ボクの上段

はっぱろくじゅうし

第1話 ボクと薙刀と愛ちゃん

 いつもと変わりのない午後。6年3組の教室には、ざわめきと誰かの笑い声が響いていた。

 窓際の席で、ボクはぼんやりと外を眺めている。校庭を走る3年男子の姿、多分キックベースかな。――いつもと変わらない風景。


(サッカー代表と野球代表がキックベースをしたら、どっちが強いんだろう?)


 なんて思ってたら聞き馴染みのある声が響いた。


「――ねえ、祐希、祐希ったら聞いてる!?」


「ん………ああっ、恵子…」


 

 そうか、ボクを呼んでいたんだ。危ないなぁボーっとしすぎてた。


「またボーっとして…アンタって保育園から、本当に変わらないわね」


「いいじゃん。休み時間なんだからさ」


 とボク藤野祐希(ふじのゆうき)があくびをしながら返事を返した相手は、幼馴染の横田恵子(よこたけいこ)。


 本当なら失礼なんだけど、恵子とはもう年少からの付き合いで、お互い全然そんな事は気にしない関係だった。


「―――でなんの話だっけ?」


 もちろん恵子の話を覚えているわけもない。


 恵子はあきれ顔をしつつも、同じ内容を言ってくれた。


「だからぁ、私が通っているなぎなたクラブに、アンタも来たら?って言ってるの」


 ああ、その話か。ボクや恵子が住んでいる九州のS県S市には、小中学生を対象とした『中央なぎなたクラブ』というクラブがある。

 恵子はそこに3年生から通っている。薙刀っていうのは長い棒の先が曲がっている武器で、それで戦うのが薙刀道……って恵子が言ってた気がする。

 けど野球とかサッカーはもちろん、同じ武道でも柔道や剣道に比べてマイナーな競技だと思う。


 恵子がなぜそんなマイナーな武道をやっているかというと、なんでもその時好きだった1つ上の男の子が薙刀をやっていたらしい。

 ボクから見ても結構イケメンだとは思ったけど、なんだか顔が女の子っぽすぎるかなとも思った。


「ヒカル君だっけ?元気」

「ヒカル?ああっ、あの人もう薙刀やってないわよ。剣道に行っちゃったし」


 へーそうなんだ。この口ぶりだと、もう好きじゃないみたい。

 けどきっかけのイケメンがいなくなっても、薙刀を続けているところが恵子らしい。


「ヒカル君の話なんてどうでもいいの。分かってるの?私たち3か月後には中学生になるのよ?中央中は完全部活制なのよ」


 そう。僕らが通っている第二小からは大体の児童が、S市立中央中学校に進学する。

 中央中学校は生徒が何らかの、部活をしなければいけない完全部活制。それは恵子の言う通りだ。

 だけど郊外部活制といって、学校外で何らかの活動を週3回以上していれば、それが部活扱いになるらしい事も恵子から聞いた。


「だから今のうちになぎなたクラブに入って、一緒にやろうって誘ってるんじゃない。祐希、身長あるんだからもったいないよ」


 確かに別に運動神経がいいワケじゃないボクだけど、身長はそれなりに高かった。クラスでも4番目で女子では一番だ。


「身長高いと薙刀って有利なの?」


「そりゃそうでしょリーチが違うんだから。リーチが長ければそれだけ有利に決まっとっとよ」




 九州弁が強く出るときの恵子はちょっと興奮している時だ。


「うーん……考えとくじゃ、ダメかな?」

「ダメ。アンタ一学期から考えとくって言ってるじゃない。絶対真剣に考えとらんでしょ」



 ちょっと怒った感じ。二つ縛りにしている恵子の髪が揺れる。


 図星だ。さすが幼馴染。ボクの考えはお見通しみたいだ。


「よかけん一回見学にきなさいよ。見たらやりたくなるかもしれないし」

「うーん……」


