第6章 パティスリーYUKI

「わたしの話はこれで終わりよ。何か分かったかしら、探偵さん?」冗談めかして先生は言った。

「そうですね・・・」頬に手を当てて考える。

「先生のご主人、由起夫さんはパティシエだったんですね。スイーツに疎い私でも、小島由起夫という名前には聞き覚えがあります」

たしか、世界を股に掛けて活躍するチョコレートの魔術師、みたいにテレビで紹介されていた。

「由起夫さんの店はパリ以外にもあったのでしょうか?たとえば、ロンドンとか」

「あったと思うわ」

一応、携帯を取り出して調べてみる。

「小島由起夫 ロンドン 店」と打って検索を掛けると、わんさかサイトが出てきた。その中の一つに、「パティスリー・YUKI ロンドン店」というのを見つけ、サイトを開く。

「パティスリー・YUKI ロンドン店は今月いっぱいをもって閉店いたします」というような文面が英語で書かれていた。ページを下の方にスクロールする。メニューにはチョコレートを使った本格的なケーキや、かわいらしいクッキーが並んでいて、どれもおいしそうだ。

「YUKIっていうのはわたしが案を出したのよ」

先生は得意げに言った。

「由起夫の「ゆき」と、わたしたちが出会った雪の日の「ゆき」をいれたらどう?って提案したの。最初は「パティスリー・コジマ」にしようとしていたからね、あの人」

「お手柄ですね」私は相づちを打ち、

「ちなみに、先生が飛行機を怖いと思うようになったのは、いつからですか」

「物心ついたときには高いところが怖くて、飛行機に乗ったのも小学生の頃の一回きり。その行き先も、ロンドンじゃなくて日本国内だったわよ」

「先生のお子さんはロンドンに行ったことは―」

「ないわ」

彼女は首を振った。

「では、国内で「ロンドン」が名前に付くお店に行ったことがありますか?」

「私もそれを考えたのだけど、覚えていないわね。多分ないと思う。それに、この紙に書かれているのは、漢字で「倫敦」でしょう。どうして漢字にしたのかしら」

確かに妙だ。わざわざ漢字表記にしたのは、何か意味があるのだろうか。結局、この俳句に戻って考えるしかないのだろう。私は手元のちっぽけな紙片を見つめた。

「倫敦の君にぶらせる名残雪」

震える筆跡で書かれており、病室に持ち込んだ本に挟まれていたとなると、小島由起夫さんは亡くなる直前にこの俳句を書いて、本に挟んで隠したということになる。

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