魔物の奇襲
にわかに影が差し、飛び去る鳥のわめき声とともに、樹が倒れ込んでくる。先の爆発でアランサスの背後の大樹が、根元から真っ二つに爆破されたのだ。
目を瞠るアランサスの腰を抱いて肩に抱え上げ、小鳥を胸元に庇ってヒロインが地を蹴る。それに銀糸を靡かせてリュデが続いた。
大地を揺るがせ、大樹が倒れ伏す。と同時に何かが高速で彼ら目がけて飛んできた。丸い球体。黒く、小ぶりで、鉄製の――
「しゅ、手榴弾! なんで⁉」
「は? なんだそれ」
「前世の、ああ、ともかく! あれがさく裂したら、死ぬ! 俺たち死ぬから!」
ヒロインに抱き上げられたままその太い首筋に抱きついて、アランサスは天を仰いだ。が、隣の令嬢がにやりと唇を引き上げる。
「よくわからねぇけど、あれ止めればいいんだな?」
パチンとリュデが指を弾いた瞬間。空を白銀の刃が滑った。弧を描き落下する手榴弾へ向けて降り注ぐ。
アランサスは絶叫した。
「ちがっ! いや、そうなんだけどそのやり方でもなんか死ぬ気がする!」
「は? もう遅ぇよ!」
爆裂するより早く刃が切り裂いた手榴弾は、しかしその衝撃ではじけ飛んだ。絶叫とともにアランサスが腕を薙ぐ。と、その腕から散った光の粒子が鏡の盾となり、唸りをあげて飛散した鉄の塊から彼らの頭部を守った。
「……た、助かった」
「なんだ、あれ。爆発とともに飛び散る欠片がまずい代物なのかよ。先に言え」
「あの短時間に言えるか! よく知らないものに突っ込むの、やめなさい!」
「アランサス殿」
見た目ばかりは愛らしい唇を尖らせるリュデへ、アランサスは涙目で噛みつく。そこへなだめるような穏やかな声が、手榴弾が飛んできた方を指し示した。
「あれはこちらでは見ない種類の魔物だが……前世の世界にいた何かか? それとも、王都周辺の固有種か?」
目をやれば、木立の向こうから十数の人影が彼らの方へ猛然と走り寄ってきていた。彼らが纏うのは、アランサスとして生まれてこの方十八年、お目にかかったことのない迷彩柄の衣服。携えているのは、朧な前世知識に頼るなら、アサルトライフルと呼ばれている小銃だ。まるでこの世ではない――前世のどこかからか、軍の兵士たちが現れ出たかのごとき出で立ちである。
が、それも首から下までの話。彼らの頭部は鈍色に光る肌に六つ深紅の目が並んだ、山羊に似た異形の姿をしていた。あれはこちらに生息する魔物に近い。
「前世でも今生でも存じ上げない存在ですねー! なんだよ、あれ!」
「ああいうの、お前の言う乙女ゲーには出てこねぇの?」
「出てこないよ! いや、よく知らんけど! 少なくとも、俺の知ってる乙女ゲーには出てきてないから、あんなの!」
「相変わらず役に立たねぇ前世知識だな。あてにした俺が悪かったよ」
「なんか屈辱」
瞬間、銃声が空気を震わせた。焼け焦げた火薬の臭いがあたりをみたし、弾幕の嵐が降り注ぐ。それをリュデの掌から吹雪のように生まれ出た刃が切り刻み、防ぎ止めた。こいつは切ってもよさそうだな、と笑って、生き生きとリュデは異形の群れと向き合う。
「ともかく、あいつらはこっちを殺す気らしい。なら、ぶっ倒すしかねぇよな?」
にやりと、
瞬間、彼の振り抜いた腕の軌跡から無数の刃があらわれ出て、異形の上へとなだれ落ちる。目も眩む白銀の奔流が、跡形もなく異形の身体を切り刻んだ。
「か……過剰攻撃に躊躇いがなさすぎ、こわ……」
ぎゅっと、別の恐怖でアランサスはまだ肩に抱き上げてくれているヒロインにしがみついた。ぽんぽんと大きな掌が、その怯える背をいたわるように叩いてくれる。
が、有り余る攻撃に無残に草地に散った異形の残骸たちが、どくりと脈打った。欠片が影のように伸び広がり、くっつきあって、ひとつの巨大な形を作っていく。濁った赤黒い体液がぐるぐると流動したまま身体となり、不気味な山羊頭がぶるりと振るわれた。巨躯の影がアランサスたちを覆い、ぎょろりと動いた赤い六つ目がその小さな姿をじとりと見下ろす。
「え……? どうするの、これ……」
「一応聞いてやるけど、これ、乙女ゲーではあった展開?」
愕然と見上げるアランサスへ涼やかに幼馴染が問う。分かってるだろうと、彼は震える唇を半ば捨てばちに引き上げた。
