第8話 ボクの順位戦
中学生になって一か月。連休や体育祭が終わると学校では中総体一色!って感じになった。
だけどボクら、中央なぎなたクラブのみんなにとってはあんまり関係がない。
だって中総体の競技に、薙刀は入ってないから。
『高総体なら薙刀はあるんだけどね』って平井先輩が言っていた。薙刀のインターハイか……ボクもいつか出られるんだろうか?
『中総体はないけど、全国大会はあるわよ。夏にある全国中学生なぎなた大会って言ってね。100以上のチームが参加するの』
話の流れで佐々木先生が教えてくれた。ボクはそういうのもあるのかって思っただけだったけど、先生が『ウチも出るのよ』って言った時はビックリした。
「全国大会かぁ……なんだか凄いね」
「小学生みたいな感想言ってんじゃなかよ」
その話が出た稽古の後1年の6人で喋っている時、ボクの素直な感想を恵子はそう言ってバカにした。
「でも中学の大会もだけど、中央高校に行けば、インターハイ本戦に出られるんじゃない?」
美咲が髪をいじりながら言った。
県立中央高校。平井先輩たちに聞いた話だけどS県に3つしかない薙刀部では、最強で毎年みたいにインターハイ本戦…つまり全国に進出しているらしい。
中央中からもここのクラブからも近いから、受験さえ突破すればここの卒業生も中央高に進む人がほとんどみたい。
「……この6人全員で中央高に行けて、続けて薙刀できたら、楽しいかもね…」
普段無口な唯がぼそりと言った。少し意外だけどそんな事、考えるんだ。
その言葉に、一瞬みんなが想像にふけるような沈黙が生まれた。
ボクもちょっと高校生になった自分や、皆を想像してみようとしたけど、なんだかあんまりイメージできなかった。
「村田さんはどう思う?」
「うーん、中学生になったばっかりで、高校なんて想像つかないかも。それに、今度クラブ内の順位戦あるでしょ?アレで勝てば、7月の全国大会に出られるんだよ。私はそっちを考えたいな」
明日香の問いかけに、愛ちゃんはそう返した。出た!愛ちゃんの無意識主人公発言。
だってそれって先輩たちにも勝つって事だもん。中々言えないよ。
「……アンタらしかね愛理。まあ確かに1年だからって最初から勝てない気で行ったらダメよね」
恵子も続ける。その時、愛ちゃんはボクの方を意味ありげにチラッと見た。『ライバルさんはどうなの?』って感じを出しながら。
「…そうだね。ボクも頑張るよ。みんなにも、先輩たちにも負けないように……真剣勝負で行くよ」
1月に始めてまだ5か月だけど気持ちでは負けないようにしないと。
「さっすが祐希ちゃん!負けず嫌いだもんねー」
美咲がちょっとからかうように言う。でも、もういいよ。認める、少なくとも薙刀に関しては、ボクは負けず嫌いだ。
「でも、私ユウちゃんのそういうところ好きだなぁ。良いよね真剣勝負」
「……ははっ、負けず嫌いに関しては祐希も愛理には言われたくないかもね」
恵子が愛ちゃんを横目で見ながらニヤリと笑う。
「え〜それ言う?それなら恵子ちゃんもじゃない!」
愛ちゃんがぷくっと頬を膨らませ、わざと怒った表情を作る。その姿にみんなで笑い合った。
……よし。負けず嫌いの本領発揮だ。順位戦で一つでも多く勝てるよう、頑張るぞ。
ボクは心の中で右手を突き上げた。
そうして、5月の終わり。稽古三回と土曜日も使ってクラブ内の順位戦が始まった。
合計78試合もあるんだから、それぐらいの時間は必要なんだ。
ボクは全12試合のうち11試合終わって2勝9敗……。明日香と唯の始めたばかりの2人には勝ったけど後は全敗。
3月の試合で一本が取れた上段の構えも何度もやってみたけど、ほとんど通用しなかった。
それどころか佐々木先生に『むやみやたらに、上段の構えをするのはよしなさい。元来攻撃的だけど隙の多い構えなんだから。連発するものではないわ』って正論のダメ出しをされた。
