第35話 月夜語り
夜。
草木も眠るウシミツアワー。
俺は見張りということで、ハナコとペアで周辺を警戒していた。
他の四人は、今は寝ている。
念の為に簡易な天幕……革布を地面に刺した棒に引っ掛けた程度の雨除けは張っておいたのだが、幸いなことに、雨も風もない。
半月が出ていて、雲もないから、月と星は……、少なくとも目の前のハナコの顔をじっくり見れるくらいには、明るく輝いていた。
俺は、目の前の焚き火に枯れ枝を放り込みながら、ハナコに小声で話しかける。
「眠くないか?」
「ん、だいじょぶだあ」
静かな時間。
見るからに間抜けそうなハナコだが、ストライダーとしては四級。
リラックスしながらも、完全に気を抜いてはいない。
これができて、やっと四級なのだから、ストライダーっていうのは意外と難しい仕事だなあ。
五級が見習い、四級が一般だとはされているが、大半は四級でストライダーを引退するか、死ぬからな。中には、戦士になりきれずに、五級から上がれない奴だって割と多い。
ただそこは、流石は、「青のほうき星」と言ったところ。ちゃんとしたクランだ。団員が躾けられている。
ハナコは……、後もう一つ、何かしらの技能を得れば、三級は間違いないだろう。
鬼人としての膂力、頑健な骨格。拙いとは言え、『剛体』『剛力』の初歩くらいには至っている……。これだけできれば、戦闘能力のみなら三級にはもう到達している。
数年……十年はいらない、五年か、四年か。それくらいで、三級にはなるはずだ。
三級は、ただ戦えて、ただ生き残る……、それだけでは不足だ。
戦えるだけでなく、確かな信用と知識がある戦士でなくてはならない。
「ハナコも、シャオリンも、四級だったか?」
「んだべ」
「シャオリンは、戦いの方はまだまだ甘いけれど、礼法もなっているし、三級に上がるのはシャオリンが先かもなあ」
「だべなあ。おらぁは所詮、水呑百姓の末娘だべ。田畑を耕す以外は、この馬鹿力くれえしかねえだよ。……けんども、その力も、シオ姉ェみてえなもっと強え人が居んべ。それに、マー姉ェみてえな呪い師には、まるっきり敵わんべよ」
おや、ちょっぴりブルーか?
慰めてあげる……という体で口説こう。
どしたん、話聞こか?
「魔法使いなんて、この街にも数人しか居ないよ。領主様のところに三人、青のほうき星に一人、守護者の盾に一人。それだけだ」
「だべなあ……。アズマじゃ、本物の呪い師なんて会ったことないべ。殿上人だあ」
「ん?本物の?」
「お?知らねえべか?村に一人くらいは、エセ呪い師おるべ?」
あー……。
いや俺、この世界では、親に早々に売られたから逃げて、森の中でしばらく暮らしていたんだよな。
遠見の魔法で貴族の家庭を覗いて、この世界のマナーや文字なんかを学びつつ、庭園の魔法で異次元空間を作って広げて、そこに、各地から集めた植物を育てて……ってしてたから、この世界の一般常識は五歳児レベルでしか知らんのだ。
それでも、ストライダーになって周りの人と話したり、依頼で村落を回ったりしているうちに知識は少しずつ増えてきていたが……、正直、分からないことの方が多い。
特に、一般人が「何をどこまで知っているのか?」と、「何を知っていたらおかしいのか?」は、今だに全然分からんね。
「すまんが、俺は子供の頃に捨てられてなあ。村のことはよく分からないんだよ」
「あっ……、兄ィは、妖人(チェンジリング)だべな。申し訳ね、心配りがなってなかったべ」
「いや、良いんだ。それで、エセ呪い師というのは?」
「何だか……、法術が使えんだか使えねんだかよくわかんね人だべ。なんでも、法術を使うには、何十年もかけて厳しい修行をしなきゃならんと。でも、修行の途中で逃げ出しただとか、修行に失敗しただとかの奴が、田舎では多くでな?」
あー……、なんか、見たことあるかも。
田舎の小さな村とかでは、効果があるんだかないんだか分からない程度の雨乞い儀式とかがあって、それはこの「魔法」が存在する世界では、地球のそれとは違って効果がちゃんとあるんだよね。
もちろん、魔法を使うには何十年も修行しなきゃいけないってのはマジだから、そういう儀式は結果が不安定だし、そもそも大抵は失敗する。
けれど、昔の地球で行われていた「雨乞いの儀式」だの「厄除けの儀式」だのみたいな、本当にマジでやっても無意味な迷信ではないんだよなあ……。
地球の儀式は成功率0%なんだけど、この世界の、田舎の口伝でやっているような謎儀式は、成功率がまあ5%くらいはある感じ?