「こんな展開になるって知ってたら、今日ここに来ないで逃げてたっつうの」
「ゲームとは違う展開か……。とはいえ、こやつは倒さぬわけにはいかぬだろうな」
ヒロインが難しい声で唸り、アランサスを下ろした。胸元の小鳥を彼に預けて背に庇い、巨大な魔獣の方へどっしりと歩み出る。鮮やかに黄色のレースが踊り、三つ編みにした長い髪が雄々しくなびいた。その隣へ、青く艶やかに、海色のドレスの裾が翻る。
「んじゃ、とっとと片付けようぜ。こうもでかいとさすがに騒ぎになる。ここは学院領内だ。学院棟からはだいぶ離れた裏庭だが、じきに誰かが駆けつけてくる。俺たちは正体隠す身の上だからな。暴れまわってるところを、見られるわけにはいかねぇだろ」
紫色の妖艶な瞳は、並ぶ虹色の双眸を笑み混じりに見やった。
「手持ちの武器がないなら、貸すぜ?」
「いたみいる。だが、手間はとらせぬ」
微笑むと、ヒロインは厳つく太い指先をぐっと握りしめた。とたんその拳の内から陽の光を弾いて、砂の粒子が溢れ舞う。彼の手から巻き起こった砂嵐は、やがて一振の両刃斧を象ってヒロインの腕の中に納まった。
「鋼とまではいかぬが、切れ味は保証しよう」
「頼りになるな」
にやりと、心得た様にリュデの唇が引き上がった、瞬間。
魔獣の澱んだ体液渦巻く身体から、無数の銃口が飛び出し火を噴いた。先の銃撃より弾数も多く、風切る速度も格段に速い。だが躊躇いの欠片もなく、細く高い華奢な踵は駆け出していた。草地を抉り、土を蹴散らし、銀色の髪が日差しをきらめかせ涼やかに泳ぐ。
「でかくなっても同じ手とは芸がねぇな!」
弾丸の雨の前でも怯みもせずに、麗しい唇は高らかに笑った。振り上げられた華やかなレースの袖が描いた軌跡。それを辿って、白銀の刃が煌めき、空を滑る。
飛び来る銃弾を斬り放ち、駆け抜けて、刃は魔獣の巨躯を切り刻んだ。黒い血飛沫が青空へと吹き上がる。が、その血潮が生きもののようにねばりと動き、くっつきあい、瞬く間に肉片が元のように繋がっていった。そのうえ宙へと撥ね上げられた頭部は、首から下がないのもものともせずに、ぐるりと不気味に六つ目を動かして、上空からリュデを睨み下してきた。
と同時に、山羊頭の口ががばりと開いた。赤黒い口に草食らしから鋭い歯がずらりと並んで不気味に光る。唸りをあげて急下降してきた頭部を、リュデはすんでのところで飛びのき避けたが、噛み千切られたドレスの裾が無残に散った。そのまままだ避けた体勢を戻しきれぬリュデに追い打ちをかけて、再び頭部が加速して飛んでくる。避けきれないと、悔しげな舌打ちが赤い唇から漏れた。瞬間。
牙剥く山羊頭を、砂塵の穂先が顎下から貫いた。穿たれた衝撃でぐらりとゆれ落ちた頭部を、待ち構えた巨大な斧がとらえる。華やかに舞い踊る黄色い裾とともに、振り抜かれた斧の一撃は、間違いなく頭部を真っ二つにする――と思われた。しかし。
切り刻まれた胴が繋がり戻ってしまっていた。首なし胴体が叩き込んできた腕のひと振りに、斧の一撃は阻まれ、勢い良くぶつかり合い、弾かれた。
勢いでヒロインの身体が草地を滑るようにふっ飛ばされる。踏ん張り、その身をとどめたヒロインの隣へ、リュデが並び立った。
「助かった、恩に着るぜ」
「当然のこと。礼はいらぬ」
淡々と短く言葉を交えながら、ふたりの視線は魔物から片時も離れず、睨みつけていた。
「あやつ、やはりと言おうか、通常の魔物ではないな。命の気配がしない。が、頭部を狙われるのを嫌っているな」
「だよな。守りも胴体より硬くなってやがる。だがひとつ、気になることがある。最初の群体を切り刻んだあとだ。残骸がくっつきあう時に、一瞬、ちかちか光る妙な石みたいなもんがあった。で、それが、さっきあのでかい胴体を刻んだ時は出てこなかった。だからその光る石はもしかしたら……」
「あの頭部に潜み、それこそが奴の再生の核であり、かつ弱点である可能性がある、というわけか」
「ああ、そういうこ、」
「あー! 思い出した!」
突然、張り詰めたふたり会話をぶち破り、うしろから間の抜けた大声が響きわたった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます