第15話 ボク、愛ちゃんにリベンジ?
初めて選ばれた個人戦。ボクはなんとか1回戦を突破した後、2回戦を戦っていた。
相手はK県の長瀬なぎなたクラブの人。1回戦と違って先輩の2年生だ。
「やああっ!」
さすが先輩というか、ボクと身長が変わらないからか、どんどん強く面を打ってくる。
1回戦では身長差があったから、面を打たれなかったからちょっと戸惑う。
これだけ打たれても一本になってないのは、ボクがなんとか間合いを調節できているから。
あの榊原との練習試合が、ホントに勉強になった。
特に今回は体格が似ているから、相手の嫌がる間合いが分かるんだ。
なんだかやたらと、落ち着いている自分がおかしい。
1回勝てた余裕かな。………だとしたらボク、とても生意気なヤツだ。
「面っ!」
相手は無理に打ってくるけど、ボクの面金の横の部分に当たるだけ。
ちょっと顔が見えたけど、イライラしている感じ。
「コテっ!」
ボクは小手を狙うけど、薙刀で上手く防がれた。
こんな感じの攻防が続いているから、相手がイラつくのも分かる。
「藤野さん、積極的に!」
佐々木先生の声が聞こえる。確かにボク、この試合ちょっと手数は負けてる。
でもそれは試合に、負けるのを怖がってるんじゃない。
勝ちたいから──勝って愛ちゃんと、公式戦でやりたいからこうしているんだ。
「「めんっ!」」
ボクと相手が、同時に面を攻撃する。旗は上がらない。
ボクが狙っているのは、愛ちゃん得意のカウンター。
ボクは相手の動きを観察し、考え、次の一手を狙う。
きっと愛ちゃんも、いつもこんな風にしているんだろう。
試合時間が少なくなってきた。ボクの頭の中には、どこか相手の気持ちが見えるようだった。
多分『何ねこの一年!せからしかとこばっかに入って!』なんて考えてると思う。
あと『もういい加減、いいトコ決めたかね。こん子、怖がっとるだけでしょ』とかも。
……あっ、今ボク薙刀のおかげか、愛ちゃんのおかげか、苦手だった他人の気持ちを察する事をしようとしてる。
しかも全然知らない、他県の先輩選手の事をとても一生懸命に。
お父さん、お母さん、ボク確かに変わったかも。
「シャアッッ!」
苛立ちがあるからか、声にも気合いが入ってる。……今かもしれない。
ボクもそうだけど、怒ったり焦ったりは技を悪くする。
つまり、こっちが打ち込むスキができる!
ボクは踏み込んできた相手の、ガラ空きの足下を目がけて薙刀を振った。
「面っっ!」
「スネっ!」
ボクらほとんど同時にお互いを攻撃した。
旗が上がる。白が2本、赤が1本……やった。ボクの色の白が2本、つまりボクのポイントだ。
「スネあり!」
審判の声が聞こえる。ボクと相手が開始線まで戻る。
チラッと顔が見えたけど、ボクを睨みつけてる。相当頭にきてるみたい。
怖くない。怖くなんかない。怖いなら最初からここには立たない。
「さあっっ!」
「やぁっ!」
声でも負けないぞ!最後の瞬間まで絶対気は抜かないんだ!