 こう熱心に誘ってくれるのは嬉しいけど、ボクはこれまで何かを一生懸命やるってタイプじゃなかった。

 休みの日はゲームかボーっとしてるか、お父さんの漫画を見るかって感じだし。


 よく知らないけど武道って世界は礼儀とかに厳しくて、上下関係もスポーツよりもしっかりしてるイメージがある。

 ボクみたいなタイプには辛いかもしれない……そう思うと恵子の誘いにも簡単にはウンと言えない。

 ボクは思い切ってその心配を恵子に言ってみる事にした。


 そしたら恵子は笑って言う。


「大丈夫大丈夫。礼儀は確かにうるさか…かもしれんけど、先輩も後輩も皆仲良しやし、佐々木先生はよか人よ」


 佐々木先生とは中央なぎなたクラブで教えている先生の名前。恵子はよくその先生を話題に出してほめる。


「それに……これはあんまり言いたくないけど……中央中の部活はどこも練習が週5~6回だけど、なぎなたクラブの稽古は週3回よ」


「それが…なに…?」


「…祐希はどうせ部活するなら練習の少なか方がよかでしょ?」


 声を小さくして言うその誘いは、これまでのどの誘い文句よりも魅力的に聞こえた。




 次の日の夕方、ボクは両親に許可をもらって中央なぎなたクラブの稽古を見に来ていた。

 やっぱり武道ができるのか不安はあったけど、練習が少なくて済むというのは不純だけど嬉しかった。


 ボクが薙刀を見学したいって言ったら、お父さんもお母さんも嬉しそうだった。

 なんでもお母さんは剣道を、お父さんは空手を昔やっていたらしい。

 なんだかボクん家って意外と武道一家だったみたい。


 迎えには後でお母さんが来てくれるけど、行きは一人だからちょっと緊張する。

 恵子と一緒に来れば良かったかな……。


 なんて考えてたら聞いていた体育館みたいな建物に着いた。


 恵子から『来るなら入る時礼をしなさいよ』と言われていたので、靴を脱いで武道場?に入る時ボクは頭を下げた。

 床が板張りだからか木のにおいがする。


 中には薙刀の道着を着ている人達が練習前のストレッチをしていたり、おしゃべりをしていたり、小さい子たちは鬼ごっこをしたりしている。

 ボクはその中を歩きながら、知っている顔を探していた。


 だけどそうやってキョロキョロしていたせいで、ボクは誰かとぶつかってしまった。

 肩と肩が当たる感触。ボクは思わず反射的に『ごめんなさい』って口に出す。



「あっ、こっちこそごめんなさい……見ない顔だけど見学の子?」


 ボクがぶつかったのは中学生の女の人。制服を見ると中央中学校の生徒だ。


「あっ、はい。友達に誘われて…」

「そうなんだ。薙刀に興味持ってくれて嬉しいわ。ゆっくり見ていってね」


 その中学生の人はそう言いながら、優し気に笑ってボクから離れていく。

 恵子が先輩も後輩もみんな仲がいいって言ったのも、大げさじゃないみたいでホッとする。

 ボクは軽くその人にお辞儀をして、もう一回歩き出すとやっと知っている顔を見つけた。


「おっ、祐希ちゃんだ。とうとう来たんだね」


 とボクに声をかけてきたのは、髪の毛をお団子にまとめた同級生の大野美咲(おおのみさき)だった。

 恵子ほど付き合いは長くないけど、1年生から5年生まで恵子と3人ずっと一緒のクラスだった。

 でも友達の道着姿はなんだか新鮮な感じがする。


「恵子、祐希ちゃんに薙刀させたいさせたいって、いっつも言ってたもんね」


「うん……中学生になったらなにか部活しないといけないしね」


「ウチなら練習回数少ないからでしょ?」


 正解。面倒くさがりのボクの魂胆なんて、美咲にもバレバレみたい。



「あはは……恵子どこ?」


「あっちいるよ…おーい恵子ー、祐希ちゃんが来たよ」


