第38話 ミスガンシア伯
フォートレスクラブを仕留めるというそこそこ大きな冒険から、三日。
すっかり普段の調子に戻った俺は、今日も店の運営を頑張ることとした。
この春の陽気の中だからか、怪我人や病人はそう多くはなく、五、六人のチンピラと娼婦を診て終わった……。
そして午後。
食事を終えた辺りで、呼び鈴が鳴る。
家のドアを開くと……。
「うわ」
「うわ、とは何だ貴様。私は領主だぞ、全く……」
領主が来ていた……。
しゃあないのでティーを出す。
茶葉は、『庭園』で自作したものだ。
カップは魔法で作ったシンプルな白磁。皿作りも俺の趣味の一つだな。
「で、何です?ご用があるんでしたら、呼びつけていただきたいんですがね」
俺がそう言った相手は、領主。
この辺り……ミスガンシア一帯の領主にして、貴族の派閥である『重商派』の主。
ミスガンシア伯、フィリップ・ゼル・モスティマーその人だ。
髭を生やした中年で、身体はがっしりとしている。貴族らしいな。
モスティマー家は五代前に貴族に成り上がった家系だが、その前からこのミスガンシア一帯で大きな力があった地方豪族。戦闘能力も高めだろう。
故に、この肉体だ。
戦士と言われても通用する、精悍な偉丈夫……。
まあ、貴族なんて強くないとやっていけないからな。
前に会った太っちょのギルメット子爵は、法服貴族だからね。領地持ちの貴族と違って、守る土地がないから文弱でもあんまり文句は言われない。法服貴族って官僚みたいなもんだし。
しかしミスガンシア伯は違う。
領地持ちの、しかも地方長官でもある。つまり、軍人や将軍も兼ねていることになる訳で、弱いことは許されない。
この人、立場的には、ミッドフォードを中心に複数の街を支配する伯爵にして、ミスガンシア全域に権限を持ち管理している……まあ辺境伯みたいな?
この辺の貴族の立ち位置とか、ごちゃごちゃしてるんだよな〜。
なんか掛け持ちできるらしくて、伯爵にして将軍とか、侯爵にして地方長官とか、そういう合わせ技があるらしい。俺は貴族ではないし、なるつもりも今のところないので、その肩書きカードゲームの強さ判定はイマイチ分からんね。
ただ、ミスガンシア伯は、伯爵という大きな領地を持った貴族であり、更に地方長官である。それ即ち、ちょっとした小国の王くらいの権限がある人ってだけ覚えておけばいいだろう。
そんな偉い人が、護衛もなしに、こんな悪所手前の怪しい薬品店に来ちゃダメでしょ。
……いや、多分家の前に二人くらいいるなこれ。人の気配がするわ。ミスガンシア伯自体も強いし、ここはこの人のお膝元の都市だしで、護衛はこんなもんでいいのかね。
「ふん、無闇に呼びつけ、日々の暮らしを邪魔するなと常々言っているのは、貴様の方ではないか」
「いや、そうですけど。でも、領主が直接出向くとか……」
「私も忙しくてな、今日しか時間を取れなかったのだ。呼びつける余裕がなかったということだ」
ふーん。
「で?ご用件は?」
「定期検診を受けに来た」
あー、もうそんな時期か。
「めんどくせーな、分かりました。じゃあやりますか……」
「……貴様、私の領地に身を寄せることを選んで良かったな。他所なら無礼打ちだぞ」
定期検診。
健康診断みたいなもんだな。
レントゲンはこっそりと魔法で身体を透過して見る。胃カメラなんかも魔法でできちゃうな。
検便、検尿もしない。魔法で体内を見れるので……。
もう基本的に、魔法で全部何とかなるな。
ただ、触診とか、聴診器とかは使うが。ブラフもあるが、二重チェックの意味も込めてね?
