第32話 大百足
プルラン湖は、街から少なくとも丸一日は歩かなくては着かない、遠い場所にある湖である。
このミスガンシア地方に膨大な利益を齎す大河、プロメロス川の副流と言うか……、かつてプロメロス川の一部だった領域にできた三日月湖が、プルラン湖だ。
プロメロス川はかなり大きいからな、こういうプロメロス川の支流や流入地が、湖となっているケースは少なくない。
もちろん、そんな湖は、浅ましい人間諸君が占拠して、何らかの経済活動に組み込まれるのが常だが……、プルラン湖は違う。
プルラン湖は、その付近に有毒な重金属地層があるらしく、そこの成分が含んだ毒水の湖なのだ。
フォートレスクラブはどうやら、その毒水に含まれた金属を啜って、甲殻を鋼鉄の装甲とする魔物らしいんだよな。
魔法的な要素はあるが、流石に、魔物も無から生まれることはないっぽい。
だからこの世界は、ストライダーが狩猟権を持ち、更に狩猟が許される獲物の対象やシーズンがギルドの規定で決まっている訳ですね。
そりゃ、普通の動物と比べて、増えるのも育つのも早いが、魔物も無限に湧いたりはしないんだわ。「俺、またなんかやっちゃいました?」とか言って乱獲したら普通に逮捕だぞ!
……と、そんな話をしながら、俺は移動していた。
「はえー、ドルー兄ィは、いつも『この世界』?とか、よくわかんねこと言うべなあ」
「世界……って何アルか?」
「俺、実は転生者でな。神様に言われて、別の世界からこの世界に来たんだよ」
「わかんねなあ……」
「テンセイ?セカイ……?言葉の意味が……?」
はい。
なんかね、俺、別に転生者であることを一切隠してないんだけど、誰も信じてくれないんだよね!
そもそも、理解してもらえていない。
世界が複数あってぇ……とか、この世界じゃ一般的な考え方じゃないらしい。
まあそりゃ、世界って言葉がまず仏教用語だしな。
まだ、世界(この星の全てという意味での)が開拓され切ってもいないこの世界で、人々は、「別の次元」やら「別の時空」やらのことは、スケールがデカ過ぎてよく分からんらしい。
「別の世界?って何さ?世界も何も、世はここだけじゃないの?」
「あ、アレ?なんか、極北のドルマ族とかが言ってる、死んだ後に行ける『楽園』とかの話?」
「ん……、別の宇宙という、こと?宇宙論は、エルフの古い哲学。ドルーは賢い、ね?」
……と言うか、俺が普段から与太話しまくってるから、みんな「あーまたこのアホがなんか言ってるよ」とか思っている可能性が高いんだよね。悲しいね!
「じゃあさ、ドルーが居た、その、前の世界?ってのは、どんなところなの?」
シオがそう訊ねてきた。
ふむ、どんなところか……?
「まず魔物がいなくて、もっと平和だったんだよ」
「えー?魔物が居ないの?じゃあ、ストライダー要らなくない?」
「うん、要らないね。だけど平和な分、人の数も行き来も多くて、色んな仕事があったんだよ」
「ドルーは何やってたの?」
「あー……、漁師と、死体処理人と……、作家?」
「んん?何それ?どういう繋がり?」
「いや、最初は医者だったんだが、お偉いさんの愛人を寝取ったり、娘を誑かしたりしてたらクビになってな。その後は、魚が多い時期は漁師を、少ない時期は死体処理人を、暇な時には自伝……みたいなのを書いて過ごしていたんだ」
「えー?魚〜?」
「ああ。船に一月くらい乗ってな、北の海でマグロとかカニとか獲るんだよ。面白いぞ」
「死体処理……って言うのは何アル?」
「地球にはでっかい馬車の化け物みたいな……、電車って乗り物があってな。自殺したい奴がその乗り物が走っているところに突っ込んでバラバラになって死ぬのが毎日のようにあるんだ。だからそのバラバラ死体を拾う仕事をしてた。誰もやりたがらないから、給料が良いんだよ」
「……じゃあ、自伝は?」
「地球はみんなが文字を読めたし、本も一晩で山のように作れる技術があるからな。自伝とか、いかがわしい本とか、冒険活劇とかを書いて出版するんだ」
「……なんか、もう、嘘だよね?」
「それがホントなんですよ奥さん」
「嘘っぽい〜!ドルーはいつも変なこと言ってるから、何がホントなのか分かんないよ〜!!!」
うん、それはごめんね?
でもさ、君達俺のこと好きなんだよね?もうちょい信じてくれても良くない……?
まあ良いや。
信じてもらえなくても、デメリットはないし。
どの道、地球に帰る手段は失われているんだし、今更どうでも良いよ。
で、道中。
……まあ、安全である。
魔物は獰猛で、戦うとなると、獣と違って「縄張りから追い払う」ではなく、明確な殺意を持って殺しにくる。
しかし、愚かではない。
一匹のゴブリンが、いきなり、棍棒を構えて街の門に突っ込んでくる!とか、そんなことはない。そんなんだったら、流石に、人類社会はもっと小規模なものになっているだろう。
魔物は、獰猛で賢いが、だからこそ勝てない勝負はあまりしないのだ。
つまり、六人もの勢力で、大型の馬なんて引き連れて移動していると、ゴブリンやハウンドドッグみたいなあからさまな雑魚はかかってはこない。
遭遇すれば逃げてゆく。
出会って襲いかかってくるのは……。
「あー出たぞ。ジャイアント・センチピードだ」
……こういう、「こちらを殺せる」と判断した魔物だな。
「ドルー、こいつどうする?追い返す?」
もう、シオは背負った大剣を抜いていた。
早いな。
「いや、虫系は痛覚がないからな。痛めつけても逃げたりはしないから、殺してしまおう」
「りょーかいっ、と!」
二、三センチの分厚い鉄板に刃をつけたような、バカみたいなサイズと重さの大剣が、シオの片手で……いや、指先で踊る。
指の力だけで、ペン回しのように、数百キロはありそうな大剣をクルクルと回しているのだ。
相当な、『剛力』の魔技。
……だがそれは、魔物にも言えること。
魔物と動物との違いは、闘争心や育つ速度なんかもそうだが……。
『キシャアアア!!!!』
一定レベル以上の魔物は、人間の「魔技」に似たような動作を……、つまりは、「魔力の行使」をしてくるのだ。
まあそうだよね。このジャイアント・センチピードは、名前の通りにクソデカいムカデ。具体的には、全長三メートル超えくらい?
外骨格の虫がそこまで巨大化していたら、常識的に考えて自重で潰れちゃうんだよ。
だから、魔力を使って肉体を常に強化していると結論付けられる訳ですね。
それに、視神経に魔力を通して、周囲の魔力を見る魔技……『見鬼』を使えば分かることだが、魔物は動物とは異なり、強い魔力を帯びている。それに、人間の『剛力』や『剛体』のような、魔力のオーラが立ち込めているしな。
「さあ来るぞ!」
そんな訳で……、やりますか。
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