まあそんな訳でボクの全国デビューはなくなったんだけど、今日の土曜の午前練習、ボクの順位戦の最後の一戦はどこか遠い世界の事みたいな全国よりも現実的で、ある意味大きなものだった。
だって──最後の相手は愛ちゃんだから。
「祐希、アンタちょっと気合い入れすぎばい。目の怖かよ」
土曜日の朝、稽古の休憩中柔軟をしていたボクに恵子が心配そうに声をかけてきた。
「そうかな?」
「そうかな?じゃないって。いくら愛理とやるけんってそれだとまたガチガチになるよ?」
3月の初試合の最初、力が入りまくって全然動けなかったのを思い出す。
「あの愛理がガチガチの相手ば、見逃すワケがなか。ポンポンって小手やスネ打たれて1分もかかんないわよ。ちょっと得意のぼんやりでもして落ち着かんね」
確かに…愛ちゃんは今のところ7勝4敗。さすがに3年生4人には負けたけど、同級生と2年生には全勝。
どう考えても、固くなって勝てる相手じゃない。
ボクは一旦柔軟を止めて思い切り背伸びをした。
……ああっ、本当だボク全身に力が入りすぎてる。
「あー、うん、確かにボク、固くなってたみたい。ありがとう恵子」
「どういたしまして。アンタとは私が一番付き合い長いしね」
笑う恵子にお礼を言ってボクは天井を見上げる。
そういえば薙刀始めてから、あんまりボーっとしなくなった。
そんな事を考えながら、天井を見上げていると模様がゴリラの顔に見えたり、キツネの背中に見えたりしてきた。
そうしていると不思議なもので、なんだか余計な力が抜けていく気がする。
……少しは落ち着けたかな?ボクは恵子にもう一度お礼を言って柔軟に戻った。
そうして、稽古の最後に順位戦が始まる。もう大体の順位は、確定しているんだけどボクにとっては大一番だ。
試合が進んで次はいよいよボクらの番。ボクは面を被って、コートの向こうにいる愛ちゃんを見つめている。
今日はほとんど愛ちゃんと喋ってない。だって友達でも、これから真剣勝負をする人と楽しくおしゃべりするのは変だと思ったから。
愛ちゃんも同じ気持ちなのかほとんど話しかけてこない。
……行くよ、愛ちゃん。今のボクの全部で戦うんだ。
コートの中に入って開始線の前に立つ。審判の佐々木先生の始めの声がかかった。
「やあああーっ!」
「おおおっ!」
ボクも愛ちゃんも声を出す。始まって早々にボクは仕掛けた。順位戦は時間無制限の一本制。とにかく仕掛けてないと。
始まってすぐ攻撃する事をデバナって言うらしい。ボクが仕掛けたのはそのデバナ面だ。
「めんっ!」
隙をついたつもりだったけど、愛ちゃんは読んでいたのか反射なのかあっさりかわした。
そしてボクのコテを狙って打ってくる。ボクは必死に身体を捻って二の腕で受ける。
「うっ……!」
痛い。めちゃくちゃ痛い。
……けど、せっかくの、愛ちゃんとの勝負をあっさり終わらせるよりは全然良いや。
「スネっ!」
「コテっ!」
これはボクも愛ちゃんも割と良いとこに当たったけど、佐々木先生は同時と判断したのか取らない。
打つ、動く、防ぐ、よける、そしてまた打つ。ボクと愛ちゃんの攻防はそうやって切れ間なく続いた。
「藤野さん、振り回しすぎよ!」
「村田さん、もっと慎重に!」
平井先輩や大友先輩のアドバイスが飛ぶ。だけど愛ちゃんはともかく、ボクには半分も耳に入らない。
「はっ!」
飛び込んで来た愛ちゃんにボクも身体を前に出して超接近戦になる。
こうなるとお互い打てない。お互い薙刀を通してギリギリと力が伝わる。
ボクは思わず愛ちゃんの顔を面越しに見た………笑ってる?
「やめっ、離れて」
佐々木先生の声がかかってボクらは離れた………ダメだ、気にするな試合中だよ!愛ちゃんが笑ってたとかどうでも良いでしょ!