「……本当に藤野さんは一試合ごとに上手くなるわね。まさか応じ技を狙ってたなんて」
試合終了後、勝ったボクを佐々木先生はそう褒めてくれた。
応じ技というのは、ボクがさっきやったカウンター気味の攻撃の事。
「面が多い人でしたから、ああいう展開だと、イライラして面で決めに来るかなって思って……そしたらスネが狙えると思いました」
面を打つ時、足下にはどうしたって隙ができる。
「すごいわね……まさか一年生で、経験も少ないのにそこまで冷静に試合を読めるなんて」
佐々木先生の目が、少し驚いているように見える。ボクはたまたまですと言った。
「もしかして、昇級試験の時の仕掛け応じの稽古も参考になったのかしら?」
ボクは黙って頷いた。もちろん仕掛け応じは決まった動きしかしない。
けど、相手の動きにどう合わせるかとか、間合いの取り方、相手がどう考えたらどう動くか。
そんな事をボクが、ちょっとは体と感覚で分かるようになる、助けになってくれた。
「次の試合は、とうとう同門対決ね」
佐々木先生の声に、少し緊張感が混じる。愛ちゃんは既に2回戦を勝っている。
「だから私は色々言わないけど、藤野さんらしく、ひたむきで素直な薙刀を見せて欲しい。ただそれだけよ」
「はいっ!」
ボクはそう大きく返事をして、休憩スペースに向かった。
座った途端、心臓の鼓動が速くなったような気がする。
……来た。とうとう来た。次の相手は愛ちゃんだ。
愛ちゃんと試合ができるのは、ずっと目標だった。
何も知らない、できないボクが薙刀を始めて、曲がりなりにも初勝利をして、2年の先輩にも勝てた。
それはこの9ヶ月、愛ちゃんを追いかけて走ってきたからだ。
それも追いつくためでも、並ぶためでもなく、追い抜くために。
だから──勝ちたい。あの『宣言』で言ったように心の底から、勝ちたい。
5月の順位戦から、少しは強くなれたと思う。それをどれだけ見せられるか。
なんて事をずっと考えてたら、隣に誰かが座った。ボクが横目で見ると、今ずっと考えてた人だった。
「愛ちゃ──」
そっちを向こうとしたボクを、愛ちゃんが言葉で止める。
「ユウちゃん、顔見ずに話そ?私、ユウちゃんが好きだから。今顔見ちゃうと、なんだか戦う気が薄れちゃう気がするの」
ボクは思わず少し笑った。その言葉が、人懐っこいのに、戦うのが好きな愛ちゃんらしかったから。
「……うん。分かった」
そうやってボクらは、お互い前を向いたまま話し続けた。
「…ユウちゃん私ね、ユウちゃんが私に『勝ちたい』って言ってくれた時から、ずっとこの時を待ってたんだよ?5月の順位戦も良かったけど、公式戦はやっぱり違うから」
愛ちゃんの口調は、穏やかで優しい感じがする。
「私を見て、私を倒すためにまっすぐ頑張るユウちゃん……本当にそんな友達兼ライバル他にいないからね」
ボクもそんな人、他にいないよ。これって、愛ちゃんがRINEで言っていた、友達と競える幸せってやつなのかな。
「私に勝つために強くなったユウちゃんと、公式戦で戦える…だからね今私、とっても嬉しくてワクワクしてるの……勝負は別だけどね」
「うん、ボクもそうだよ」
ボクたち同じ気持ちだったんだ。なんだかそれも嬉しい。
たったそれだけ。それだけなのに、胸が温かくなる。
「けど、次の試合だってボク、勝つつもりだからね?」
思わず、言葉に力が入った。そう、それがないと意味がない。
愛ちゃんの顔は見えないけど、隣から小さな笑い声が聞こえる。
「ふふっ、負けず嫌い同士の私たちらしいね……じゃ、もう私あっちにいくね」
最後に愛ちゃんがほんの少しだけボクのほうを振り向いた気がした。
でも、ボクはあえて顔を見ない。ただ、気配だけを感じながら深呼吸をする。
背後で聞こえた愛ちゃんの足音が、次第に遠ざかっていく。
大丈夫。前みたいに緊張してない。けれど、なんだか不思議な感じ。
ボクの胸の中には、静かな高揚感と、燃えるような気持ち。
その2つが矛盾しながら確かに存在していた。
「白、S中央なぎなたクラブ、藤野選手」
「はいっ!」
審判の呼び出しに、ボクは手を挙げて応える。
少しその瞬間、胸の奥がズキンとした。
これから始まるのは、たった一人のボクの友達でライバル『村田愛理』との試合なんだ。
「赤、同クラブ、村田選手」
「ハイッ!」
同じように応える愛ちゃん。やっぱりボクより可愛くて高い声だと思う。
お互い開始線まで歩み寄る。団体戦の時は距離以上に遠く感じた、愛ちゃんが目の前にいる……ボクを倒すためにだ。
当然ボクも同じように愛ちゃんを倒すために立っている。
そう美咲を押し退け、1回戦と2回戦の相手も押し退けてただ勝つために。
目と目が合う。
一瞬の静寂――そして、すぐに全身が緊張感でピリついた。
「はじめっ!」
「んっ、やあぁっ!」
試合が始まった。ボクは前みたいに出バナで仕掛け……ない。
掛け声と、踏み込んだだけのフェイント。愛ちゃんがちょっとつられて、体勢が少しだけど崩れた。
今だっ!
