第25話 丸腹のタンゴ
「ギルメット卿。金さえ払ってもらえるならば、俺はあんたの病気をいくらでも治すよ。だがね、そもそも根本的に、病気になんてならないことが一番良いんだ。また太って来やがってよぉ……」
「だ、だがねえ……、君から教わったキャラメルという菓子がだねえ……?」
ごちゃごちゃと言い訳を始めるギルメット子爵と、その護衛の剣士を、とりあえずうちに案内する。
マクシミリアンは帰らせた。
「で?今日は何だ?診察と薬の補充だけでいいのか?」
「い、いや、その……」
物欲しそうな顔をするギルメット子爵。
あーはいはい、お菓子ね。
「……まあ、ちょっとした菓子類くらいなら出せるが」
「本当かね?!」
「だが、本気で運動してもらわんと困るんだよ。医者に毎年会いに来ないでも良いくらい健康になってもらわにゃ……」
「いや、それはそれで困る!ミスガンシア伯の派閥である重商派では、君といかに縁を繋げるかが鍵になっていてだね……!」
えー?
めんどくさいなそれ。
いや、理解はできるが。
俺の医療は、ミスガンシア伯の持つクソデカ利権の一つ。健康や長寿は権力者が一番欲しがるものです、なんてのは今更言わなくても誰にでも分かるもんね?
そんな俺はミスガンシア伯の紹介がある貴族は、例えどんな奴であっても診てきたが……、そんな俺と直接繋ぎを作れたら?なんてのは、まあ皆さんがお考えになりそうなこと。
ただ、表立って本気でめんどくさいことになったら、俺は普通に逃げるからなあ。
あ、そうか。
ミスガンシア伯がその辺、上手く調整してくれてんのか。
流石だな、あのおっさん。
目の前のこのダメな方のおっさんことギルメット卿は、法服貴族で権限らしい権限もないし(高級取りだから金と屋敷はあるらしいが)、人柄もこんな感じなので、ミスガンシア伯もブロックしなかったんだろうな。
重商派の貴族と言えば、ミスガンシア伯と同じような成り上がり者が多く、どちらかと言えば平民にも寛容だ。
これが、王都周辺の王党派や、南方最前線の武断派や東部の貴族派となると、このような口を聞いたらその瞬間に近習共が斬りかかってくるだろうよ。
でも、そんな奴らは来ていない……。
全てはミスガンシア伯の配慮によるものか。
その分俺もミスガンシア伯に利用されてやっているのだから、イーブンってところかね。
「……そんな訳だから、君と会うだけでも、私のお株が上がるのだよ!これで、モーリッツ卿にもレゼンドルード卿にも馬鹿にされんで済む……!」
ペラペラと話すギルメット卿を無視しつつも、俺は冷蔵庫を開いた……。
うーむ、ダイエットメニュー……。
ヨーグルトを使ったパンケーキにバナナと砂糖控えめのホイップクリームを添えていこう。
「あんたが馬鹿にされているのは、貴族なのに乗馬も剣も下手だからだろう?まず痩せなくちゃダメなんじゃねえの?」
「そうは言ってもね、君ぃ……。上級法務官の仕事は多忙でね、食事くらいにしか拘れんのだよ?領地持ちの貴族のように、領地からの収入がある訳ではないのだから、それこそ平民のように働かなくてはならんのだよ」
「貴族なら年金が出るだろう?」
「あの年金は、貴族としての最低限の体裁を整える程度の額だよ?社交場に出たりなどと付き合いをしていると、すぐに底をつくとも」
ふーん……。
「株……はまだないんだったか。じゃあ、証券とかは買わないのか?」
「証券……?債券のことかね?あれは、都市国家が戦費を調達する為にやるのでは?」
「別に、国内の事業者から、その事業の運営費としての債券を買っても良いんじゃないの?」
「ふむ……、まあ……、法務官としても止める理由はないが……」
「債券の取引所を作って、帳簿を管理し、豪商みたいな金持ち市民層からも小口での取引を受け付けて……、とやれば儲かるかな、と。素人考えだがな」
「いや……、うん……、うん!悪くない、悪くないよ君ィ!ミスガンシア伯にも、少し話してみよう!」
「北の開拓地とか、俺もちょっと投資したいんだよね。貴重な薬草とか多いらしいし……。これで開拓が成功したら当然、債券も額が大きくなって返ってくる訳だしさ」
「なるほど、我々重商派の事業である辺境開拓にも、市民からの小口投資を……。ううむ、君はよく考えるものだねぇ。『辺境の賢者』とはよく言ったものだよ」
「はぁ?俺、そんなこと陰で言われてんの?」
「そうとも」
「賢者、ねえ……」
「相応の立場の人間には、相応の名が付くものだよ君ぃ?箔付けというやつだ」
「……まあ、何でも良いがな。とりあえず俺は、ミスガンシア伯との契約通りに動くだけのこと。はい、パンケーキできたぞ」
「おおおっ!」
「ふんわりとしながらも、何故かもちもちとした食感!それを、見たこともない南国の果実と、泡立てたクリームをつけながら楽しむ!甘さは確かに控えられていたが、果実の滑らかな甘味を添えて楽しむことにより……」
謎の食レポ。
まあ、貴族としてこういう喋る技術……修辞技法は非常に重要だからな。
武断派の貴族や平民なんかは、「口先が上手いだけ」とか「難しいことを言ってくらましている」などと口さがない事を言うが、実際に口先の技術で生きている人間の口先の技術がしょぼい訳ないんだわ。
知られていないだけで、スピーチスキルってのもスポーツだの芸術だのと同じく奥が深いんだよ。弁論のコンテストや賞なんてのも、地球に存在していたんだぞ?
