第23話 地下のオペ室

薬師が俺の仕事だが、医者との境界線は曖昧だし、何よりこのスラム近くという暴力の絶えない土地では外科もある程度できないと話にならなかった。


整体だの整復だのはあまり経験がないことだったが、色々な手段で学び、薬学もこの世界の素材を使って一から学び直した。


幸いにも、盗賊とかゴブリンとか、治験に協力してくれる木偶人形はたくさん存在しているので、前世の医学の基礎さえしっかりしているのであれば、魔法の力も合わせて、一流の医者になるのは難しい話ではなかった……。


「はい、メス持って」


「はい」


「ここをこう切るよ、やってみて」


「こう……、ですか?」


「うん、よくできてる」


「ありがとうございます」


「今回はここが病巣になっててな、ここの部分を切っちゃいます。そうしたら傷を縫って、魔法で塞ぐ。分かった?」


「はい!」


はい、そんな訳で、トリスと手術してます。


今日は盲腸で運ばれてきた子供に開腹手術してる。


んまあ……、バリバリ異端なんだけどさ、実際に治るから目を瞑ってもらってるよ。


俺は、領主の憩室炎の治療の際、その腹を切り開いているのだ。


いやもちろん、インフォームドコンセントはちゃんとした。合意は取れている。書面で残してもらった。


で、領主の娘ローザリンデの胸腔鏡下手術もした。悪性腫瘍の切除だったな。


そんな訳で、激ヤバ異端医療である俺の手術は許される……というか黙認されていた。


今回のこの患者も、ちょっと良いとこの子らしいね。


領主はどうやら、俺に貴族や豪商のオペをやらせて、大きな力を得ているらしい。


即ち、権力者に異端であるが大抵の傷病は治療できる俺の手術を受けさせて恩を売ると同時に、異端の業を受けたという弱味を握る……。


上手いやり方だ。


ただ、この領主本人だって異端の業を受けた身であるし、そもそも全てが俺頼りであるからして……、俺に対する配慮はかなりのものだった。


事実上の直臣か食客かのような扱いであるとしてくれているし、金払いもよく、市民権もくれて、街の兄弟団にも捩じ込んでくれた。


そもそも、後継ぎではないとは言え領主の娘であるローザリンデにバリバリタメ口が許されている時点で、その配慮は配慮とかってレベルじゃない。ほぼ身内扱いだな。


……と言うか、俺の勘違いじゃなけりゃ、ローザを俺に押し付けようとしてきてないかあのおっさん?


確かにローザは、長いこと病床にあったからか、貴族らしい教育があまり受けられず、それどころか虚弱体質で子供も望めないかもしれない……。


だからせめて、娘の好きな男に嫁がせてやろう!みたいな感じ?あのおっさんやりそうなんだよなあ……?!


「ん、縫合終わったか?」


「はい」


「……よし、バッチリだ!じゃあ、傷を塞ぐぞ」


「はい……、『לְתַקֵן(修復)』!」


あ、トリスにもある程度の魔法を教えてあるぞ。教えた……いやまあ、脳に術式を焼き付けたんだが、教えたとカウントしよう。


でも、才能あるのよ、この子。魔族だからかね?


「よし、良いぞ。『修復』はあくまでも『元の状態に戻す』術だからな。病巣は無くならないんだ。だから開腹手術で病巣を切除し傷口を縫い合わせる必要があったんですね」


「はい!」


手術の方もだんだん出来るようになってきたな。


盲腸くらいならなんとか切除出来るし、手術用と製薬用の魔法も教えた。


本当に、知識抜きで技術だけなら研修医レベルかねえ?


俺の代わりに手術ができるようになってくれれば、俺は更に仕事が減って大助かりだし、鍛えてやらなきゃな!




「ふぅ……」


そんなこんなで、簡単そうな手術や縫合は、トリスにやらせている。


普段は豚肉などを使って縫合の練習をやらせているのだが、最近はもう実戦もこなしている……。


無理矢理に頭にぶち込んだ魔法も上手いが、手術や学問の方もまあそこそこにできているな。後は経験を積むだけだ。


「お疲れ、トリス。頑張ったな!」


「はいっ!ありがとうございます!」


トリスが微笑む。


裏表のない笑みだ。


信頼と真心の笑みだ。


ああ、やっぱり、拾ってよかったな、この子。


内心では恐らく、俺の意図を察しているのだろう。


俺は、家族が欲しいのではなく、家族ごっこがしたいのだ、と。


本当の家族のように、面倒な我儘や意見のぶつかり合いはやりたくなくて、ただ従順な、自分に都合がいい存在を求めているだけだ、と……。


だからその通りにしてくれている。


トリスは、我儘なんて一つも言わない。


礼儀作法もしっかりしている。


掃除や洗濯も全部やる。


言われたことは笑顔でなんでもやって、何も見返りを求めてはこない。


ああ、良いね。


都合がいいおもちゃだ。


……そうだとしても、この街の平民の子より、ずっと良いものを食わせてやってる。


綺麗な服を何着も与えている。


文字の読み書きも教えてやった。


魔法も手術も薬学も。


高価な娯楽本や楽器も与え、余暇も十分与えている。


貴族並みの生活をくれてやっているのだ。


「トリス」


「はい?」


「……俺のことは、好きか?」


「はい!私は、アンドルーズ様を心から愛しています!」


それで良いだろう。




いや何、そんな暗い話でもないんだよ。


俺が勝手に、と言うか、敢えて露悪的に言っているだけであって。


この世界ではそれが当たり前なんだよね。


魔窟……ダンジョンや、多種多様なモンスターによって、地球の中世ヨーロッパよりは社会のリソースはいくらか多い。


豊かさ的には江戸時代の日本くらいはあるんじゃないかな?俺の勝手な予想というかイメージではあるんだけども。


食べ物で言えば、庶民でもハレの日には肉や甘味を味わえて、旬の季節の旨いものが食える。


着るものも、まあ高いが、古着で買えば貧民でも買えないほどの額ではない。


人の行き来はなんだかんだで多いから、宿屋が多くて、住むところにも困らない……。


そもそも、街に戦争から逃げてきた難民や家なしが居着くレベルなんだ。豊かさは想像できるはずだろう?


ほら……、本当に中世ヨーロッパ並みに余裕がない国だったら、ホームレスなんていないからね。死ぬんで。


そんなこの世界で、被差別種族であるトリスを、貴族並みの生活をさせて猫可愛がりしているのだから、トリス本人からすれば本当に幸せだと思っているって話。


いやもちろん、家族ごっこをしたい!とか思っている俺のご機嫌取りは大変かもしれんが、このレベルの生活を与えられているのであればそれくらい当然の義務って感じではある。


総じて問題はない。


対外的にも。


寧ろ、「ちょっと魔族を甘やかし過ぎでは?」みたいな提言を知り合いからされることもあるくらいだ。


この世界は豊かだ。


だが、現代日本にはまだまだ及ばない。


そんなところか。

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