第39話 スラム街

今は、地球の暦で言うと五月くらいかな。


暑くも寒くもなく、過ごしやすい時期だ。


冬は店に籠り、暖炉の前でおもちゃ遊びばかりしていたからな。


そろそろ、アウトドアを楽しみたい。


元々俺は、どちらかと言うとアウトドア派でなあ。


生まれが東北の田舎で、子供の頃は毎日外で遊んだもんだ。


因みに、実家は地主だぞ。かなりデカい屋敷に住んでた。


山に登って、猟師の爺さんと猪を狩ったり、川で釣りをしたり、農作業の手伝いをしたり……。


あれはあれで、楽しい日々だった。


そのお陰で、この世界でも快適に暮らしていられるのかもな。


なんて言うのかな、ほら、田舎慣れ?


この世界は地球の田舎より田舎な訳だからさ、シティーボーイでは生きられないのよ。


夏の夜は虫の声がうるさくて、道は日本と比べりゃまあ汚ねえ。人付き合いも多いし、害虫やネズミにコウモリなんてのもその辺にいくらでもいる。鶏とか豚なんて、店の軒先で直接解体されてたりするし、人の死だって何度も目にする……。


こういうの、都会の清潔な空間で生まれ育った人にはキツいだろうなあ……。


前世に感謝しつつ、俺は、顔を洗って歯を磨き、飯を食って髪を整え、外出することにした……。


「あ、先生」


「おはよー」


おや、ガキ。


スラムのガキ共だ。


大人用のコートを、丈を直して、ウエストのところを紐で縛って無理矢理着ている少年が、バル。


サラシを巻き、大人用のズボンを履いて、上着にブカブカのシャツを着ている少女が、ミィ。


家の前を掃除してくれているみたいだな。


「よう、ガキ共。飯は食えているか?」


「死なねー程度には食えてるよ。もっと小さいガキ共に食わせてやらなきゃならないから、あんま食えてないけど……」


ほう。


まあ、これも横の繋がりか。


「ちょっと待ってろ」


俺は、家に戻って、キッチンからベーコンを取り出した。


定期的に狩っているボアのベーコンだ。


俺は、近頃は暇潰しに料理をして、自家消費しきれないほどの食べ物を知り合いに配るという、田舎のババアみたいなムーブメントをしている。


このベーコンも、余る運命にあるもの。あげても惜しくはない。


一塊で一キロはありそうなベーコンのブロックを五つ、布で包んで、麻紐で縛る。


「ほら、ベーコンだ。スラムのガキ共で食え」


「い、良いのか、先生?」


「ガキのうちに肉を食わんと、頑丈な体にならないからな。で、頑丈な大人になったら、『鉤爪』や周りのみんなを助けてやれよ?」


「あ、ありがとう!」「ありがとー!」


礼を言うバルとミィ。


『庭園』の家畜ではなく、この世界で手に入る材料を使っての習作を渡しただけでこんなに喜ばれるなんて、やっぱり周りが貧しいとオレツエーができて最高だな!


「あっ、そうだ!『鉤爪』が、先生のこと呼んでたぜ!」


「ん?用件は何だって?」


「『お茶を飲みに来い』、とか言ってた」


なるほど。


要するに、「金の支払いと近況報告をしろ」か。


俺はバルと共に、スラムへ向かった……。




「じゃーな!」「ばいばい!」


スラムの奥へと消えていく二人の子供を見送り、俺は、門番たる『片脚』に声をかけた。


「よう、『片脚』。『鉤爪』に会いに来た」


「おお、先生。『鉤爪』にご用ですかい?」


「いや、『鉤爪』側が呼んでいる。いつものだな」


「ああ……。じゃあ、入ってくだせえ」


そんな訳で、スラムに入場……。




この街のスラムは、旧市街地のことを指す。


二つ目の城壁の北側にある、元々は砦や兵舎を兼ねた場所だった。


北と言えば、開拓地。ストライダー達の最前線があるよな?


その開拓地が構築される前、街ができる前は、このミッドフォード北市街地が潤っていた。


このミッドフォード北市街地からストライダー達が出撃し、モンスターを倒して、北への道を拓いていたんだよ。


当時は、モンスターの攻撃も激しいもので、北市街地でそれを食い止めていた訳だから、城壁は高く分厚く、砦や兵舎は大きく堅牢に。


そして、そんな兵隊やストライダー相手に商売人が集まる。


私娼、宿泊地、屋台、飲食店、酒場に武具屋、薬品店も……。


……が、そんな栄華も今は昔。


この街よりずっと北、開拓地が開拓されて、前戦が繰り上がってしまった。


そうなると、この北市街は一気に寂れてしまった、と。


再開発しようにも、頑丈な兵舎と砦と城壁は取り壊すのが難しく、利益優先で好き勝手に増改築された街は、下手に手出しをする方が危険。


更に、そんな風なところだからと、マフィアや逃亡者、犯罪者なんかの脛に傷がある人々が隠れ住むようになり、もうダメ。


そんな訳で放置されて、見事スラム化。


かつての、中国の九龍城みたいな感じになってしまいました、と。

 

そう言う話だ。


で……、このスラム。


入ってみると、意外と賑やか。


この狭いエリアに二千人はいるんじゃないか?


人口密度が高いから多く見えるだけだろうか?


道は狭く、違法建築によってジェンガのように重ねられた建物のせいで暗い。


そこに、ところどころ灯された松明や蝋燭の光と、建物の隙間から漏れる太陽光で、道が最低限照らされる。


ボロ布を着た子供達が走り回り、明らかに障害がある老人が道の端で座り込んでいる。


汚い身なりの男が、何を煮込んでいるのやら分かったもんじゃない酷い匂いのスープを、片腕のない男の持つ器に注ぐ。


まあ、酷いところだ。


だが、まだ、マシな方の酷さだ。


最低限の秩序はある……。


「ァ、あ?先生、先生かい?」


おお、その辺を歩く老婆に話しかけられた。


恐らくは、俺の患者か、その関係者だろう。


自慢じゃないが、俺は、中心街のまともな医者達と違って、金さえ払うんならスラムの住人も診てやるからな。


スラムの人々からの人気はある方だと自認している。


「ああ、アンドルーズだ」


「ああ、ああ……。ありがとねえ、うちの息子の怪我を治してくれたんだって?」


「そうなのか?患者のことは、病状以外はあんまり覚えていないんだよ。まあ、金を払うんなら、俺は誰でも診るからな。何かあれば店に来るように」


「はい、先生。ありがとう、ありがとう……」


老婆に手を振り、先に進む……。


するといきなり、背後から肩に手を置かれた。


「よう、先生……」


さて、誰だろうか……?

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