村の長老とかが、ほんのちょびーっとだけ、魔法モドキの儀式モドキができてしまうことは、確かに、可能性としては十分あり得るんだよ。
生贄とか捧げて、儀式の試行回数を増やせば、5%の成功率でもそこそこ当たりを引けちゃうもんな……。
それを、この世界の人達も、経験則的に理解している訳だ。
「ああ、見たことがあるかもしれないな」
「田舎じゃあ、そういうエセ呪い師が幅を利かせてんだ!こっちが分からないと思って、偉そうに……!」
ううん……、何かあったんだろうか?
いや、あえて聞きはしないが。
「マー姉ェは、本物だべ。杖を翳して禱れば、稲妻が跳ねる。けど、エセ共は、十回やって二十回やって、やっと少しの雨を呼ぶ程度!ウチもそれで……」
……ふむ。
不作で一家離散とかした感じか。
よく聞く、ありふれた話だ。
「よしよし」
慰めておく。
「……もう、過ぎたことだべな。忘れるべ」
「そうだな。これから、ハナコは幸せになれるから、過去のことは忘れて楽しく生きようじゃないか!」
「……兄ィは、未練なんてねえべか?」
「え?なんで?」
「知ってるべ。五歳の頃に親兄弟から売られて、人攫いから逃げて森で暮らしてたんだべ?」
ああ、その話?
それは結構、他人に話しているもんな。知られててもおかしくないか。
「そうだぞ。森で暮らして、十二、三歳頃にストライダーになって世界を巡り、今はこの街で落ち着いたんだ」
「辛くなかったべか?」
「ないね。俺、強いから」
そう言って俺は、昼間使ったショートソードに油を塗る。
さっき研いでおいたからな。
後は、革鎧の稼働部にも……。
「でっ、でも!親兄弟もおらんで、寂しくないべか?」
「いいや?俺には奴隷もいるし、仲間もいるし、女達もいる。幸福だ、この上なく」
「……そうかあ。兄ィは、良いなあ」
「失ったものは、もう二度と帰ってこない。何をしてもな。幸福になりたいのであれば、また最初から積み上げるしかないぞ?」
「はは……、そりゃ、『賽の河原』だべ」
ん?この世界にもあるのか、賽の河原の概念。
「崩されるとしても、積み上げなきゃ何にもならんということだな。……まあ、どうしてもダメそうなら、うちに逃げ込んできて良いぞ?魔族の奴隷と一緒に、飼ってやる」
俺は笑った。
「んっ……♡あ、兄ィに飼われるだなんて……、その……、うへ、うへへへへ……♡」
何でそういう方向に持っていくんだよ?スケベだな、この鬼女……。
「まっ、まあ!おらぁがわやになったら、そん時は、兄ィのじょっ……、情婦になんべよ!お、お言葉に、甘えて……」
頬を染めてモジモジしている。
うーんまあ、故郷から離れて、こんなところにやって来て、身一つでストライダーをやっている女なんてのはね。
みんな、訳アリなんだよ。
だから、どうしようもなくなったら、保護してやるとも、そりゃあ……。
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