第41話 『鉤爪』

チンピラ共を振り切って、『鉤爪』に会いに行く。


『鉤爪』というのは、このスラムの総元締めである男で、俺も昔世話になったことがある男だ。


そうでなくても、スラムの住人を診る数少ない医者だってんで、何かとあの人とは縁があるのだ。


で……、会いに行く理由だが、基本的には『鉤爪』の診察と、鉤爪の点検。それと、ガキ共の給料の払い込み辺りか。


もちろん、会話も重要だ。


世間話も立派な情報交換だし……、そうやって仲を深めておくと、俺に何かあった時に、スラムの手を借りられる。


毎度言っていることだが……、俺は魔法が自由自在に使えるが、それは最強無敵を意味しない。


確かに、ミサイルのような魔法で遠隔攻撃で街一つを消し飛ばす!とかは普通にできるが、間合いに入ってこられると、普通に斬り殺されかねないんだよ。


強い自覚はあるが、青のほうき星の団長であるカトリーナくらいの戦士数人に囲まれたら、普通に殺される。いや、対抗する魔法もあるが、ワンチャンやられてもおかしくない。


カトリーナは元々、貴族のエリートで近衛騎士だったが……、逆に言えば、近衛騎士クラスが複数間合いに入って来たらマジやばい!くらいの戦闘能力しかないのよ、俺。


近衛騎士クラス、まあ上澄みっちゃ上澄みだけど、割といるからね?


今から会う『鉤爪』もそうだ。それくらいの実力はある。


なので、魔法をフル活用すればRPGの魔王的存在にはなれるけれど、勇者的存在である腕利きの暗殺者グループにワンチャン殺される程度の人間な訳だ、俺は。


決して、人間が何をしても絶対に勝てない無敵の存在!!!とかじゃない。


だから、慎ましく生きるし、周りの人々と縁を結んで味方を作る。


調子に乗っている面はあれども、俺の持つ能力相応のふざけっぷりでしかない。犯罪とかはやっていないのだ。


……っと、そうこうしているうちに、スラムの奥地まで来たな。


ここは、昔の砦。


まだ、この街の北部が開拓の最前線だった頃に使われていたものだ。


もちろん、補修なんてされていないから、雨風で傷んでボロボロだし、苔や蔦なんかも生えてしまっている。


それでも、中に入ると小綺麗だ。


「おお、どうも」「あ"ぅ」


その中で静かに白湯を飲んでいる……ように見せかけた、『鉤爪』の護衛。


『石目』と『焼肌』がいた。


その名の通り、両目が石の義眼の男と、火傷で爛れた肌を包帯で隠したミイラ男の二人だ。尚、『焼肌』は舌も逝ってしまっていて、話せない。話すのは『石目』だ。


「よう。『鉤爪』は?」


「旦那は奥ですよ」


「分かった。あ、これ、土産な」


ベーコンを渡す。


「おや、ありがとうございます。これは……、ベーコンの匂いだ。いい酒のアテになりそうですね」


「酒なんて飲むのか?」


飲んでいるところ、見たことないけどな。


「我々も晩酌くらいはしますよ。昼は飲めませんがね」


「ああ、護衛だもんな」


『片脚』もそうだが……、こいつらどう見ても、『鉤爪』に仕えてるんだよなあ。


多分、『鉤爪』は貴族か、それに近い存在だったのだろう。


それも、こうやってスラム街に落ち延びて、碌な俸禄も払えなくなっているのに、何人もの手下が従っているレベルの。


恐らくは教会関係だと思うんだけどなぁ、あんまり過去のことについて突っ込むのはちょっと怖い。『鉤爪』、メチャクチャ強いし。


「……先生、その辺りはあまり」


「悪かった、知られたくないんだよな?しかし、気付いている奴は多いと思うがね」


「多くに知られないなら、それで良いんですよ」


「まあ、それもそうか。じゃあ、『鉤爪』と会ってくる」




奥の扉。


恐らくは、砦の将校がいたであろう、執務室。


そこに、『鉤爪』はいる……。


「いらっしゃい、アンドルーズ君」


『鉤爪』……。


赤い髪を伸ばした、壮年の男。


しかし、髭も生やさず、小綺麗にまとめられた印象、清潔感は、年齢よりずっと若く見える要因になっていた。


四十年前からスラムにいるらしいが、それでも「壮年」の見た目。人であることは間違いないが、長命種との混血か?或いは、魔力が多くて老いにくいのか……?


