第16話 ボクと愛ちゃんの決着
ボクと愛ちゃんの2回目の勝負。公式戦だと初対決。
多分もう半分以上時間は過ぎちゃっているけど、どっちにもまだポイントはない。
この大会は準決勝まで延長無しだから、このまま行くと旗判定になる。
だけどポイント以外で考えたら、ボクと愛ちゃんは互角とか良い勝負ってわけじゃない。
だってずっとボクは押されてるし手数も負けてる。しかもボク、一回ひっくり返っちゃってるし。絶対旗判定になったら負けると思う。
だからボクは密かに練習してきたアレを、まだ不恰好だけどやるつもり。
苦戦中だけどこんなに楽しい時間は他にないし、やれるだけ頑張らなきゃ愛ちゃんに失礼だ。
「めんっ!」
ボクの渾身の面打ち。それも愛ちゃんはしっかり受ける。
愛ちゃんは防御も上手い。この防御を崩すには、ボクはまだ力もスピードも技術も足りない。
………でも、足りない事は負けていい理由にはならないと思う。
やれるだけのことを、全部やらないで負けたくはない。
愛ちゃんの攻撃を受けないように、懐に飛び込む。
これはただやられない為じゃなくて、ちゃんと意味がある。
ボクが狙っていることは、一回仕切り直しからの方がやり易いから。
「やめ、離れて!」
思った通り、待てがかかった。……よし次、行くぞ。
「やあっっ!」
「さぁっ!」
こっちに来る愛ちゃんに、ボクは中段の構えのまま薙刀の切先を向ける。
ボクらの薙刀の切先同士がガチャガチャとぶつかり合う。
普通なら愛ちゃんの得意技を警戒するところなんだろうけど、今日はボクがやる。
チャンスは一度だけ。愛ちゃんが攻撃に移る瞬間……今だっ!
ボクの薙刀の切っ先が回って、愛ちゃんの切っ先を巻き込んで下方向に落とそうと動く。
そうボクが仕掛けたのは、愛ちゃんの得意技の“巻き落とし”。順位戦でボクがやられた技。
こういう時の為にこっそり練習してきたし、巻き落としを決めるためには手首の力が重要だから、自主トレで鍛えてもきた。
それに加えて、意表をつくために愛ちゃんとの稽古では、これまで一回も見せていない。
どう?愛ちゃん、ボクの巻き落としは。
「っ……!」
その時、愛ちゃんのくりくりの目が、鋭く光ったような気がした。
ボクとしては、ちゃんとできたはずの巻き落とし。だけど、愛ちゃんの薙刀は崩れなかった。
瞬時にボクが回そうとした方向とは逆に力を入れて、ボクの巻き落としを防いだ。
「くっ…!」
がっちりとボクらの切っ先が絡み合い、どこか力比べみたいな状態になってしまう。
愛ちゃんの手首の力が強いのか、それとも薙刀への力の伝え方が上手いのか。
力を入れても全然動かせない。こんなにしっかりと対応されるなんて。
「っ……はっ!」
愛ちゃんがスッと後ろに引いて絡まっていた薙刀が離れる。ボクはそのまま愛ちゃんのスネを狙う。
「スネっ!」
途切れなく動いたつもりだったけど、愛ちゃんは上手くボクの打突を抜いた。
そして、スネを狙って打ちやすくなったボクの小手を叩く。
「コテっ!」
スパンって感じの鋭い打突が、ボクの手の上を走った。
「コテありっ」
審判の声が響いて、ボクも愛ちゃんも開始線に戻るように言われる。
取られた……ついに一本取られてしまった。
「うっ…」
ボクが一本を取られた事を自覚した時、なんだか急に疲労感みたいな、体が重くなるような気がした。
負けというか、終わりを意識したのかな………いや、何を考えてるんだふざけるな祐希!まだ終わってない!それに美咲の笑顔を思い出せ。
まだ少ないけど、時間はある。さっき最後の瞬間まで、諦めるもんかって思ったばっかりじゃないか!
