第22話 薄月のような儚さ
「マフィア風情が、我が主人を謗るだなんてね……。舐められたものだ」
出てきたのは、男だか女だか区別のつかない男。
クリーム色の長髪を一つに束ねて編み込み、レイピアを腰に帯びた執事服の男だ。
歳の頃は二十そこらか?年齢すらも朧げな、得体の知れない印象。
この男と全く同じ姿をした、双子の女も現れる。
「『お嬢様』が先生にお会いする為来店なさったというのに、これですか……。先生、お言葉ですが、表通りに店を移してはいかがですか?我々には支援の準備があります」
はぁ……。
「ちぃっ……!領主の犬がよ!」
「「舐めるなよ、チンピラ」」
あーもうめちゃくちゃだよ。
「喧嘩するなら外でやれ!そして怪我したらうちに来て治療されて金を払え!」
「「「えぇ……?」」」
え?
「い、いや先生、そこはよ、『俺の患者に手を出すな!』とかよ……、あるだろ?」
「ねーよ。可愛い女の子ならまだしも、スラムのチンピラを身を挺して守るか?」
「「……というか、怪我をするな、ではなく、怪我をして治されに来いと?」」
「おう、儲かるからな」
「ですが、先生はあまり治療費を受け取らないではありませんか?」「『お嬢様』の治療費も殆ど辞退しているのでは?」
「あのなあ……、モノを売る商売人ならともかく、俺は薬師で医者だぞ?治療費を釣り上げるような真似ができるかよ。商売っ気出さずに信用第一でやらにゃ、店なんざ早晩潰れるわ」
「「「……変な人だな」」」
お前らほどじゃねえよ。
とりあえず、患者のチンピラは、脱臼をはめてサポーターをつけてやり、刃物傷を軽く縫ってから包帯を巻いて、塗り薬と痛み止めを処方して帰した。
そうして、気付くと……。
「おはよ、ドルー」
……あの子がいた。
淡い銀の髪、痩せぎすながらも清楚で優しげな雰囲気に、一握りの活発さがトッピングされた、可愛らしい少女……。
領主の娘、ローザリンデ・モスティマーだ。
「ローザ……、領主の娘がアポ無しでいきなり訪ねてくるなといつも……」
「急に会いたくなっちゃったから……、ね?」
そうなんだよなあ……。
この子は見た目は細身の深窓の令嬢!って感じだが、実のところクソバカお転婆で……。
お目付役の従者が二人もいる有様だった。
そうそう、その二人の従者ってのが先ほどの、クリーム色の髪を結った双子の男女……。ローレンスとルーライアだ。剣の達人だぞ、二人は。
そんな達人二人が手を焼くお転婆娘が、このローザリンデである。
しかし俺は、このお転婆虚弱娘の持病を治してやり、領主に気に入られ、そして石鹸事業で利益を出し続けているからこそ、一代で城壁内の街に住むことを許される市民になれた。この点は無視できない。
ついでに言えば、この子の主治医でもある訳だし、来店を断ることもできない、か。
「今日はどうしたの?体調崩しちゃった?」
「えっとね、ドルー。私ね、暇だよ?」
んー。
医者のところに暇潰しに来るなよ……。
まあ可愛いので許すけれども。
「じゃあ来たからには検診していくぞ。ほら来い、胸を出せ」
「……いやん♡」
うっすぅ〜い平胸をほっそい腕で隠しながら、くねっと体をよじってみせるローザ。喧嘩売ってんのか????
「いつもやってるでしょうが!お前は虚弱体質の上に、幼い頃に肺を病んでいたから、定期的に肺の音を聞かなきゃならんってさあ!」
「ローレンス助けて?ドルーにいかがわしいことされちゃう……♡」
そうやって絡まれた双子従者の男の方、ローレンスは、無表情でこう言った。
「では、先生。お嬢様をよろしくお願いします。私は扉の外で護衛をしているので……」
……うん!ローザに信用が1ミリもねえ!
そうなんだよなあ、双子従者は、ローザに幼い頃から死ぬほど振り回されてきたから……。
「ふふっ、従者に見捨てられちゃった……。ドルーの家の子になっていい?」
「ダメです」
さて、お手製の聴診器で診察診察……と。
んー……?
おお、良いね。
病が完治してもう四年くらいか?
相変わらずの虚弱体質ではあるが、かなり治癒されてきているじゃないか。
肺に問題はないな。まあ、体力はないので、そこはこれからだが。
「ご飯ちゃんと食べてるか?」
「食べてる、よ?」
「体質的に太れないと思うが、だからと言って油物や穀物ばかりじゃダメだからな?肉と野菜を満遍なく食べろよ?」
「あのね、ドルーがね、私の料理人になれば、私もっと食べられそう」
「はいはい」
「むぅ……、本気なのに」
はぁ、全く困っちゃうよな。
多方面からのスカウトが多くてなあ……。
俺は必要以上に働きたくないんだよ。
あくまでも、仕事を通しての自己実現が目的なだけであって、仕事そのものが目的ではない。
極論だが、『庭園』に篭れば、生きていくことだけなら可能だし……。
「はい、診察終わり。問題無し。念の為に整腸剤を出しておくので、お腹痛くなったら飲むように」
「ありがと、ね」
「……帰っていいよ?」
「……なんで?」
なんでってなんだよ?!
「まだ、お話してないよ?」
「しただろ?」
「してない、よ?」
あーはいはい!構えってんでしょ?!わかりましたよ!
俺は時計を見た。
……そろそろ三時か。
「じゃあおやつ食べてきな。トリスー!」
「はいっ!」
昼食を作った時に仕込んでおいた、カスタードプリンを出す。
それに、『庭園』産のベリーをちょっと盛って、紅茶も淹れてと……。
「よろしければ、私が」
おっと、双子従者の女の方、ルーライアが茶を淹れてくれた。ついでに毒味もした。
「……これは、素晴らしいですね。これだけの腕前、仕事として成立するかと思われますが」
「既存の兄弟団に楯突いて、不和を起こすつもりはねえよ。こうして、気に入った客に振る舞う程度でいいさ」
「……ありがとうございます、先生。貴方様のお陰で、お嬢様は元気になられました。また、外を駆け回ることができました。感謝しております、とても言葉では表せないくらいに」
「いいさ、仕事だ」
さて、おやつにするか……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます