第42話 驚きの報せ

全く……。


スラムとの関係維持も大変だ。


毎日が夏休み!という感覚で生きてはいるのだが、たまにこうやって仕事が入ってくるのはなあ。


そんなことを思いつつ、家に帰ると……。


「「あ」」


「うわ」


男が二人、待ち構えていた。


一人は、ミスガンシア伯。ここの支配者たる貴族。


もう一人は、貴族の血縁者にして一級のストライダー、マクシミリアンだった。


うわ〜、このコンビだと、確実に面倒事じゃん。


やめてよね、俺は魔法チートで異世界スローライフしたいだけなんだから……。


「来たか。話がある、すぐに部屋に入れ」


ミスガンシア伯からのありがたいお言葉。俺の家なんですけど!とは言えない雰囲気だ。


とりあえず、二人を家に入れる。




「で?何があった?結論から頼む」


俺は、弟子にして愛人である魔族少女、トリスティアに命じて茶を淹れさせると共に、客間のソファに座り込んだ。


正面に座ったミスガンシア伯は、ゆっくりと口を開き……、一言。


「貴様にはこれから、王都へと赴き、第四王女様に謁見してもらう」


と……。


「はぁ?」


俺は思わず、半ギレした。


そういうのが嫌だからこの片田舎で医者やってんの!


こっちの都合も考えてよ!


「まあ、聞け」


手で制され、話を聞けと言われた。


いやまあ、ここにこうして話を持ってきている時点で配慮されているのは分かるし、ミスガンシア伯としても俺を手放したくない気持ちは伝わってくる。


とりあえず、怒る前に話を聞こうか。


「……第四王女は、バルタザール大公の娘の子だ。派閥的には貴族派寄りではあるが、王家の立場である故その辺りはあまり気にしなくてよい」


「で?」


「そんな第四王女……ルクレティア様は、美容に対して大きな興味がお有りでな」


ああ、石鹸か……。


貴族用に卸している、香り付き石鹸。要件はその辺の話だろう。


「貴様の石鹸について、話を聞きたいそうだ」


やっぱりな。


「そういうのは、権利関係をそっちに売り渡す代わりに、全部そっちで処理してくれる契約じゃなかったか?」


「流石に、王女たってのお願いともなるとな……」


「ふむ?」


「もちろん、可能な限りの条件を提示し、王家には極めて大きな譲歩を迫った。暗に断ったのだ。だがその条件を呑んだのだ」


なるほどね。


一応、王家に忠誠を誓う貴族として、ストレートで断ることはできない。


だが、暗に断るため、無茶苦茶な内容の要求を突きつける、と。


しかし、その無茶苦茶な要求を呑むくらいに、王女は俺に会いたがっている訳か。


「王家には何を要求した?」


「まず、開拓地の永年的支配権」


「ウヒョーーー!」


俺は思わず声を上げた。


この世界には、墾田永年私財法も、ホームステッド法もない。


まず大前提として、世界の全ては神のもの。転じて、神の代行者である王のもの。


王は諸侯に土地を貸して、諸侯は農民などにさらに又貸ししている……。


つまり、領地というのは、王の一声で取り上げられるものなのだ。


もちろん、名目上の話であって、本当に領地を取り上げるなんてまずやらないが……、「選択肢として領地召上げ」があるだけ違う。


戦国日本の地侍や国人のように、開墾した己の土地!取り上げられるくらいなら死んでやる!一所懸命!とか、感覚的にはそこまででもなく、あくまでも「土地の管理を王様に任された人」という感じだな。


そんな中で、事実上の土地の「割譲」は、最早独立国家になることを許しているにも等しい。


「そして、我が息子に王女を嫁がせろと」


「ウヒョーーー!」


俺は思わず声を上げた。


王女なんて普通は、外国の王家とかにやるものだ。貴重な外交カードである。


それを、自分の手下でしかない貴族の、しかもまだ何も成していない若造にやるなんて、異常だよ。


「最後に、関税の減免を」


「ウヒョーーー!」


俺は思わず声を上げた。


関税権のような、交易に関する税金の制定は、王家の大きな利権の一つだ。


そこを下げられたら、王家の実入りは大幅に減る。


うーん……。


「……これ、なんか、嵌められてない?」


「まあ、そうだろうな」


トリスティアが持ってきた紅茶の香りを楽しみつつ、サラッと言うミスガンシア伯。


「貴族派の策略だろう。恐らくは、何かと理由をつけて、貴様が異端者であると申し付け、王都で拘束。……そして、私の力を削ぐと共に、私が提示した条件も全て無かったことにする。ついでに、異端者を呼び込んだとして、王党派の面子も潰す気だろうな」


はあ……。


まあ、うん。


そろそろ、バレる頃合いだとは思っていた。


最近の重商派、儲け過ぎだもんね。


俺の異端治療と石鹸事業は、もう既に「クソデカ利権」の一つだ。


石鹸については、もうこの国の色町で置いていないところはないし、村レベルの庶民層にも定着している。


食器、服、人体、全てにおいて、汚れの落ち具合が全く違うからな。しかも固形で、持ち運びしやすく、消費期限も極めて長い。


そんな訳で、ミッドフォードには、石鹸工場が三つもある。


異端治療、「手術」については、金額よりもむしろ「借り」を押し付けられるところが大きい。


異端の治療を受けたという秘密を共有し、金額ではなく恩を売りつける。これが、貴族のような権力者のネットワークでは、あまりにも大きい。


……で、その上でミスガンシア伯は、長年続けていた開拓事業が大成功。人類の領域を広げ、この大陸の北端までへの道を拓き、そこに新たな街を作った、と。


功績がデカ過ぎるわな、それは。


因みに、余談だが、石鹸や俺の提唱したアルコール消毒などを利用した衛生管理は、開拓前線の死亡率を三割くらい下げたなんて話もある。


「そうか……。まあ、王家からの命令じゃ、俺も行かなきゃダメか……」


一応、市民権があるからな。市民権があるということは、この国の人間として、義務を果たさなければならない。


「安心するがいい。此度の策略は全て逆手に取り、王家から利権を得る。そうしたら、貴様にも利益を供給しようではないか」


うーん、上手くいくかねえ?


いや、ミスガンシア伯に上手くいってもらわんと、俺が困る。


ちょっと協力してやるか……。

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