世界を紡ぐ者


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 それからいつも、ハバリには悪夢が付きまとった。

 生まれ変わった世界で、ハバリはいつも夢を見る。それは、世界の夢だった。新しい世界を、ハバリは同じ命として生きられない。彼だけは、他の人々と違うからだ。


 世界が転生するたびに、人々も当然みな、転生する。前世を忘れて、新しい人生を歩みだす。時たま前世の記憶を持つ転生者もいるが、そんなことはハバリの身からすれば、ささやかな差異だ。

ハバリは唯一、転生をしない者なのだ。生まれ変わる世界の仕組みを知った時から、ハバリは老いることも、生まれ変わることもなくなった。異なる世界へ転生する世の中で、ただひとりなにも変わらないまま、長い年月を生き続けている。だから彼は地上の人としてではなく、天上の者として、その眠りの内で世界の様子を知る。彼が目覚めて動くのは、世界が滅びる間際だけだ。


 新しい世界は、いつも最初は希望に満ちている。不思議なことにこの世は、次の世界に生まれ変わる時、いつも必ずどこかの世で人々が編み上げた物語を模倣して変わった。ハバリにはその物語まで指定することはできなかったが、どんな種類の物語を模すかまでは関与できた。

 だからハバリはいつも、善き人々による幸福で退屈な物語が、新たな世界の礎となるよう力を使った。もう二度と、あの炎の日のクズどものような、悪しき人間に振り回されたくなかったから。あんな人間たちは排除して、平和にまどろむような人間だけに、世界を築かせようとした。


 けれど、いつもそれは上手くいかなかった。いつも必ずどこかで、世界が模倣した物語は破綻した。人々の夢見た幸せな絵空事のまま、平和に進んではいかなくなる。

 疫病が流行り、争いが起き、理不尽に善き者が虐げられ、悪しき者がのさばった。何度何度繰り返しても、物語のように平和で幸せな世界になりはしない。そのたびに、ハバリが見る夢は悪夢に染まった。

 治らぬ病に苦しむ声、罪もなく嬲られる幼子、虐殺のための戦――数えきれない悪夢を、現実に世界に引き起こされた悪夢を、夢に見る。

 こんな人間たちを見るために、何度も世界を繰り返しているわけではないのに。


 やがてハバリは、世界がほころび出したら、さっさと終わらせて次の世界に転生させることを選んだ。理想通りにいかないと分かった世界に、用はない。物語からのズレが、ほころびのサインだった。

 世界が転生する根本のことわりは、関与する力を得てなお、ハバリにも分からなかった。それを究明しようとしたこともあったが、いつしかままならない世の様子に、真理の追究はどうでもよくなった。世界はいくどでも、設定を変え、生まれ変わらせることができる。それに多少、ハバリは影響を与える力を持っている。そのことだけが、大事になった。


 世界が平和な物語からのズレを見せるたび、ハバリは終末を待たずに世界を滅ぼし、新しく生まれ変わらせた。滅ぼすには、ハバリをして多少その世界の理に従わなければならないところがあるのが面倒だったが、悪夢を見るよりずっといい。


 いくど世界を繰り返してなお、あまた他の悪夢を数えてなお、いまだあの日を夢に見る。姉や弟の声や顔を忘れても、あの時の炎の熱と抱いた恨みと憎しみは、離れていかない。

(炎は嫌いだ。性根の歪んだ悪人は、もっと嫌いだ)

 もうあんな奴らが世界にのさばらないように、すべての命を切り捨てて、すべての未来を無きものにして、望み通りの世界になるよう、ハバリは転生を繰り返した。


 澱んだ空気を重く纏いながら、苛立たしげに白い影は廊下を歩いていく。右手の傷痕が疼いて仕方がない。窓から眩く差し込む優しい月明かりも、その凍りついた面持ちを溶かすことは出来ないようだった。

 が、自室の扉を開けたとたん。鋭く眉間にしわを刻んでいたハバリの表情は、ポカンと間抜けに口を開けた。


「よ、邪魔してるぜ」

 ゆったりとした居室兼寝室。その奥のベッドに、シーツの上に菓子を取り散らかして、憚りもなくごろりと横になった男がいた。炎のように赤い瞳がハバリを見上げ、気の抜ける笑みを浮かべている。


「おっ……前、レーテ! 君、人の寝台の上でなにしてんだよ!」

 先の冷たく陰鬱な怨嗟が瞬く間に抜け落ち消えて、代わりに端正な顔を鮮やかな怒りが彩った。胸倉に掴みかかった右手からは、気づかぬうちに、痛みは消えてなくなっていた。



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