それは分からないが、若く見えるのは確かだ。


涼しげな顔つきはハンサムではあるが、どこを見ているか分からない虚空の目は、非人間的な恐ろしさがあるな。


で、もちろん、左腕は肩の根本から無く、その代わりにブリキの義手が、「鉤爪」の付いた手がある。


「来たぞ、『鉤爪』。子供達に渡す金を持ってきた」


「寄付をありがとう。必ず、このスラムの人々の為に役立てると誓うよ」


そうだな、寄付ということになっている。表向きには。


実際はスラムへの献金で、スラムの子供達を働かせた給金には多過ぎる額を包んでいる。


これは、もちろん子供達の給金としても使われるが、それ以上にスラムという組織へのショバ代?みたいなもんである。


この金を払うようになってから、俺の店の周りには何故か半グレのチンピラなどが湧かないし、俺の店の前は何故かいつも綺麗で、何故か俺の店に盗みや強盗なんかは入ってこない。なんでやろなあ……?


とにかく、その謎の便利現象を起こす為に、俺はスラムに金を払っているのだ。


『鉤爪』と縁を結んでいるのも、その為。


個人的な恩義の話もあるが、それ以上にビジネスの関係……、という話だな。


それに、他の組織と争うヤクザと違って、『鉤爪』は基本的に、スラムの管理者であって、外部の誰かと争ったりすることはない。そういう意味でも、信頼できる投資先?みたいな感じだ。


また、『鉤爪』本人の戦闘能力も魅力だな。恐らく、俺が魔法なしでは勝てないカトリーナより、遥かに強い。多分、この国の『自由騎士』とか、或いは東の『将軍』とか、そんなレベルだ。冗談抜きで一騎当千級。こういう人には、是非味方でいてもらいたい。


「子供達にも、食料を恵んでくれたりと、君には慈悲の心があるね」


ニコリと笑う、『鉤爪』。


こいつ、やっぱり、こういうところが神官風だな。隠す気ないだろお前。


……まさか、元『聖騎士』とか言わんよな?


だったら、マジで間合いに入られた瞬間やられる自信があるぞ。


前に見た聖騎士は、洒落にならない強さだった……。


「慈悲なんてねえよ。肉は余ったからくれてやっただけだ。ただ腐らせるのよりは、点数稼ぎに使った方が得だろう?」


俺は、色々と考えつつも、とりあえずはそう返した。


「そうだね。人助けとは、自分の得にもなる。そういう面もあるだろう」


「あー、聖書の講義はまた今度に」


「おや、聖書だとよく分かったね?」


「普遍的な善性だの仁徳だのってのは、宗教家が考えそうなことだろうに。どこでも一緒よ、マジで」


「そうかな?蛮地の神々の教えもかい?」


「ああいうところの宗教は、強者に対して下位者へ慈悲を示すことを指して仁徳ってんだ。『悪くなれ』と教えている宗教なんてねえ、どこも根源の部分は一緒だ」


「君は、神の教えに希望を持っていない。その割に、神を信じている。無神論者なのに、教えに忠実な人間だ」


まあ……、日本人だからな。


人に親切して、食べ物を粗末にしないで、目上の人を敬うのは、「神様がそう言ってたから」ではなく、純粋な「マナー」だと思っている。


俺のそういうところが、「神を信じてないのに教えを実行している謎の人」に見えるらしい。


「俺は洗練された都会的な色男なので、『神様の教え』を押し付けられんでも、自らの良識に従って謙虚さ親切さを維持できるんだよね」


「素晴らしいことだね。だけど、只人はそれが困難であることを知ってほしいかな」


「知ってるよ、いやってほど人間のクソさ加減は見てきた。あー、で、今日は報告と、スラムの公衆衛生について〜……」


「ああ、分かったよ。報告はまあ、いつも通りだから問題ないとして、スラムの公衆衛生は少しずつ改善の兆しがあって〜……」


まあ、敬虔な『鉤爪』とは、話が合わないところがあるが、人柄としては嫌いではない。


末永く、友人でいたいもんだ。

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