第2話 ボクにもなれるかな
練習が始まった。ボクは見に来ている保護者の人たちや、クラブの人の妹や弟に交じって座ってぼんやりとそれを眺めている。
いつもの癖でついボーっとしそうになるけど、みんな真剣な顔で大きな声を出しているのでさすがにできない。
恵子も美咲も、あのとても武道なんてやらなそうな愛ちゃんも、「イチニ、イチニ」って言いながらランニングしている。
そうしてキソ練習が終わると、中学生も小学生もそれ以下の子供たちも、薙刀を持って素振りを始めた。
ボクは初めて実物の薙刀を見た。思ったより細いけど大きくて長いそれは、いかにも武器って感じがした。
でもみんなその武器を、さっきみたいな大きな声で数えながらぶんぶん振るっている。
いつもは男子と本気でケンカをする恵子も、アイドルのアイスマンの宮本くんが大好きな美咲も真剣そのもの。
もちろん愛ちゃんもキリっとした顔で軽々薙刀を振るっている。
―――カッコいい。ボクは普段は見れない友達のそんな表情を見て、正直にそう思った。
素振りが終わると、10分休憩と佐々木先生が言ってみんな、ゾロゾロと水分補給やトイレに向かっている。
恵子たち3人はボクの方にやってきた。
「どう祐希。薙刀やりたくなってきたでしょ」
「いやいや、まだ基礎と素振りと足さばきしかしてないのに早すぎるって」
恵子に美咲がツッコミを入れる。こうしていると学校での2人と変わらないのに。
「ユウちゃん。私たちちゃんと薙刀振れてたかな?」
「う、うん。3人ともすごかったよ!びゅんびゅんって音が凄くてボク、ビックリしちゃった!」
「おっ、好感触じゃない祐希」
恵子は、すぐにボクのテンションが上がっているのが分かったみたい。
「祐希ちゃんが本当に入ってくれたら、私らの世代で最低4人は確保だね。もし東中から誰か入ってくれたら5人で団体出れる」
この辺りの中学校と言えば西中とボクらが行く中央中と東中だ。
「団体って?」
ボクが質問をすると愛ちゃんが答えてくれた。
「薙刀の競技って個人と演武と団体があるの。それで団体は1チーム5人で5戦して、たくさん勝った方が勝ちって競技。私もユウちゃんと団体戦やってみたいな」
そう言ってほほ笑む愛ちゃん。よく笑う子だと思うし、それがよく似合っている。
4年生の時健太くんから『無表情ガール』ってあだ名をつけられたボクとは全然違う。
「ほら祐希、愛理もこう言ってるんだから、もう今日入部届出していかんね」
「も、もうちょっと見させてよ……」
なんて言ってたら休憩時間が終わってまた、佐々木先生の呼ばれて整列するみんな。
さっきまでのいつもの顔から、またキリっとした真剣な顔に戻る。
(ボクも薙刀始めたらあんな顔をするのかな……)
想像してみるけどどうもしっくりこない。
『無表情ガール』ってちょっとムカつくけど、ボクにピッタリなあだ名なのかもしれない。
それから練習は続いて、みんな防具を着け始めた。
薙刀と似ている、剣道をやっていたお母さんに聞いたんだけど、あの顔に被るのは面、手に嵌めるグローブみたいなのは小手、お腹の硬そうなのは胴って言うらしい。
だけどあの足に着けているのは、お母さんは言わなかった。薙刀独特の奴なのかな。
「めんっ!」
「コテっ!」
試合形式の練習も始まった。今やっているのはボクらより年下の、中学年の子たちだけど迫力がすごい。
バシンバシンって、薙刀が体を打つ音が響く。
時々防具を着けていない所にもあたるけど、痛いとかは誰も言わない。
ボクなら絶対、痛い痛いって涙目になって騒いじゃうと思った。
(年下なのにすごいなぁ……)
その後は高学年の子たちの番だった。
美咲は5年生の子と戦った。相手が年下だからってことじゃないだろうけど、美咲はしっかり面に攻撃を当てて勝った。
うーんあんな事言ってたけど、美咲もけっこう強いじゃん。
そしてその次は恵子と愛ちゃんの番だった。
2人とも薙刀を持って立つ姿が様になっている。
どっちの応援をしたらいいのか分からないけど、恵子も愛ちゃんもがんばれ。
「よぉしっ!」
