第3話 ボク、薙刀はじめました

「よし、これでいいわよ」

 

 お母さんがボクから手を放す。

 

 ボクが今着ているのは真っ白な胴着と紺色の袴。

 

 そう、薙刀をするために買ってもらった服。新しいからパリッとしているのが気持ちいい。

 だけど鏡をみるとなんだかコスプレみたい。


「次からは1人で着られるわよね?」

「多分…」


 ボクはちょっと不安だった。

 そして鏡に映る、握りしめている長い棒は当然薙刀。

 実際に手に触れたそれはずっしりとしていて思ったよりも重みを感じた。

 

 ボクはあの後入部届をもらい、正式に佐々木先生にクラブに入りたいと伝えた。

 佐々木先生はニコニコして、『歓迎するわ藤野さん』と言ってくれた。

 そのニコニコも言葉も、本当に迎えてくれるような感じで入部を申し込む緊張が解けるような気がした。

 恵子がいい先生だって言ってたのも分かる。

 

 それと4月なったら、東中から2人白川明日香・森山唯って子たちが、ボクらのクラブに入るなんて話も聞いた。

 歳はボクらと同い年らしい。

 これでボクらの世代は、ボクを合わせて6人ということになる。

 

 その話を聞いて恵子は『同い年だけで、団体戦出れて控えまでいるなんて恵まれてる』って言っていた。

 

 そうやってボクの薙刀道は始まったんだけど、案の定ボクには薙刀のセンスとか才能とかはなかった。

 お母さんと初めて胴着を着た次の日の最初の練習いや、稽古も散々だった。


 基礎はともかく足さばきで送り足とかいう、片足を出してすぐに逆の足をそこに引きつける歩き方。


 普段の歩き方と全然違うからとても疲れてしまう。


 その他にも歩み足とか開き足とかいくつかの足さばきの練習をしたら、ボクは下半身がすごく張る感じがした。 

 

 初めて薙刀を握った時も、佐々木先生から『思い切り握り締めたらだめよ。それじゃ薙刀をちゃんと振れないからね。小指を意識して、楽に楽に』

 なんて言われたけど、どうしても指全体でギュっと握ってしまう。

 

 

 そのせいかは分からないけど、ボクの薙刀の素振りはみんなと違って良い音がしない。

 言葉にすると『ヒュン』とか『ヘロン』って感じ。


 休憩の時にこっそり恵子に、『ボク、やっぱり向いてないよ』って言ったら『みんな最初はそんなものよ』ってあっさり返された。

 

 愛ちゃんもそうだったんだろうか?とても想像できない。

 初回は結局そんな感じで終わった。


 ボクはスポーツを本格的にするのが初めてなものだから、それから3回目ぐらいまでは体がキツくてキツくて、稽古が終わって家に帰ったら即寝。

 

 そして起きたら筋肉痛。しかもふくらはぎとか変なところ。ここで薙刀を始めたことをちょっと後悔した。

 だって学校に歩いて行くのもキツかったんだから。

 恵子や美咲に相談したら、しっかり筋肉をほぐしたほうが良いって言われた。

 

 なんだか薙刀がボクの生活の中で、存在感をどんどん増していく気がした。

 でも辞める気だけはなぜか全くなかったのは自分でも不思議だった。

 

 

「祐希が自分から武道やりたいなんて言うなんてお母さん嬉しいわ」

「そうだなあ。キツそうだけど頑張っているし」

 

 自分たちが武道をやっていたからだろうか。お母さんもお父さんもあの日からちょっとテンションが高い。

 

 これで本当の最初のきっかけが、練習が少なくて済むからだなんて知ったらがっかりするだろうな。

 

 でもボクは今はそれだけで薙刀を始めたんじゃない。

 




 ──強くなってみたい。

 




 

 ……ありがちだけど、恵子と愛ちゃんの試合を見て本当にそう思ったんだ。

 

 

 

 

 

 そうしてクラブに入って2週間ちょっとがすぎた。

 まだまだ防具をつけた練習には入れない。


 だけどボクは筋肉痛にもならなくなり、足さばきを使っての動きと、薙刀を握って振ることはできるようになってきた。


 周りから見たら動きはぎこちなくて、ヘロヘロの下手クソなんだろう。

 でもボクもいずれキビキビ動いてビュン!って気持ちのいい音を出せるようになる……ハズ。



 なんて思いながら、ボクは恵子を見つめていた。

 

「……何ばじーっと人の体を見てるの祐希?」

 

 給食の後の昼休み、教室で恵子と話している時、ボクは恵子の体にいくつも色の違う部分があるのを見つけていた。

 

 絶対薙刀でついたアザだ。恵子に言ってみると何をいまさらという顔をされた。

 

「ああ、アザね…… そりゃ薙刀とか剣道とかやってりゃつくわよ……って、もう私が薙刀始めて3年くらいなのに今気がついたの?…まあ祐希がそういうのあんまり気にしないのは知ってたけど」

 

「ごめん…やっぱり防具着てない所打たれたら痛い?」

「うん、痛い。すごくジンジンするしね……私、最初のころそれでちょっと泣いたもん」

 

 強気な恵子が泣くんだから、相当痛いんだろうな。……ボクはどうなんだろう?