「コテっ!」
ボクとしては会心の一撃。だけどやっぱり愛ちゃんはさすがだ。
ボクの小手打ちに合わせて、瞬時に身体を前に出した。
密着するボクと愛ちゃん。これだと一本にならないし、待てがかかる。
「まてっ、離れて」
愛ちゃんが離れる時一瞬だけ目が合った。
「……ユウちゃん、やるね」
その時の離れ際、愛ちゃんがボソッとつぶやいた。その声は小さいけど、しっかり聞こえた。
………な、なんでいま褒めるの?めちゃくちゃ、う、嬉しいじゃない。
だけど、試合中だから聞こえないフリをする。しないと勝負にならない。
ひょっとしたら心理戦のつもり?いや、天然主人公の愛ちゃんがそんな事しないか。
まだ試合は始まったばかり。これからが本番だ!
試合が再開すると、愛ちゃんが仕掛けてきた。
2回戦みたいに、間合いをはかろうとしていたボクにそんな暇を与えない攻撃。
けど激しいだけで雑な攻撃じゃない。速くて正確なんだ。
愛ちゃんってテクニシャンで、カウンターが上手い人って思ってたけど、こんなガンガン攻めてくるスタイルもできるんだ!
「こてっ!スネっ!」
く、防御はできているけど、このまま守りに入っちゃ勝てない。
前に……前に出ないと!
「やぁっ!」
ボクは愛ちゃん攻撃の合間に、一歩引いたところを狙って前に踏み込んだ。
狙いは面だったんだけど、すぐに愛ちゃんの思惑に気がついた。
ボク自分で、前に出たんじゃない出させられたんだ!
スーッと愛ちゃんが動く。ボクが初めて見た、愛ちゃんと恵子との試合形式の稽古。
このままだとあの時の恵子みたいに、スネを打たれる!
ボクの頭の中は、避けなきゃって思いでいっぱいになった。そして必死に身体を動かした。
具体的に言うと、前に出ながら必死に足を打たれないように上に上げた。そうしたらそのおかげか、スネに当たる感触はなかった。
「うわあっ!?」
けれどバランスを思いっきり崩して、ひっくり返ってしまった。ボクは自分の体がぐるんって回るのを感じながら、仰向けに倒れ込んでしまう。
「やめっ!」
仰向けになってるから、面の隙間から天井のボヤけた電灯の明かりが見える。
横から色んな声が聞こえる。これって反則だったっけ?そうでないといいけど。
「……ユウちゃん、大丈夫?」
心配そうに倒れてるボクを覗き込む愛ちゃんに、ボクは笑って見せる。
「へーき、へーき…痛うなかよ…」
「あなたは開始線に戻って……立てる?」
「あっ、ハイ」
ボクは促されるままに立ち上がる。そしたら、審判の先生はボクをじろりと怖い顔で見た。
「…気持ちが乗っているのは、大変結構。しかし、危険な避け方はやめなさい。次は反則をとるかもしれませんよ」
確かにボクがケガするだけならともかく、愛ちゃんを巻き込んでたかもしれない。
そう考えると、さっきのボクってとても危ない動きをしてしまったんだ。
「ご、ごめんなさい!」
審判の先生に頭を下げて謝る。なんだか苦笑してるようにも感じたけど、試合は再開された。
今度は愛ちゃんはあまり攻めてこない。ボクの攻撃を凌ぎながら、時々反撃してくるそんな感じ。
さっきみたいに、正確なカウンターというわけじゃないけど、その反撃の一つ一つが上手くて強烈。
ああ、これボクが攻めてるんじゃなくて、攻めるように誘導されてる。
これ、ずっとやってたらその内疲れて、反撃をもらっちゃう。
だけどそれを怖がって守ると、さっきみたいに積極的に攻められて、カウンターに誘い出される。
「やぁぁっ!」
「おおっ!」
やがてボクたちは自然と密着して、また接近戦になった。
審判に促されて、離れる。ボクにはどうも攻め手が少ない。
だけど、愛ちゃんは攻めの引き出しがたくさんある。
さっきみたいにどんどん攻めて、ボクを誘い出してカウンターなんてのもできるし、こうやってじんわり、ボクを追い込む事もできる。
それに対抗できないのが悔しい。だけど、同時に嬉しくて楽しくもある。
だってそれだけ愛ちゃんが、ボクのことを本気で倒そうとしているってことだから。
悔しさも、負けたくない気持ちも、全部力に変えないと。
「……不恰好でも、やらんば」
ボクは誰にも聞こえない声で呟いた。……ボクだって出し惜しみはしない。
まだ下手だからどこか怖かったけど、こんな日のために練習しておいたアレをやってみよう。
いくよ愛ちゃん。ボク、最後の瞬間まで諦めないからね。
ボクはそう思いながら、目の前のとても可愛いのに、憎たらしいほど強い愛ちゃんを見つめた。
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