自分がよく知らないからと言って馬鹿にするのは、人の愚かさそのものだよね。
とりあえず聞いてやり、俺はギルメット卿との会話を続ける……。
「で?西はどんな感じ?」
ギルメット子爵は領地を持たない法服貴族で、上級法務官としてミスガンシア地方西側の裁判所で働いている。
この国、金で爵位を買ったり、上級貴族が気に入った平民に爵位を付与したりとかできるから、貴族って割と多いんだよね。
その分、派閥ができてて複雑な人間模様になっているんだが、それはそれ。
「悪くないとも。相変わらず悪人は多く、裁判の数は減らない。稼ぎ口が多くて大変結構だね!」
フン、と鼻を鳴らすギルメット卿。
この人は義人でもあるので、犯罪者が多いことは許し難いらしい。皮肉げにこのような事を吐き捨てるように言った。
「むしろ良いだろ。昔みたいな自助努力による個人的な復讐ではなく、法務官が適切な裁きを下してくれると信用されている証拠だ。法治国家の第一歩だぞそれは」
「……何で君、法学の基礎まで分かるの?本当に賢者なの?」
「賢者って呼ばれてんだろがい」
「いやほらそれは、名前だけでも賢者ということにしておいて箔付けを……って話だよ?本当に賢者なのはその……、驚くよ君ぃ?」
「別に詳しい訳じゃなく、あくまで概要を心得ているだけだ。で、情勢だが……」
「あ、ああ。知っての通り、この国の西側はカシナー山脈で遮られており、人が少ない。人が少ないということは、富も少ないということだ」
「そうだな。だが、山岳付近の森にエルフの国があるらしいじゃないか?」
「そうだねえ。だが、エルフ達は俗世とはあまり関わらんよ。……五百年前は地上の多くを支配した大帝国を築いていたらしいが、天災で滅んで、今は隠棲するのみだそうでねぇ」
「あ、それ嘘だぞ。天災ってのは、行き過ぎた魔導具文明による事故だ」
「なーーーんでそんなこと知ってるのかね?!」
「聞いたんだよ、知り合いのエルフから」
「ああ……、この街には確か、エルフの魔導師がいるとか……?」
マーゴットのことだろうな。
「友人だ」
「広いねぇ、人脈が……。と、とにかく、エルフはあまりこちらとの交易に前向きではなく、あまり儲かるような話はないんだよ」
「西の方のエルフはウッド・エルフだろ?だったら、鉄製品とか売れるんじゃないのか?」
「えっ」
「は?」
「……エルフは、鉄を好まないのでは?」
「そりゃサンド・エルフとシー・エルフだろ?ハイ・エルフは知らんが、ウッド・エルフは鉄器を自弁できないから、黒曜石を使っている。が、売れば石より頑丈な鉄を買ってくれるだろうよ。特に鏃とかな」
「……いや、そもそも森に入れば追い返されるし」
「森番に会ったか?」
「森番?」
「ああ……、まあ、エルフの国の門番だよ。森の手前側に住んでいる。大体は老いたエルフであることが多い」
「……なるほど。これは、うむ。助かったよ、アンドルーズ君」
そんな話をして帰って行ったギルメット卿。
ああ、もう夜だ……。
「トリスー、夕食にしよう!」
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