 グスグスと泣くんだろうか。それとも前に想像したみたいに、もっと声を上げて泣いちゃうのかな?

 

 ボクはそんな事を考えながら、ふと愛ちゃんの事を思い浮かべた。

 あのニコニコしてる愛ちゃんも薙刀をやっている以上、当然打たれててアザもあるだろう。

 

 やっぱり愛ちゃんも最初は泣いたんだろうか?ボクはそんなことも気になっていた。

 それにあともう一つ。この前から愛ちゃんに聞いてみたいこともあるんだ。

 

 

 

「うん、泣いたよー。もう痛くてシクシク泣いちゃった」

 

 稽古の日、休憩時間にボクは思い切って愛ちゃんに聞いてみた。

 そうしたら、いつものようにぽへ〜って感じで笑いながらそう答えてくれた。

 そうやって笑って話してくれるから、あまり社交的ではないボクには助かっている。

 

「やっぱりそうなんだ。ボクも防具つけて試合練習始めたら、打たれて泣いちゃうのかな」

 

「ユウちゃん、そんなの気にしない。痛くて涙が出るのはセーリゲンショーなんだから」

 

 さも当然という感じで愛ちゃんは言う。

 

 そう言い切れちゃうのが、愛ちゃんの強さの秘訣なのかもしれない。

 

 これで聞きたい事の一つは聞けた。もう一つも今なら聞けそう。

 

「……そういえば愛ちゃんってなんで薙刀始めたの?」

 

 

 ボクはなるべく何気ない感じで聞いてみた。

 実は初めて会った時から聞いてみたかったんだ。

 失礼かもしれないし、愛ちゃんは強いんだけどやっぱり武道ってキャラじゃない気がして。

 

 愛ちゃんは少しだけ考えるそぶりをして答えてくれる。

 

「……うーん、ユウちゃん私ね、3年前にパパのお仕事の都合で関東からこっちに越してきたの」

 

 そうなんだ。でも意外じゃない。むしろ愛ちゃんの都会っぽい感じが納得できる。

 

「それでね、最初あんまりこっちになじめなくて、イジメじゃないんだけど、なんだかみんなの中に入っていけないって言うか……」

 

 これは意外だった。ボクに初対面の時からとても自然に話してくれる愛ちゃんがそんな苦労をしてたなんて。

 

「それで、なんだかあっちにいた時よりも無口で暗くなっちゃって……そんな自分がイヤだなーって、色んな意味で強くなりたいなぁって思ったの」

 

「それで薙刀を?」

 

 愛ちゃんは頷いて答える。

 

「そしたら強くなって変われるかな……なんてね…それでやってみたら、偶然だけど私に少しは向いてたみたい。それなりに上手くなって、試合とかでも勝ったりすると、不思議に自信がついてみんなの中にも入っていけるようになったんだ」

 

 す…すごい。こんなにしっかり考えてて、しかもそれをこんなに言葉にして話せるなんて。

 愛ちゃんって薙刀だけじゃなくてそういう所もボクより全然上なんだ。

 

「……愛ちゃんはボクよりかなり大人なんだね」

 

 そう正直に言ったら愛ちゃんはびっくりした顔になった。

 

「えーそんなことないよー。なんだか自慢っぽくなっちゃったかな?ユウちゃんって話しやすいから、ついペラペラ喋っちゃって」

 

 ボクはあわてて首を振った。

 

「自慢なんかじゃなかよ!本当ボク感心したとやけん」

 

 動揺して普段あんまり使わない地元の言葉が出てしまった。

 

「ふふっ、ユウちゃんの九州弁かわいかね」

 

 そう冗談っぽく言って笑う。

 いや、そのちょっとしたイタズラって感じの、愛ちゃんの九州弁のがかわいいって。

 

「ところでユウちゃんが薙刀を始めた理由はなにかあるの?恵子ちゃんに誘われただけじゃないよね?」

 

 中学の部活より練習が少ないから……なんてことは言えない。

 それに今はもうそれはそんなに大きい理由じゃなくなっていた。

 

「それは──」

 

 ボクが言いかけた時、佐々木先生が集合をかけた。

「ほら、祐希いつまでも喋ってないで行くわよ」

 恵子に急かされる。美咲は笑ってお先に〜って言っている。

 

 愛ちゃんは小声でまた今度と言ったので、ボクもそう言って先生の元へ急いだ。

 

 

 薙刀を始めた理由、愛ちゃんみたいに強くなりたいから。今度聞かれたちゃんと言えるだろうか。

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