恵子が声を出す。普段より低めでおっきな声だ、さすが恵子。
「やぁぁぁっ!」
愛ちゃんも声を出して応じる。なんだか高くてかわいい感じもする。
声だけなら愛ちゃんの方が強いなんて信じられない。
「めんっっ!」
先に攻撃したのは恵子だった。びゅんってまた薙刀が振るわれる音が聞こえた。
愛ちゃんの面に当たって、バシンって大きい音がする。だけど、ちゃんと当たってないみたいで審判の中学生は何も言わない。
恵子はその後もどんどん攻撃を繰り出していき、ポイントにならないけど愛ちゃんの体に何回か命中する。
愛ちゃんも反撃をしているけど、恵子が2回攻撃する間に1回攻撃をしている感じ。
「祐希ごめーん、遅くなっちゃった」
横から聞きなれた声がしたので、そっちを見るとお母さんだった。
「試合稽古って事はもう終わり近いんじゃない?ごめんね待たせて」
ボクはお母さんに返事をせず、首を横に振った。
お母さんには悪いけど、恵子と愛ちゃんの戦いがとても気になっていたから。
「ずいぶん真剣に見てるのね……あら、あれ恵ちゃんじゃない?誰とやってるの」
「西小の6年の愛理ちゃん」
ボクは声だけで返事をした。恵子が足を狙い、愛ちゃんがそれをよけて恵子の面を攻撃するけど外れた。
「恵ちゃんもすっかりお姉さんになっちゃって……それにしても、恵ちゃんとやってる愛理ちゃんって子上手いわね」
「えっ?お母さん分かるの?」
ボクは初めてお母さんの方をしっかりと向いた。
「いっぱい攻撃をしているのは恵子なのに」
「ふふん、お母さんだってムダに剣道やってた訳じゃないのよ?きっと薙刀も同じだと思うんだけど、こういうのってたくさん攻撃している方が強いって話じゃないの」
お母さんはいわゆるドヤ顔で教えてくれる。
「確かに恵ちゃんはいっぱい攻撃しているけど、どれも有効打になってないでしょ?それはあの子がうまく防御をしているから」
確かに愛ちゃんはよけたり薙刀で受けたりしていて、恵子の攻撃はしっかりとは当たっていない。
「それに比べてあの子の攻撃は正確で……ってホラ」
お母さんが言うのとほとんど同時に、愛ちゃんの攻撃が恵子の手に当たった。
審判が「コテあり」と言って2人は一旦離れる。
タイマーを見るともうあんまり時間はない。このまま愛ちゃんが守ってても勝ちになるんだろう。
「いやぁぁっ!」
恵子もそれが分かっているから前よりもおっきい声を出して、バンバン攻め込んでいく。
「あっ、まずいわね。多分アレ狙われてる」
お母さんがつぶやいた。ボクは意味が分からなかったけど、すぐに答えが分かった。
攻撃をしようと前に出てきた恵子の足をめがけて、愛ちゃんはカウンターみたいに薙刀を振った。
それもどこにも力が入っていないような、スーッっとしたとても自然な動きで。
「スネッ!」
愛ちゃんの薙刀が、恵子の足の防具を完璧に捉えた瞬間をボクはしっかりと見た。
スパンって気持ちのいい音も、はっきりと聞こえた。
「スネありっ。そこまで!」
勝負が終わった。愛ちゃんの2本勝ち。すごい………本当にすごい!
これが薙刀なんだ。あのふんわかしてて、かわいい愛ちゃんがこんなに強い。
……ひょっとしたらボーっとしてばっかりのボクでも、無表情ガールのボクでもあんな風になれるんだろうか。
そんなこと思うのはいけないのかな。でもやってみないと何も分からないはずだよね。
負けた恵子はやっぱりくやしそうに、面を外して頭に着けてた手拭いで顔をふく。
愛ちゃんも同じようにしていたけど、見ていたボクと目が合った。
その時愛ちゃんはこぼれるような笑顔をボクに向けた。
ボクはその笑顔にどこかぎこちなちなく笑い返す。そして胸がバクバクするのを止められなかった。
―――薙刀、真剣にやってみようかなぁ。そんな風に思いながら。
ボクの上段 @ACC4649
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。ボクの上段の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます