

 組織を維持できるほどの紫水晶糖果をを作れるくらいのな。

 そのやり方を知ってるのはボスだけだった。

 ボスは言わなかった。

 ボスは誰にもそのレシピを教えなかったんだ。

 たぶん自分の立場を守るために。

 なにが起きてもいいようにリスク分散するのはビジネスの基本だろ?

 けどここは裏社会だ。

 表とやり方が違う。

 レシピを誰かに教えるのもビジネスのやり方だ。

 レシピを守るのもビジネスのやり方だ。

 そしてボスはレシピを守る方を選んだ。

 そんで死んじまった。

 


 さらに困ったことが起きた。

 科学者先生が逃げ出しちまった。

 科学者先生は表社会から来た人間だ。

 俺たちみたいな人間と違う。

 暴力に慣れてない。

 弱っちまったんだと思う。

 ただ仕事をしていただけなのに鉄パイプで殴られた。

 挙げ句、ボスが死んだ。

 そんなこと普通の人間には耐えられなかったんだ。

 くそみたいなことが次々と起きる。

 このままじゃこの仕事はやっていけない。

 くそったれ。


 組織が解体するかもしれねえってなって、多くの人間が慌ててる。

 そんなとき工場の同僚が俺に話しかけてきた。

「俺と、農業をやらないか?」

「はあ?」

 俺はタバコを吸う。同僚は喋り続ける。

「ボスも科学者先生もいない。もうビジネスは無理だ」

「科学者先生をまた引っ張り出しゃ、なんとかなんじゃねえの」

「馬鹿。科学とガーデニングは違うんだよ」

「そうなのか」

「知り合いで農業やってるやつの土地が余ってるらしいんだよ」

「そこで農業をするってわけか」

「ああ」

「俺、農業なんてやったことねえぞ。ガーデニングとは違うんじゃねえか」

「この仕事だってやったことなかっただろ。でもできたじゃねえか」

「それは、簡単だったからだよ」

「農業だって同じようなもんだろ」

「同じじゃねえよ」

「俺は日の当たる仕事がしてえんだよ。なあ、一緒にどうだ」

 同僚の話に聞き入ってしまった。

 タバコはほとんど灰になっていた。

 タバコの火が指に当たり熱い。

 地面にタバコを落とす。

 くそったれ。


 結局のところ農業は簡単じゃなかった。

 同僚の知り合いから渡された土地は正直言って酷いものだった。

 農業の知識が無くたってわかるくらいに。

 何が簡単だよと言いながら俺たちは、土地を耕すところから始めた。

 慣れない農機具を沢山使ったし、沢山汗もかいた。

 それから農協へ行ってトマトの種を大量に買ってきた。

 なんとなくトマトでいいだろって、それで決めた。

 土地に種を撒き、俺たちはトマトを育て始めた。

 何のノウハウもないところからのスタートだった。

 俺たちはすべてを間違えてしまっていた。

 

 水はやりすぎた。

 わき芽は残した。

 追加で肥料をやるなんて思いもしなかった。

 除草をやらなかったから雑草だらけだった。

 まあ、散々だった。

 出来上がったトマトも酷いもんだった。

 それを見て絶望したのか同僚は逃げ出した。

 どこへ行ったかわからない。

 くそったれ。


 だけど俺は前の仕事との繋がりみたいなものがわかりはじめていた。

 トマトを作るのもレシピがあるってことを。

 レシピはネットにも転がっていた。

 俺はそれを読み漁って、次の年もトマトを作った。

 なんで俺が続けたかわからない。

 麻薬作りで稼いでいた蓄えもまだ残っていたってのもある。

 だけど、もっと根っこの気持ちだ。

 これはどう説明すればいいかわからない。

 どうやら「自分で考えたレシピ」があれば違う。

 そのレシピがあれば俺はどうやら仕事ができるみたいだった。

 正直に言うか。

 俺は自分で考えて「レシピ」を作り上げていった。

 それを楽しいと思い始めていたんだ。

 だから、俺は、俺なりに対策をした。

 俺なりにトマト作りの「レシピ」のようなものを作った。

 その「レシピ」を元にその年のトマト作りに挑んだ。

 完成したまだトマトは不格好なものばかりだった。

 集荷したところで、あまり金にならないものばかり。

 けども、ところどころに、いいトマトができていた。

 俺は間違ってないと思うようになってきた。

「麻薬を作るのは簡単だ。レシピさえわかっていればね。料理と同じだよ」

 科学者先生はそう言っていた。

 農業だって、トマト作りだってきっとそうだ。

 レシピさえわかっていれば料理と同じようにできるはずだ。

 俺はそう信じた。

 農機具を使うのも慣れた。

 土地は三年でいいものになった。

 農協の人がより良いトマトの作り方を教えてくれた。

 レシピは研ぎ澄まされていった。

 金は尽きかけていた。

 何度だって裏社会に帰りたい気持ちが芽生えた。

 だけど、俺はトマトを作ることに賭けたんだ。

 馬鹿みたいだろ?

 俺は馬鹿をやることにした。

 水はやりすぎない。

 しっかりとわき芽は取る。

 追加で肥料はやる。

 除草は忘れない。

 摘果する。

 摘心も行う。

 害虫の対策もしたし、病気の対策だってした。

 俺はすべてをかけた。

 その年、いいトマトができた。

 どこに出荷しても恥ずかしくないトマトができた。

 俺は嬉しくて叫んだ。

 


 それからもトマト作りは続けている。

 ビニールハウスを建てて、年中作れるようにした。

 いちごも栽培するようになった。

 最近じゃ夏に贈答用のメロンも出荷できるように頑張ってる。

 最近じゃ土作りも拘っている。

 微生物資材を使って、土を活性化させているんだ。

 トマトもより美味しくなったように思う。

 俺はこのトマトを誇りに思っている。

 そしてこの仕事を誇りに思っている。

 俺は、このトマトが誰かに届けばいいと思っている。

 そう、これを読んでるあんたにだ。

 俺のトマトが、あんたのその日のレシピの一つになればいい。

 それが俺の願い。

 そして喜びだ。


******


 私はQRコードで読み取った「生産者の声」を読み終わる。

 「私が作りました!」と書かれたポップに貼られた写真にはトマトを持った農家のおじさんが写っている。

 頬には傷がある。

 その顔は笑っている。

 私はトマトをかごに入れる。

 大玉が2個で258円。

 チラシの商品。

 「今日はこれで何を作ろう」と私は考える。

 そうだ、今日はこれでハヤシライスでも作ろうか。

 ハヤシライスのレシピを頭に思い浮かべながら、私はレジに向かう。

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