第7話 ボク、中学生になりました
「だけど………今は違う。キミに勝ちたか…愛ちゃんより強くなりたか!」
言ってしまった。ボクは周りのガヤガヤした声もほとんど耳に入らない。
ただ愛ちゃんの、くりくりした目をじっと見続けていた。
愛ちゃんはしばらく何も言わなかった。ただ、ボクの言葉をじっと受け止めるようにしていた。そして、少しの間を置いて――口を開いた。
「………うん。いいよ、分かった。私にそれを口に出して言うって事は、そういう事なんだよね……あはっ、私やっぱりユウちゃん好きだなぁ」
愛ちゃんが笑った。でもいつもの柔らかい笑いとはどこか違う気がした。
なんだか、少しだけ鋭さを含んだ笑いだった。
「だって私そんな事、誰かに言われた事ないもん。ユウちゃんが、なぎなたクラブ入ってくれて本当によかったよ」
「愛ちゃん…」
「これからは私たち、友達だけどライバル……だよね?薙刀歴とか今の実力とか関係なく」
相変わらず笑っているのにちょっと怖い。
だけどここで引くぐらいなら最初から言わない。
「……そうだよ。ボクもそのつもり」
声が震えなかったのは、ボクの精一杯の意地だった。
愛ちゃんの目に映るボクの姿が、怖さを感じている自分では、あってほしくなかったから。
「ふふっユウちゃん、これから中学生になったら、楽しくなりそうだね。じゃあ、みんなをママに紹介したいから、恵子ちゃんと美咲ちゃん探そう?」
愛ちゃんの笑顔からふっと怖さが消えた気がした。
「………そうだね……あっ、あそこじゃない?」
「あっ、本当だ。さすがユウちゃん。おっきいから良く見えるんだね」
にこやかな愛ちゃん。その笑顔は今度こそ、いつもの柔らかい笑顔に戻っていた。
ボクらはその後4人で、愛ちゃんのママに挨拶をした。
思ったとおりきれいで柔らかな雰囲気の人で、そんな所もどことなく愛ちゃんに似ている気がした。
「あなたがユウちゃんね。最近愛理があなたの話を良くするの。背が高くていつも薙刀に真剣でカッコいいって」
「いや、カッコ良くなんか……」
ボクは思い切り照れた。愛ちゃんが家でそんな話をしているなんて。
「いや、今日は私も祐希カッコいいって思ったわ。あの上段すごくキマってた。アンタ背が高いから、多分相手の久保田もビビってたと思うわ」
「そうそう、祐希ちゃんの身長でああやって振りかぶって構えたら威圧感半端ないと私も思う」
恵子と美咲も褒めてくれる。ボクは顔が熱くなるのを感じた。
褒めすぎだってば。引き分けただけなのに。
ボクが照れまくっていると、愛ちゃんのママがふと呼びかけられた。スーツ姿の男の人が手を振りながら近づいてくる。
「ごめんねー、ちょっと失礼するわね」
そう笑顔で言って、愛ちゃんのママはその場を離れた。
褒められるのから解放されたとボクが思わず息を吐いていると、恵子がボクと愛ちゃんの顔を交互に見ながら声をかけてきた。
「ねぇ愛理、祐希と何かあったとね?」
じっとりとした視線が、ボクと愛ちゃんの間を行き来する。
「アンタめちゃくちゃ嬉しそうに見えるけど、優勝したけんじゃないよね。さっきもほとんど祐希の方ばっかり見とったし」
──鋭い。なんで恵子はこういうのすぐ分かっちゃうんだろう?
「……へへっ、ちょっとね。私とユウちゃんだけのひーみつ…って感じかな?」
愛ちゃんが小さく笑った。その笑い方がまたかわいい上に妙に自信たっぷりで。
「は?何ねそれ?祐希、教えんね」
目を細めてジリジリ詰め寄ってくる恵子。その視線には逃がさないぞ、という迫力がある。
ボクを睨む恵子と、口元に人差し指を当てて、『言ったらダメだよ?』って表情の愛ちゃん。
ど、どうしよう……ボクはどうしたらいいのか分からなかった。
美咲に助けてって、視線を送るけど楽しそうにニヤニヤしてるだけ。
まるで『私知りませーん。もっとやれ恵子』って顔だけで言っているみたい。……そうだね、キミならそういう反応だよね。
「祐希!言わんなら、アンタの保育園の時のアレ、バラすけんね!」
「えっ!?アレを?そ、それはやめてよー!」
「アレって何?恵子ちゃん、教えて」
愛ちゃんが目を輝かせている。何でそんなに興味しんしんなのさ。
「祐希がお泊まり保育の時に……」
「だ、ダメーっ!特に愛ちゃんには言わんでーっ!!」
「あっははは…もうダメ…面白すぎて、お腹痛い…」
とうとう美咲まで爆笑し始めた。楽しげな笑い声が響き渡る。
四人で大騒ぎするボクたち。試合の緊張感なんて、もうどこかに吹き飛んでいた。
こうしてボクの最初で最後の小学生としての試合は終わった。
4月、ボクは中学生になった。着慣れないブレザーの制服に、普段あんまり履かないスカートが胴着以上にコスプレみたいな感じがする。
『アンタは背が高くてスタイルいいからマシよ』って恵子は言ってくれたけど、正直そんな気はまるでしない。
入学したらボクの背が高いからか、バレー部とかバスケ部が誘ってくれたけど薙刀があるから断った。
かけもちでも良いって優しい事も言ってくれたけど、愛ちゃんに挑戦しておいて他のスポーツもやれるほどボクは器用じゃない。
ちなみにボクと恵子と美咲は偶然1年B組で一緒になった。だから今日みたいにクラブの稽古の日は三本の薙刀が教室の片隅に置かれている。
中央中には剣道部もあるから竹刀も置かれてて、「なんでこの教室はこんなに武器があるの?」なんて他のクラスの男子からかわれることもあるけど、それも悪くない。
学校が終わると3人でクラブに向かう。
中央中学校でなぎなたクラブに入っているのはボクら1年が3人、2年が2人で3年が3人。
ちなみに東中からは3人で西中からは2人。つまりクラブの中学生は合計13人いるって事になる。
試合に出られるのは5人か3人。これからレギュラー争いもある……頑張らないと。
「小学生の頃はさ、家に帰ってから行ってたから、こうやって歩いているとなんか部活!って感じがするよね」
クラブまでの道のり、美咲が口を開いた。
確かに薙刀を持った3人……いや、前には先輩たちもいるから8人か。それが歩いているんだからその感覚はわかる。
「そうねぇ……あっ、大友先輩と愛理だ。おーい!」
恵子の声に反応して、視線を送ると黒のセーラー服に赤いスカーフが目についた。西中の制服だ。
「恵子ちゃん、美咲ちゃん、ユウちゃん、おつかれー!」
愛ちゃんが気がついて手をぶんぶん振ってくれる。
うーんかわいい。ボクが男の子ならキュンってなるんだろうか?
