第44話 馬車の上、語る二人

貴族はなあ、やっぱりなあ。


本当に、面倒臭いのだ。


例えば、ミスガンシア伯。


この人は、かつて、不敬罪で平民のことを打ち首にしたことがある。


地球で「不敬罪!」なんて言うと、ジャンプの海賊漫画に出てくる悪い王様で、麦わらのゴム人間にボコボコにされるポジションの敵じゃん!と思えるが……、そんなミスガンシア伯が、この世界では型破りレベルの穏当さと言ったら分かるだろうか?


マジで、貴族は「違う」んだよ。


一般的な貴族だと、そもそも、平民と話をしない。


ほら……、昔のマフィア映画とかでさ。偉そうなマフィアのボスは、直接手下と話さないだろ?幹部というか、御付きの者がまず手下から話を聞いて、その御付きの者がボスに耳打ちで話すじゃん。謎にワンクッション置く感じ。


この世界の貴族は、大体あんな感じだ。


それが、嫡流だと特にそう。庶子ならば、割と話が通じる人は多いし、そもそもがお家の為に外部ともやり取りしなきゃならないってんで平民とも話してくれるが……。


厳格な家の貴族だと、話しかけただけでも不敬カウントで殺す!とか平気でやってくるぞ。


基本的に話しかけたらダメ、身体に触れるどころか、貴族が座っていた椅子に目の前で触れるのもダメとか言う謎マナー。


目も合わせちゃダメで、平民は貴族の前では膝をついて頭を下げなきゃならない。さながら、大名行列が如く。


話しかけるのはダメだが、話しかけられた時は受け答えをしなきゃダメで、その受け答えのマナーが適切じゃないとそれもダメ……。


マジで大変なのである。


それを、ミスガンシア伯は、俺が有能だからと対等に、目と目を合わせて、同じテーブルを囲んで茶を飲み合う。どうだ?めちゃくちゃ開明的だろ?それこそ日本で例えるならば、信長みたいな感じだよ。


そんな開明的なミスガンシア伯は、どんどん、冒険者みたいな下賤な連中を集めて、新しい土地を開拓しているのだが……。


これは他の貴族……、特に、高貴なる「貴族派」のお歴々からすると、敵対されてもしょうがないレベルの変態行為なのだった。


「他人が何やっても関係なくない?」だって?


そんな訳ない。


奴らはプライドの塊、「我々と同じ貴族が平民と仲良くしてるなんてあり得ない!」と、「我が国の貴族全体の品位が下がる!」って考えてるんだわな。


……その辺のバトルに巻き込まんでほしいが、ここでガーン!と勝てば、ミスガンシア伯は馬鹿みたいに大儲けする。


そうしたら、ミスガンシア伯を止められる者はほぼいなくなるし、ミスガンシア地方は富み、巡り巡って俺も儲かる。


賭け時ではあるんだよな〜。


……などと、俺が考えていると。


「ねえ、ドルー?構って?」


横から、ローザリンデがつついてきた。


まあ道中暇でもあることだし、仕方ないから介護をするか……。


「ローザ、寒くないか?」


「んー、大丈夫、かな?涼しくて、良い気持ち、だよ?」


「本当か?お前の感覚は当てにならん。震えは?手先は白くなっていないか?」


「ふふっ、真っ白」


「じゃあ上着着ろよ」


「ドルーの貸して?」


「何で?」


「好きな人の上着を羽織る恋愛小説がね、流行っているんだよ?知らないの?ふふ、ドルーは、乙女心が分かんないんだね……?」


「そう……(無関心)」


俺は無言で、膝掛けを取り出し、ローザに被せた。


因みに、これも貴族的にはマジで不敬。


女、しかも未婚の、しかもしかも未成年の女の子の肌に触れる?貴族の?……それだけで、殺されても文句は言えない。王家に「何故殺した!」と責められたとしても、理由がこれなら100%許される。そう言うレベルの不敬だ。


だが、俺はやる。


俺にはそれだけの力があるからだ。


北方の雄、ミスガンシア伯と対等に話せるだけの、力があるからだ。


……目立ちたくはない。ないが、令和の世を生きた日本人が、「人間らしい生活」をこの中世の世界でやろうとするならば、権力者の身内になり、大きな技術と力を持つしかない。


貴族とも対等に話せるんだぞと、力を見せ続けなくてはならない。


幸いにも、貴族と自然体で接するだけで、周りの奴らは勝手に俺に一目置いてくるから、そこは楽だな。


俺はナチュラルに調子に乗っているが、調子に乗ることを義務付けられてもいるってことだ。貴族でもなんでも、誰を相手にしても恐れを知らぬ愚者であり……、利益をもたらす賢者であり続ける必要がな。


そんな訳で、ローザの肌に触れつつ、膝掛けを被せて懐炉を渡す。


「ふふ、あったかい」


「大人しくしてろ、な?」


「私、いつも、お淑やか……だよ?」


「マジで言ってる?」


「本気だよ」


「凄えな、自覚とかねえんだ……」


「うーん……、でも、ね?私、あんまりワガママ言ってない、と思うな?」


「それは……」


……確かに。


貴族の女の子で、このレベルまで溺愛されている割には、あまりワガママは言ってないんだよな。


マジでヤバい貴族の女だと、「私の為に離宮を建てろ!」とか「領地の家畜を全部焼いてパーティー開け!」とか、無茶を言うからなあ。


こいつはただ、「体調がいい時はドルーと会いたいな」だけなので、めちゃくちゃに慎ましい。


もちろん、現代日本基準ではワガママなんだがね……。


「ドルー、ね?好きだよ。貴方が好き。ずっと側にいたい」


「困るんだよねー、そういうの」


「ふふ、ドルーは、直臣も嫌、だもんね?」


「長命種が定命の者に仕えると、ゴタゴタの元だしなあ……」


「ドルー、意外と……、大変?」


「そうだな、大変だ。けど仕方ない、生活の為だ」


「ふーん……。私、ね?貴族だから、分かんないけど、働かないといけないの、大変だね?」


「貴族だって働いてるよ。本当の意味で働けずに食っていける奴は、この世界にはまだいないんじゃねえかなあ……?」


資産を食い潰す道楽息子!なんて、生まれる余地があるほどの余裕が、この世界にはどこにもない。


貴族でも大商人でも、使えなければ実の子でも捨てられる。そんな時代だ。


「私は?」


「お前は……、養われてる身だしなあ」


「じゃあ、お父様に嫌われたら、死んじゃうんだ……」


「そうなるな」


「ふふっ、そしたら、ドルーが拾ってくれる?」


「えぇ……?嫌です……」


「本当は?」


「……まあ別に、家に置くくらいは良いんだよ。『青のほうき星』の女の子達も、どうしようもなくなったらうちに来いと伝えてあるしな。だがその場合は、妻にはしない。単なる下女として雇うだけだ」


「じゃあ、働けない私、詰んでる?」


「そっすね」


「ふふふ……、お勉強、教えて?」


「お前の付き人に聞きなよ。詳しいと思うぞ?」


と、まあ、こんな感じで塩対応を続ける……。

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