第45話 陽が沈む時
「夜営をするぞー!」
っと、もう今日はここまでか。
この世界はナーロッパだが、残念ながら宿屋が常にどこにでもある訳じゃない。
いや、重商派の支配する北部では、人通りを多くする為に宿場町を作る流れもあるが、少なくとも中央は違う。
だからこうして、貴族でも夜営をしなくてはならない場合がある。
もちろん、貴族の夜営は豪勢だ。
天幕を張り、ベッドを用意して、食事も豪勢にやる。無駄だが、それが格式ってもんだからな。
一方で俺は……。
「よいしょっと」
……魔法チートであらかじめ作っておいた、現代のキャンプギアに近い性能を持つキャンプセットを、容赦なく使う。
何故か?
そんなん、快適な生活がしたいからに決まっている。
目立ちたくない、が、しかし、快適な生活をしたい。仕方ないのだ、仕方ない。
そんな訳で俺は、ファイアスターターで紙に火をつけ、炭火を熾す。
「わあ、上手上手……」
パチパチと、弱々しい拍手を送ってくださるローザリンデ。まだ居たのか。
「ローザリンデ様、貴族の格式的に、野卑な冒険者と共に夜営などなりませぬ」
俺がわざと丁寧に言った。
「それですが、先生。ミスガンシア伯は、ローザリンデ様のお食事を用意してほしいとのことです」
と、横から従者コンビ。
「ウッソだろお前?」
「先生は、それだけの信頼を得ております」
まあ……、じゃあ……、良いけど……。
で、今日の晩飯は……?
うーん……、天ぷら!
「ほう、フリッターか。南方の料理なのだが、博識だな?」
……なんか、天ぷらを揚げてたら、ミスガンシア伯がポップした。
「なんすか?なんなんすか?」
俺は即座に、ずんだの妖精となって対抗する。
「いや、他意はないぞ。珍しいものを見たと言っているだけだ」
「なんすかあああ?!」
「ふふ、ドルー?許してあげて?お父様はね、ドルーに舐められ過ぎて、やり返す隙があると、つい刺したくなる、の」
それは笑えるな。
「へえ、そうなんだ」
「こ、こら、ローザ。嘘を言うのをやめなさい!」
「ふふ、お父様はね、ドルーが魔法使いなのを、必死に隠すところが、面白いんだって」
瞬間、空気が死ぬ。
「……あ、秘密だった、ね?ふふふ」
本人は笑っているが、笑い事ではなかった。
まあ、うん。
バレていることは、こっちも分かっている。
よく考えてほしい、夜営でいきなり天ぷら揚げ始める奴、まともじゃないだろ。そりゃ、魔法使いかなんかだわ。
だがその辺は、あえて言わないでぼかすことで、曖昧にしておいたのだ。その方が、色々と都合がいいからな。
それを、政治も何も分からないローザリンデは、はっきり言ってしまった……。
……違うな。
多分、ローザリンデは分かっている。分かった上で、言ったんだろう。
本気で今回、俺の懐に飛び込んでくるつもりだ。
いきなりヒロインレース最前列に突っ込んできたな……、面白。
「ローザ……、アンドルーズは私の大切な、特に重要な民なのだ。分かるな?」
「ふふっ、お父様、怖いお顔……。ドルーもね、多分、バレてること、知ってた、よ?」
「……そうだとしても、それを口に出さない、暗黙の了解があったのだ」
「それじゃあ、ずーっと、ドルーとは『遠い』まま、だね?」
「む……」
お……?
「お父様は、お金になるドルーを、逃したくないんだよ、ね?分かるよ?……でも、身内になるなら、ちゃんと話さなきゃ、ダメなの」
ふーん……?
やっぱり、「血」だな。
貴族らしいことは殆ど何も教わっていないはずのローザリンデだが、動きとしては貴族らしい。
やはり、高貴さとは、教育だけで身につくものではないんだなあ。
「ローザ……」
「お父様?私、本気なの。本当に、ドルーを愛してる。貴族じゃなくなっても、ドルーと一緒に居たい……!」
「そこまでの想いか……。お前の気持ちを、軽く見ていたようだな。詫びよう……」
「ううん?私も、できれば、お父様と会えなくなるのは、嫌だよ?でも……、『選ぶ時』が来ちゃったら、ドルーの方に行く」
「……分かった」
うし、できた。
「天ぷら揚がったんだけど食う?」
「アンドルーズよ、改めて頼もう。我が娘をな」
「知らん知らん!逃げ込んでくる分には衣食の面倒をみるが、他のことは知らん!俺の管轄外だ!」
「今はそれでよい。しかし、我が娘を与えるのだ。何かしらの役職には就いてもらうぞ。名義上だけでもな……」
「実際、裏向きには『医務長』だろうが!もうヤダよ俺、これ以上肩書き増えるの!」
辺境の賢者だの、異端者だの、スラム唯一の医者だの、裏の肩書きが多過ぎる!
「しかしだな」
「俺はっ……!俺はただ、適当に知識と技術でチートしてオレツエーして!そこそこに金を稼いで女の子にモテて!遊んで暮らしたいだけなのにっ!何で、義務を課すような酷いことをするんだッ!!!」
「……うむ、気が変わった。貴様は何かしらの役職に縛りつけた方が良さそうだな。制御できる存在ではないが、制御しようとせんと、本当に止められなくなるわ」
うーん、ド正論である。
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