いらない事を考える余裕は無いはずだ。汗が目の横を流れていく。
やるぞ。まだまだ愛ちゃんにぶつかっていくんだ。ボクは奥歯を噛み締める。
試合が再開する。ボクは集中し直して愛ちゃんを見る。もう笑ってない。
「はじめ!」
佐々木先生の声がかかる。ボクはジリジリと間合いを詰める。
薙刀をやって時間が経つとだんだんこの間合いの大事さが分かるようになってきた。
自分は打てて相手は打てない距離が一番だけど、当然そんな距離は嫌うから上手い人同士だと間合いの取り合いになる……んだと思う。
ボクはまだまだそんなレベルじゃない。だけど少ない武器の身長の高さを活かさないと。
愛ちゃんは小柄だしボクだけ打てる距離を掴むんだ。
恵子が最初言っていた、身長やリーチが有利になるってそういう事なんだろう。
お互いの薙刀の切先が触れる──今か!?
ボクが踏み込もうとしたその瞬間、愛ちゃんの薙刀が高速で時計回りに回転し、ボクの薙刀を巻き込んだ。
「うわっ!?」
ボクは薙刀を落としそうになって、思わず体が前につんのめってしまった。
当然そんな隙だらけの相手を見逃す愛ちゃんではない。
「めんっ!」
愛ちゃんの高い声が響いてボクは綺麗に面を打たれた。
──順位戦が終わった。ボクは結局2勝10敗で11位。
順位はまあ正直に言って順当だと思う。だけど、愛ちゃんにあの負け方をしたのはとても悔しかった。
この後1年みんなでお昼を食べに行こうという事になった。一足早く用意が済んだボクは1人道場の壁にもたれて座っていたけど、そうやっていると後悔の気持ちがどんどん湧いてきた。
「巻き落とし……知っていたのに」
あの技は相手の薙刀を巻き込んで落とす巻き落とし。ボクはできないけど、存在は知っていたし愛ちゃんが使うのも初めてじゃない。
なのに──なのに。間合いの事ばっかり考えて完全に忘れてた。
甘い。なんて甘いんだ……1つできるようになっても1つ忘れたら意味がないじゃない。
ボクは汗を拭いていたタオルに顔を埋めた。汗だか涙だか分からない液体でタオルがどんどん湿っていく。
「藤野さん……もしくは祐希…どうしたの?」
そうしていたら急に隣から声をかけられた。ボクはビックリして、顔をそっちに向けた。
明日香だった。いつの間に来たのか、ボクみたいに壁にもたれかかって体操座りをしている。
「……そんなに、悔しい?最下位の私より、あなたが悔しそうだと、私は立場がないんだけど」
ボクはハッとした。確かに明日香は唯にも負けて全敗で最下位──。
「ご、ごめん明日香!ボク、そんなつもりじゃ……」
気まずさとやらかしてしまった罪悪感で慌てふためくボク。
そんなボクをじっと見ていた明日香だったけど、やがてプッと吹き出した。
「……冗談よ。あんまり深刻そうにしてたから、からかっただけ。こっちこそごめんね」
ペコリと頭を下げる明日香。
え?………あ、そうだったこの人、ノリが良いというかお茶目なところあるんだった。
「……も、もう止めてよ。ボクってそんなにからかいやすいのかな…」
「ごめん。私ちょっとあなたに嫉妬したのかも。私は順位戦全敗してもまだ初心者だしとか思ってしまう……そんな言い訳なんかせずに、しっかり正面から反省して悔しがっている藤野さん?祐希?を見てて意地悪したくなったのかも」
そう言う明日香の顔は確かな悔しさが見えた。
「……恵子じゃないけど、祐希でいいよ。同級生やもん………けど言い訳してても、本当は悔しいんでしょ明日香も」
ボクが指摘すると、明日香はすぐに頷いてくれた。
「…当然。今は初心者でも、いずれは祐希にも恵子にも村田さんにも勝ちたいと思ってる」
「うん―――その気持ちを忘れなかったら、ボクもキミも強くなれると思うよ……これ、お父さんのマネだけど」
そう言ってボクたちは2人で笑いあった。悔しさを笑い飛ばすように。
笑い終わるころには悔しさは消えないけれど、変な後悔のモヤモヤはかなり薄れていた。
「……唯がクラブの練習はきつかけど、皆といるのは楽しかって言ってたのが良くわかる気がする」
「ボクも楽しかよ。薙刀始めなかったら、愛ちゃんにも明日香にも唯にも会えなかったんやもんね……ボクら初心者トリオも経験者組においつけるごと頑張ろうね」
「はい、先輩がんばりましょう…3か月だけだけど」
明日香の冗談にまた2人して笑っていると、みんながようやく出てくるのが見えた。
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