「どう愛理、中学校は?」
「うーん、西小のみんながほとんどいるから、あんまり変わった気がしないんだよね」
それはボクらも一緒だ。ただ第一小と第二小の児童がいっしょになっただけって感じ。
「でも愛ちゃんのセーラー服姿かわいいやん。男子にモテるっちゃない?」
美咲がちょっと茶化すように言うと、愛ちゃんは首をかしげた。
「えー?どうかなぁ。私全然子どもだから、そういうのよく分かんないや」
そうなの?学校の男子たちが放っておくわけないと思うけど。
「ほら、一年、仲の良かとはわかるけど、もう着くけん切り替えんねよ」
大友先輩が、ちょっとはしゃいでるボクらに釘を指す。
別に普通の注意だし、大友先輩が特別怖い人って事は全くないんだけど、やっぱり3年の先輩はちょっと威圧感がある。
「怒られちゃったねユウちゃん」
愛ちゃんがボクに向かって舌を出す。小学生の頃からのこの接する感じは、あの日の『宣戦布告』以来、何も変わらない。
ひょっとしたらあの日の事は夢だったのかもとか有り得ない想像もしてしまう。
……ほんと、読めない。ボクはもともと人の気持ちを察するのは得意じゃないけど、愛ちゃんの場合は特に難しい。
なんてやってるとボクらは武道場に到着した。
東中のメンバーの3人はもう到着していて、みんな胴着と袴に着替えている。
「明日香、唯、おつかれ。早かね」
恵子が
「横田さん、お疲れ様。今日はちょっと早く終わったから」
明日香が長い髪を纏めながら答えた。まだ知り合ってまもないけど、明日香はちょっと大人びていて頭が良い雰囲気がある。
「もう、同級生なんだから、恵子で良かって言いよるでしょ」
「……分かった、恵子……これでよかね?」
なんて言って笑う。うーん、明日香はお茶目な所もあるみたい。
「……どうも」
唯は逆にショートの髪で無口な子だ。あんまり自分からは喋らないけど、話しかけると答えてくれる。
「唯ちゃん、こないだ私が言ったyoutubaの動画見てくれた?」
「…うん、見た。子犬のマネが面白かった」
「でしょ?プレス機も良かったよね」
何の話だろう。子犬のマネ?プレス機?動画の趣味が合うんだろうか。ボクにはちょっと理解できない。
「ほら、ちゃちゃっと着替えて、小学生のみんなが来る前にやっておかないと。今日は佐々木先生、少し遅れるらしいから先に始めとくよ」
キャプテンの平井先輩が場を仕切る。ボクたち中学生は小学生やそれ以下の子達が来る1時間半ぐらい前から稽古をする。
小さい子たちが来る前に稽古をある程度済ませておくんだ。
まずはみんなでランニングと基礎練習。
それが済んだら防具を着けて打ち込み。
奇数だから余った1人は始めたばかりの明日香と唯に基本を教える。
ボクは座って防具を装着……するんだけどいまだにコレが手早くできない。
強い選手はこういうのも早く終わらせるらしいから、不器用だから仕方ないとか言い訳はしない。
実際愛ちゃんや恵子は早い。装着を終えた愛ちゃんが、焦ってわちゃわちゃしてるボクの横を通る。
その時ボソボソって何かをボクに言った。
「……ほらほら、急がないと置いてっちゃうよ?私のライバルさん」
え?一瞬、何を言われたのか分からなかった。耳に残るその言葉を反芻する間もなく、愛ちゃんは背を向けたまま歩き去っていく。
ライバル。その響きに、胸の奥が少しざわめいた。
……多分あの言葉の意味は早く防具を着けてってだけじゃない。
絶対に追いつく。いや、追い越してみせる。そうでなければ、あの日、愛ちゃんに言った宣言が嘘になってしまう。
愛ちゃん……待っててよ。絶対追いつくからさ。
なんて思いながらボクは面紐を解けないように、思い切りぎゅっと結んだ。
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