マスコットキャラクター


 ◇



「……疲れた……」

 寝室へのドアを開けながら、アランサスは力なくこぼした。

 今日は学院生活幕開けの初日。今朝方彼らがひと騒動起こした礼拝堂での入学式典礼の他に、行事や授業はない。典礼後の茶番劇でだいぶ精神を消耗したアランサスとしては、ひとりでゆっくり休みたかったのである。 


 ごろりと着の身着のままベッドに寝転がる。ふわふわと心地いい綿の感触に、絹の滑らかな肌触り。まだ用意したての時に染みこませた香水が残っているのか、よい香りもする。このまま心地よさに任せて眠ってしまえそうだ。


 そこへ、ピィと鳴き声がした。

 うつぶせのまま顔だけ上げる――と、目の前の枕元に薄桃色の小鳥が降り立っていた。

「お前、元気になったみたいだな」

 微笑み、首元を指先で撫でてやる。怪我をしていた羽はヒロインの回復魔法で治癒されたのだが、元気がいまひとつだったのだ。そのためアランサスが引き取らされ、様子を見てやることになったのである。朝方は、彼のベッド脇の小机に置いた籠の中、静かに目を閉じていたのだが、飛び回る気が出てきたらしい。


 しかし、いまさらに思えば、めずらしい羽根色の鳥である。淡い紅色は、前世にあった桜の花びらの色に似ていた。アランサスが興味を持っていなかったからだけかもしれないが、このあたりでは見ない種類の鳥に思える。

「そういや、お前、なんかどっかで……」

 アランサスが撫でる指先を止めると、ぱちぱちと淡い空色のつぶらな瞳が瞬いた。瞬間、とうとつに脳内に映像が翻る。アランサスは思わず飛び起きた。

「思い出した! 乙女ゲーのサポートマスコット! お前、それだろ!」

 設定は確か、力を失った聖鳥だった気がする。ゲーム進行のお助けキャラとして、攻略キャラクターの好感度確認機能として、『ヒロイン』にあれこれ助言をしていた鳥だ。『焼き鳥にしてやろうか』と姉がさんざん罵っていた。わりと辛辣で口の悪いキャラクターだったはずだ。


「え? っつうことは、お前、しゃべれたりす、」

 そこでぼんっと軽い爆発音が耳を突き、視界を薄桃色の靄が覆った。それが薄れるとともにピンクの羽根がベッドに舞い散る。散らかってしまう――と、掃除を面倒がる気持ちが訪れる間もなく、アランサスは息を飲んで目をひん剥いた。

 靄の中に人影があった。明らかに華奢な、まるい、やわらかでしなやかな身体の線。長い髪――


「……しゃべれたり、する……」

 明瞭になった視界のもと、空色の大きな瞳が瞬いた。気圧されそうなほどまっすぐに、アランサスを見つめてくる。年のころはアランサスと同じほど。剥き出しの細い肩から桜色の長い髪が、シーツの上へ流れ落ちている。折れそうに細い首元と透けるように白い肌――

 アランサスはそこで勢いよく天井を振り仰いだ。これより下に視線が行くのは、どう考えても最悪で非常にまずい。


 麗しい美女も服を脱いでしまえば細マッチョの男――それが、どっかの令嬢のせいで頭に刷り込まれていた当然の絵面になっていたことが嘆かわしい。美女が服を脱いでも可憐な少女の姿のままなのは、アランサスの常識には今のところない事態だった。


 足元に寄せていた上掛けをひっつかみ、少女へ投げかけると、アランサスは心中絶叫をあげながら部屋を後にした。もはや身に余る状況だ。助けを――助けを呼ばなければならない。







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