「はじめっ!」
「ンッヤァァァッ!!」
少しだけ出てきた弱気を吹き飛ばすように、ボクは薙刀というかそれ以外でも出した
事のない大声を出した。
ボクってこんな声が出せるんだ。
「祐希、最後の最後まで行くよ!」
後ろから恵子の声も聞こえる。いつの間にか見に来てくれてたんだ。
「やぁぁぁっ!!」
愛ちゃんも高いけど、大きい声で応えてくれる。
守る気なんてない。二本勝ちするために攻めてくるのが愛ちゃんだ。
ボクは薙刀を大きく振りかぶって、上段の構えをとった。
最初にした時みたいで、ダメ元な感じがしてちょっとイヤだけど、これ以上の作戦は思いつかない。
愛ちゃんとは身長差もある。少しは怯んでくれたら良いけど。
「……んっ!」
愛ちゃんが少しだけ、ピクって動いた。驚いたのか予想通りなのか。
まあどっちでも良い。ポイントを取られているボクは行くだけだ。
「…めんっ!」
ボクは残った体力とか色んな気持ちとかを込めて、薙刀を振り下ろす。
バシン!乾いた破裂みたいな音が聞こえた。ボクの上段からの面打ちは前に踏み込んできた愛ちゃんの肩の辺りに当たる。
一緒に愛ちゃんの出してきたスネ打ちもボクの膝上辺りに当たった。
防具じゃない所だから、痛いはずなんだけど何も感じない。
「スネッ!」
「コテッ!」
そのまま出した一撃が最後になった。ボクの打突に旗が一本だけ上がった。
だけど後は続かずに、試合終了のブザーと審判の声だけが響いた。
───それからボクは、夢を見ているような気分だった。
勝った愛ちゃんを見送ってコートから出ても、やっぱり何を言ってるか聞こえない両親に手を振っても、防具を外して負けたのに褒めてくれる、佐々木先生の話を聞いても。
全部夢の中の事みたいで、現実感がなかった。ようやくそれが戻ったのは、恵子の顔を見た時だった。
「……祐希、お疲れ様!よう頑張ったね。今日のアンタ、本当にすごかったばい!」
恵子にそう言われて、ボクは現実に帰って来た気がした。
愛ちゃんに打たれた脚の痛みや、負けたという事実。だけど嬉しい事もたくさんあったのを一気に自覚する。
「………ああっ、恵子…ありがとう。ダメだなぁボク…結局恵子に頼ってる」
って言ったら恵子は、ボクの肩を軽く叩いてくる。
「なんば言いよっとね親友。初の公式戦で大したもんよ。ほら、水分取らんば」
差し出されたスポーツドリンクを口に含む。
ちょっと温めだけど、今はそれが逆に嬉しい。甘い液体が喉を通って胃に落ちていく。
ボクは全部飲み干すと、おじさんみたいに「プハーッ」って言っちゃった。
「おっさん臭かねぇ」
「ごめん。自分でもこんなに、喉が渇いてるって分かってなかったみたい」
そんな事を言いながら二人して笑う。
「今日はあんまり悔しがっとらんやん?」
「うん……いや、当然悔しいんだけどさ、ボクが今できる事は全部したかな……って2回勝てたのは運もあるし…」
それでも…それでも愛ちゃんには、まだ届かない。
悔しいけどそれが、現時点でのボクなんだ。それは誤魔化せないけど、これから努力すれば良いだけだもん。
「楽しかったみたいね」
「うん、楽しかった!愛ちゃんってなんでもできてさ、ボクが初めてやった巻き落としもしっかり対応ばしてきて……それだけボクと、真剣に戦ってくれたのも嬉しかとよ」
ボクの口から早口でどんどん言葉が出てくる。恵子はちょっと呆れた感じで微笑んだ。
「良かったねぇ、愛理に時間いっぱい遊んでもらって。今祐希、めちゃくちゃ良か顔ばしとるもん」
なんて言う恵子は楽しそう。どんな顔をしているんだろう今のボク。
「うん、嬉しかし面白かった……愛ちゃんに追いつくためにも、まだまだ頑張らんば…………ねぇ恵子、薙刀ってホント楽しかね!」
ボクは笑いながら、自然とそんな言葉を口にした。
「……愛理も時々、なんかの主人公みたいな事ば言うけど、アンタのそのセリフと笑顔も『薙刀漫画の主人公』って感じばい。健太の奴に見せたかぐらい」
急に恵子が健太君の名前を出すから、ボクはちょっと不思議に思った。
「ん?何でそこで健太君が出てくるの?あっ、ボクに『無表情ガール』ってあだ名つけたから?いつも無表情な藤野が笑ってカッコつけたことば言いよるぞーって?」
「やっぱり分かっとらんか…そうやね……ま、祐希はそれぐらいで良かと私は思うよ」
恵子はそう言いながら、意味ありげに笑う。
うーん全然意味がわからないや。今度美咲にでも聞いてみよう。
こうしてボクの大会は終わった。愛ちゃんはあの後一回勝ってベスト8まで行ったんだけどそこでFの中島学園の2年生に負けてしまった。
ボクも見ていたけど、開始早々小手を打たれて一本を取られちゃった後も、堂々と時間いっぱい攻め続けていて立派だと思った。
『ユウちゃんとやると、楽しすぎるから2試合分ぐらい疲れちゃう』
自分の試合が終わった後、なんておどけて言ってた愛ちゃん。
けどボクら中央なぎなたクラブの中では一番勝ち進んだし、やっぱり愛ちゃんは強いなって再確認できた。
その後ちょっと佐々木先生からの話を聞いて、ボクらは解散する。その頃にはもう夕方近くになっていた。
「いやー本当に、今日の祐希は凄かったばい!祐希のあがん凛々しか姿ば見れて、お父さん本当嬉しか!」
帰りの車の中で、お父さんが興奮しながら言う。
「あなた、祐希は疲れとるけん。帰ってから話しましょ?祐希、着くまで寝とってよかよ」
お母さんにそう言われるまでもなく、ボクはもう瞼が半分落ちてきているぐらい眠かった。
試合の興奮と緊張であんまり感じてなかっただけで、かなり身体は疲れちゃってるみたい。
車から伝わる振動も気持ちが良い。多分このまま3分もせずに、スーッと寝ちゃうと思う。
『……続けてSからお伝えします。先日明らかになった与党民自党の、所謂裏金問題。現S県知事も潔白を訴えていますが、民自党所属だけに、来年頭の県知事選への影響は必須と見られています…』
カーラジオから、なんだか難しい言葉が聞こえて来たけれどボクはもう睡魔には勝てなかった。
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