第24話 石鹸の商い

俺の仕事は、薬師と医師。


だがこれに付け加えて、もう一つやっていることがある……。


「はい、香り付きの石鹸。贈答用の木箱入りだ、持っていけ」


「確かに」


それは、石鹸作りだ。


兄弟団にも、石鹸作り職人として登録されているからな。薬師として、でもあるが、分類的には石鹸も薬ということらしい。


で……、事業レベルの大量生産法は、領主に恩と共に売りつけたのだが……。


その、領主に売りつける為に、渡りをつけてくれた友人がいる。


それがこの男……。


「助かったよ。これで本家の女性達も、満足してくれるだろうね」


金髪碧眼の貴公子然とした美男子、マクシミリアン・ウィヤードであった。


こいつは、ウィヤード家という貴族の庶子で、実家との縁も深い半貴族のストライダー。


その信用度の高さと、貴族らしい圧倒的な実力から一等級ストライダーを任命されている、ちょっとした英雄……。


更に、『守護者の盾』という、貴族や豪商の護衛などをするストライダークランの長でもある。


性格も顔も良く、剣の腕はもっと良い。


完璧超人だ。


そんなこいつとは、こいつがストライダーを始めた頃からの縁があり……。


その伝手でこの領地の領主と渡りをつけてもらい、石鹸事業を売り込み、医学面で領主に頼られるようになり……と、俺の出世(?)の第一歩に手を貸してくれた奴なのである。


なので俺としても、あまり無碍にはできず……。


何だかんだで、こいつの実家、ウィヤード伯爵家とも繋がりができちゃった訳だな。


「姉上が言うには、君の『香り付き石鹸』は、王都でも流行っているらしいよ」


「ああ、そうらしいな。けど、王都はなあ……」


「はは……、まあ確かに、魔族やチェンジリングへの風当たりは強いかもしれないね」


「教会がね……」


「い、いや、教会もあれはあれで、なくてはならない組織なんだよ……?」


あの銭ゲバ共がぁ?


うっそだー!


……とは思ったが、口には出さんでおく。


貴族の出であるこいつも、教会とは関係が深いだろうからな。


知り合いと知り合いが喧嘩してる!みたいなの、一番ダルいもんね?空気読んどくよそこは。


「まあええわ。中身はそれ、新作のバニラ&ココナッツだから。その下はいつもの柑橘系な」


「ああ、ありがとう」


「因みに、今日は俺もバニラ&ココナッツを使ってるんだ。どうだ?」


髪をかき上げて匂いを香らせる。


瞬間、目の前のイケメンがちょっと頬を染める。


「……えっ?」


「か、勘違いしないでくれ!そっちの気はないよ!けれど、君はその、同性の僕から見ても……、ハンサムだから!」


「ああ、うん……」


確かにな。


チェンジリングの生まれは、基本的に、信じられないほどの美形になる。


「妖精の取り替え子」の名に違わぬ、妖艶な魅力がね……。


それを更に、シャンプーや石鹸で磨き上げて、オーデコロンもつけちゃって、服装もしっかりして……ってなると、まあうん。イケメンを超えたイケメンにもなるか。


「けれど……、うん!確かに、香りの方は凄くいい!今まで嗅いだことのない香りだね……、これが、その、バニラ?」


「ああ、ずっしりとしつつも滑らかな甘い香り……。まろやかで芳しいだろう?クリーム系の菓子なんかに混ぜても悪くないぞ」


「石鹸は、僕達の手の者でも大量に生産することは容易だけれど、『香油』や『効能』の配合ができるのは君だけだからね。これからも、頼りにさせてもらうよ」


「ああ、こちらとしても、金払いがいい顧客とは仲良くやりたいね」


「それは有難いね。……おっと、じゃあそろそろ行くよ」


「もう行くのか?」


「うん、今日は護衛依頼のついでに寄っただけだしね」


護衛……。


「あー、ギルメット子爵が来たんだっけ?」


「おや、知っていたのかい?」


「おう、さっき来たギルメット子爵の召使いを追い出したところだからな」


「な、何をやっているんだ、君は?!」


「こっちの仕事が優先だしな……」


ギルメット子爵、会ってもどうせ勧誘と歓談だし……。後は菓子類を出せと言われる感じ。


「いやいや……、子爵との面会を断ってまでこちらを優先されると、その、困るよ?」


「良いでしょ、どうせ大した話じゃないんだから。仕事優先だよ」


「目をつけられたらどうするんだい?」


「俺はチェンジリングだぜ?寿命なんて分からないほど長いんだ、どこか遠くに逃げてそこで一からやり直せば良い。幸い、弟子も育ってきているしな」


そんな話をしていると……。


「こらこらこら!そんなことをされたら、私の立場はどうなるのかね?!第一、ミスガンシア伯に何をされるか……!」


おや、ギルメット子爵。


太鼓腹に下ぶくれの顎、茶色いカイゼル髭をした、優しげな中年親父だ。


が、しかし、貴族らしい鹿皮のベストと金細工のブローチに紫のマントと……、歩き方や目線なども、そのどれもが高貴なる身分を示す。


一瞬で跪くマクシミリアンを他所に、俺は片手を挙げて挨拶する。


「あ、どうも」


「どうもじゃないよ君ィ?!私、一応貴族だよ?法服貴族だけども!」


「じゃ、どうしてほしいの?土下座しろってのならするけど」


「だからね、そんなことさせたらミスガンシア伯に殺されるからね私?!そんなことせず、普通に、それなりに敬いなさいよ……?!それに、ミスガンシア伯の娘婿に、地に伏せて頭を下げよなどとは……」


ん?


んんーん?


「……何だって?ミスガンシア伯の、娘婿?」


「ん?そういう話なのではないのかね?」


「知らん知らん!そんな話は聞いてないし受け入れてない!」


「そ、そうなのかね……?ミスガンシア伯も娘さんも、その気のようだったが……。ま、まあいい。それよりも、出ていくのはやめたまえよ!少なくとも、私が原因などとなったら……!」


ギルメット子爵は恐怖で身震いする。


その度に、腹肉と二重顎がプルプル揺れて面白い。


「ははは、面白」


「何がおかしいんだね?!!?!?!」


「いや、プルプルしてて……」


「笑うなよ君ィ?!いや、私貴族だよ?!無礼討ちとかあり得るからね?!」


「笑われたくなきゃ痩せた方が良いよ、ギルメット卿」


「君ねえ……?!」


「それほどの肥満は病気になる可能性が高い。年齢も若くないしな。死にゃしないけど、目が見えなくなるか、足が腐るかだ」


「む……」


うん、そうなんだよね。


ギルメット子爵は、糖尿病で俺が診てやった経験がある。


つまりこの人も、俺の医療から離れられない。


だから、俺の舐めた態度も咎められないのだ……。

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