第8章 言い換える
そのまますらすらと解説を続ける。
「まとめると、この句は俳句の中でもスタンダードな型で、句の切れ目はありません。あと、気になるのは「にぶらせる」ですね」
「たしかに、どういう意味かわからないわね」
漢字を当てるとしたら、「鈍らせる」だろうか。「君」を鈍らせる名残雪とはどういう意味だろう。雪が降るほど寒くて、動きが鈍くなる?寒いときに動きが鈍くなるのは、変温動物の特徴だけど、先生はトカゲでも蛇でもない。
次に気になるのは、やはり「倫敦」。
「先生、ロンドンにまつわる思い出、何か覚えていないですか?どんな些細なことでもいいですけど」
「そうは言われてもね・・・」彼女は苦笑した。
「倫敦と漢字で書くときって、限られていますよね。たとえば、店名などの固有名詞の場合とか、クイズの時とか」
「そういえば、クイズも好きだったわ。倫敦を「ロンドン」と読むことを教えてくれたのも、あの人だった・・・そうそう、思い出した。あれはちょうど五年くらい前かしら、主人がロンドンに行っていたとき、急に電話がかかってきて。こんな夜更けに誰だろうと思ったら主人なのね。それで、突然ハッピーバースデーなんて言うのよ、私の誕生日は前日だったのに!
私は勿論怒って、誕生日を忘れちゃったの、と主人を責めた。後で気づいたけど、主人は忘れていたわけではなくて、時差を忘れていたのよ。日本とイギリスの時差を。いずれにせよ、あの人はどこか抜けているところがあったわね。で、そのとき、たまたまクイズ番組を見ていた私は、「倫敦」のよみかたを主人に訊いたの。そうしたら、あの人は、僕が今まさにいるところ、ロンドンだよって言っていたわね、それからなんて言っていたか・・・僕はなんて馬鹿なんだ、誕生日を過ぎてしまうなんて。せっかく用意した誕生日プレゼントの意味が無くなってしまう、とも言っていた気がする。どういうこと、ときいても恥ずかしがって答えてくれなかったけど」
誕生日を過ぎたら意味が無くなる誕生日プレゼント?一体それは何だろう。
推理するべき点をまとめてみる。
第一に、どうして「ロンドン」をわざわざ漢字にしたのか。これはさっきの思い出と関係があるかもしれない。第二に、「にぶらせる」の意味は何か。もっと言えば、「にぶらせる」はなぜひらがなで書かれたのか。第三に、なぜ「名残雪」という季語を選択したのか。そして、最期に「倫敦の君」とは誰なのか。
このうち、「にぶらせる」を漢字ではなくひらがなにした理由は、頑張って考えれば分かるかもしれない。ひらがなにすることで柔らかい印象にできるというのが一つあるけど、柔らかい印象を与えたいなら、にぶらせる自体を言い換えた方がいいような気もする。
待って、言い換える・・・?私の頭の隅で、何かがはじけた。
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