「で、どうだ?最近は……」
「どうもこうもないよ、いつも通り。このままここでゆっくり暮らしたいもんですわ」
「私の息子とは?」
「よく来てくれてますよ。僕が領主になったら、僕の家臣になってくださいー!だとか、舐めたことをほざくんで小突いておきましたが」
「うむ……、まあ、よい。あれからすると、歳の離れた兄のような感覚なのだろう。とにかく、仲は深めておけ。貴様は長命種なのだから、人の世からはいずれ逸脱する定めにある。であるからこそ、その前に基盤を築くことこそ肝要よ」
「そうですねえ。俺も、ジェラルドは親戚の子みたいな感覚です。貴方が死んでからも、あの子となら仲良くやれそうだ」
ジェラルド……、ミスガンシア伯の息子で、次期当主予定の青年だ。
この前来ていたミスガンシア伯の娘、ローザリンデの兄でもある。
年齢は十八歳くらいで、子供の頃から俺とは会っている。付き合いの長さは、八年しないくらいか。
普通に男の子なのでそう言うアレではないのだが、純粋な子なので、「親戚にいる何の仕事をしているんだか分からないがよくお小遣いをくれる謎のおじさん」みたいなポジションをロールプレイしていたら、かなり懐かれてしまった。
次期当主予定だし、次の世代でも俺がミスガンシアに居座れるように、媚を売るのは忘れていけない。
何せ俺はチェンジリング。妖精の取り替え子。
人の姿形をしているが、本質的には妖魔に近く……、故に、無限に等しい魔力と寿命を持つ。
死なないのだ、俺は。
飽きるまで生きられる。
だからこそ、居場所を作ることにリソースを割くべきだとミスガンシア伯は言い……、俺も同意した。
「娘とは、どうだ?」
「ローザリンデですか?よく、仕事の邪魔をしに来てくれますよ。可愛らしい女の子なので許していますが、不細工ならぶん殴っている程度の迷惑度ですかね」
「あれは、貴様の治療でマシになったとは言え、身体が弱い。他所に嫁がせるにも、あの身体では保つまい。子も望めんだろう。それに、社交もあまり仕込めていないしな……」
「んん……、うちで産ませるんなら、何とかできないこともないですがね」
「それは、貴様から離れては、貴族の子女としての勤めを果たせんと言うことだろう?私も、娘を愛してはいる。みすみす死なせたくはない」
「そうですねえ。ってか、なんかあの子、俺に嫁ぐとか言ってるけどあれなんすか????」
「おかしくはあるまい。貴様は、我が居城にこそ置いてはおらぬが、扱いとしては私の食客だぞ?」
「ギャスパール爺さんとロクサーヌみたいな……?でもあの二人は……」
「ギャスパールの弟子には、我が子を当てがうつもりだ。妾腹の子だがな。ロクサーヌはアレだが……、まあ、金銭は相場より多く握らせている。相応に遇しているが?」
「へー。でも俺、結婚とかしたくないんだよね」
「まあ、確実に妻には先立たれるだろうからな」
「いやその辺の話をすると、気に入った子は『保管』するから……。いや、そうだな、先立たれるけども、それは良いんだよ。家庭を作るのが面倒なんだ」
「ふむ?ロクサーヌと同じようなものか」
「そう言うことですねえ。まあ、街でこうして好きにやらせてもらっているんだから、仕事はちゃんとやりますよ。無理して血縁とか作らなくてもね。……大体にして、他の派閥が支配するような街じゃあ、俺はやっていけないんでしょう?」
「確かにな。しかし、派閥内での統制の問題や、郎党からの意見もある。それを丸く納める手段は何か、ということは知っておけ」
「はいはい……」
あーやだやだ。
貴族だからかねえ、なんか俺のこともその……、権力バトル?に巻き込もうとしている感があるんだよね。
いや、もちろん、相当な配慮をされていることは分かる。
それでもやはり、最近はこういう話が増えてきた……。
俺の立場、価値が上がっているからな、最近は。
貴族になって政治暗闘バトルの日々?絶対やだわ。神経すり減らして生きるの、面白くないじゃん。
色々と気をつけなきゃな……。
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正月やぞ。
こんなん読んでないで、親の顔見ましょう。
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