 声を出して手を振る美咲。恵子の姿をボクも見つけた。

 恵子もこっちが分かったみたいで、ちょっと嬉しそうにこっちにやってきた。


「祐希、来たね。薙刀やる気になったんだね」


「いやあ、とりあえず見学ね……ん?そっち子は?」


 恵子の隣にはちょっと小柄な、ゆるいボブカットの女の子。

 それもどこか上品に整えられていて、同じ女の子のボクから見てもかわいい。

 でもボクらの第一小学校では、見たことがない顔だった。


「この子は村田愛理(むらたあいり)。西小の6年生、同級生よ」


「愛理です。よろしくね」



 ぺこりと頭を下げる愛理ちゃん。普通のお辞儀なんだけど、小柄なのもあってこの子がやるとなんだか可愛らしく見える。


「それでこっちが、今日見学に来た藤野祐希。私の幼馴染」


 恵子の紹介を受け、愛理ちゃんはボクに穏やかな微笑みを浮かべた。

 その表情がとても柔らかくて、ボクは自然と緊張がほぐれていくのを感じた。


「はじめまして、ボクは藤野祐希です。……よろしくお願いします」


 その時つい、自分を「ボク」と呼んでしまったことに気づき、一瞬焦った。

 ボクは女の子だけどずっと自分の事は「ボク」と呼んでいる。

 特に理由はない。だってボクはボクだから、それが一番しっくりくる。


 だけど、それを変に思ったり、からかってくる人も当然いる。『アニメのマネしてる』とか『女の子らしくない』とかさ。

 そんな事があるから、本当に仲良くなるまで、あんまりボクって言わないようにしているんだけど。


 今日はなぜか言ってしまった。でも、愛理ちゃんは初対面なのに、少しも変な顔をせずにこう言ってくれた。



「自分の事、“ボク”って言うんだね。いいね、なんだかカッコいい。ユウちゃんに似合ってる」




 カッコいい。そんな事初めて言われた。しかも初対面の子に。

 ボクのどこがカッコいいのか分からないけど、ボクは嬉しかった。

 カッコいいと言ってくれたことではなく、自分のことをボクって言うのを全然気にしないでくれたことが。


 それといきなりあだ名で呼ばれて、ボクはちょっとびっくりしていた。

 だってボクをユウちゃんと呼ぶのは、じーちゃんばーちゃんぐらいだもん。



「祐希ちゃんだから、ユウちゃん。ダメかな?」


 そう言ってにっこり笑う。ボクはなぜだか顔が少し熱くなる。





「い、いいよ。ユウちゃんでいいです」


 何故か敬語になってしまう。


「ありがとう。私の事は“愛ちゃん”って呼んでね」

「愛ちゃん……」



 ボクは小さくその言葉を口にした。


「愛ちゃんは強いんだよねー。私も恵子も勝てんもん」


 美咲が苦笑しながら言う。


「えっ、本当?」

「本当よ。愛理はめっちゃ強いから、私たちだけじゃなくて中学生とも勝負したりするし」




 恵子がどこか悔しそうに続けて言った。



「愛ちゃん強いんだ…」


 人は見かけによらないって言うけど、こんなやわらかい感じのかわいい子が、薙刀も強いなんて。

 2人から強いって言われて、愛ちゃんはどこか恥ずかしそうに笑っていた。


 その後も4人で色々話してたけど、先生らしき大人の人が集まるように指示を出した。

あれが佐々木先生だろうか。



「二人とも、集合だよ」

「うん、ユウちゃんまた後でね」


「愛理、今日こそあたしが勝つからね」

「もー恵子ちゃん、愛ちゃんって呼んでっていつも言ってるのに」


 賑やかに先生の方に去っていくみんな。


 ボクはなんだか少し胸がドキドキしていた。

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